年下の彼村田と奇妙な三人組





その頃の僕の生活というのは、学校と家と塾との往復という、実に色気のナイ無機質な毎日だった。

あ、またあの子達だ。
公園の前を通ると、中から一際、楽しそうな歓声が聞こえる。どうやら、鬼ごっこらしい。
学校から帰る途中なのだろう?公園のベンチの上には、彼らの物らしいランドセルが、山済みになっていた。

このところ、よく彼らをここで見かける。メンバーは毎回代わるが、中心となっていのは3人組みの子供だ。
一人は、知っている。学校は違うけど、女の子よりも可愛いと評判の男の子、渋谷有利だ。
彼と仲良くつるんでいるのが、茶色い髪の男の子と、オレンジがかった金髪の男の子・・どちらも日本人ではない。
国籍も年も違う彼らが何故一緒にいるかは知らないが、目立つ三人組のうわさは、ちらほらと聞こえてくる。

一人はゲイだとか・・・一人は渋谷の彼女だとか・・もっとも、あれは どちらも男の子なんで ガセネタだろう。

「何をしているの健?塾に遅れるわよ?」
「うん・・・。」
先を歩く母親に促されて、僕はその場から歩き出した。


困った・・・まさか、この僕に、こんな難問が待ち構えていようとは・・?現在僕がいるのは、自宅のある
マンションから少し離れた、地元のスーパー。頼まれた買い物に来たは良いが・・・、ちらりと、メモに目をやる。
再び視線は、目の前の陳列棚へ・・・・目の前の冷蔵ケースには、肉肉にくーーー!というほど、肉が並んでいた。
頼まれたのは、鶏肉・・・・。しかし・・・

どの鶏肉買えばいいんだーー!肉だけに憎らしい!なんて駄洒落してる場合じゃないけどねっ!

手羽や砂肝とかは違うだろうから除外。問題は、モモ肉か、ムネ肉か?ささみというやつかだ?
こんなの店員に聞いても無駄だろうし、母さんは仕事だから、電話したら怒られそうだし、『健はしっかり者で
よく出来た子だから、父さんも母さんも安心』という両親から寄せられる信頼に傷をつけたくも無い。
小さなプライド・・・それでも、僕には大きな事なんだ。

「え〜なになに?とり肉500グラム・しょうが一袋・なんとか粉一袋・・これなんて読むんです?」
バッ! と、後ろを振り返る!誰だ、人の買い物メモを勝手に読むやつは!

そこには、オレンジがかった金髪をツインテールに結んだ・・・・・青い目のメイドさぁぁん?

なんで、こんなところ(ご近所のスーパー)に紺のメイド服に白のフリフリエプロンをつけたメイドがいるんだ?
人の困惑をよそに、そのフリフリのメイドさんは、漢字はまだダメなんですよ?これなんて書いてあるんです?
などと、人懐っこい顔で聞いてくるんで、僕までおもわず、片栗粉とか答えてしまった。すると、う〜〜んと
少し考えて僕の横を通り過ぎ肉の中から、はいこれといって、一つのパックを渡す。
「メモのラインナンップから考えて、今日の坊っちゃんの家のメニューは、から揚げですよ。となると、
ここはモモ肉がお勧めっすね。」
そう、言うと、自分はトリのひき肉を手に取り、野菜コーナーへと行ってしまった。なにやら、他の買い物客であろう
主婦の皆さんと楽しそうに会話している。皆、メイドさんに驚く様子がないって事は、アレは常連客なのだろうか?

結局、本当に夕食は鶏のから揚げだった。母さんが何も言わないという事は、モモ肉で正解だったようだ。
今度会った時には、ちゃんとお礼を言わなくてはならないだろう.。誰がなんと言おうと、人に借りを作ったままと
いうのは、僕の性に合わないからね!だけど、それからスーパーに寄ってみても、メイドさんには中々会うことがなかった。


それから、半月がたったある日。いつものように塾に行く途中、ちょっと時間に余裕があるからと、
僕は公園の中のベンチで参考書を読んで時間を潰していた。そこへ、坊っちゃん坊っちゃんという声がする。
どこかできいたような?
「ちょっと、そこのメガネをかけた坊っちゃんってば!」
眼鏡?って僕の事?顔を上げると、いつぞやのメイドさんが・・・今日は水色のフリフリドレスで立っていた。
「あ、先日は、困っていたところを助けて頂いて、ありがとうございました。」
僕は、ちょんっと頭を下げて礼を言った。よし、これで気分もすっきりだ。

「あはは、あのくらいどうってことないんですがね?中々、礼儀正しい坊っちゃんですね〜。」
「あはは、そのどうって事ない事がわからなくてすみませんね。誰かは知らない人に借りを作ったままって
気持ち悪いですから〜。ところで、坊っちゃんはやめてくれない?」

そういうと、なにやら面白がるような笑みが、メイドさんの顔に・・・ちょっと、失礼だったかな、まぁいいや。
「そうですよね〜、行きがかりとはいえ助けられたんですものね〜、借りはそのままじゃ気持ち悪いですよね〜。」
じゃぁ、今すぐ返してもらいましょうか?

何?

「坊っちゃん、今、お暇そうですね。少し時間有りますか?」
「まぁ、少しくらいならいいよ。」
まだ、坊っちゃんって、呼ぶのかい?このメイド口も悪けりゃ、性格も難ありと見た。その性格の悪いメイドは、
くるりと反対方向をむくと、すぅっと息を吸い込み。

「ぼっちゃーーーーん、ゆうりぼっちゃーーーん!」

と、叫んだ。すると、向うからすごい勢いで黒い人影が走り込んできた。

「わーーヨザック、その格好のときは、誤解を生むから、そんな呼び方はしないでーーーー!」
半泣きで駆けてきたのは、例の渋谷有利。

「ぼっちゃん、この眼鏡の坊っちゃんがキャッチボールの相手をしてくれるそうです。」
えぇ!なんだって?

「え?ホント!やったぁ!ヨザックは、この格好だからダメって言うし、コンラッドは今日は、親父さんと
出かけてるんだもん。折角のキャッチボール日和なのに、ひでーよな。」
どう酷いのかはわからないが、きらきらとする眼差しをむけられて、僕は断るタイミングをなくしてしまった。
「あ、俺、渋谷有利。小学4年生。キミは?グリエちゃんの知り合い?」
グリエちゃん?さっき、ヨザックっていってなかったっけ?
「村田健・・・同い年だよ。僕、私立に通っているから学校は違うけど。」
「へぇ、坊っちゃんと同じ年か〜、じゃぁ、俺の二つ上なんですね。」

あれ?

「どうも、姓がグリエで名がヨザックでぇす。以後、お見知りおきを〜。」
じゃぁ、グリエ、ジェニファーママにお買い物頼まれているからぁ、またね〜〜、坊っちゃん達!

「今、二つ下って言った?俺ってまさか・・・アレ男?」
「あ、ヨザック?うん、男だよ。」

こともなげに言われた・・・。あははは。そうだ、いつも渋谷有利と一緒にいるじゃないか、オレンジかかった
金髪の男の子・・・あれが、アレか!
「・・ああ、アレ・・女装ね〜、あ〜アレは俺のお袋の趣味・・ヨザックは付き合い良いから着てくれてんだ。
アレに関しては、おれも悪いな〜とは思うんだけど。既に、この辺では認知されてるし、名物だしね。」

・・・・第一、うかつに口を出したら、俺たちまで着せられるんだもん。(←コン含む)
はぁ、キミ意外と苦労してるんだね。(そうか、名物なんだ・・・。)

初めて話すけど、この渋谷有利は中々面白い奴だった。なんだかんだで話しは弾んで、気づくとちょっとの
つもりが結構な時間がたってしまっていた。しまった!僕、塾に行くんだった!
その時、ケン!と、僕を呼ぶ母さんの声が!ぐぃっと、後ろから行き成り腕をつかまれボールが落ちる。
「っ!」

「何やってるの!?塾から来ていないって連絡があって、慌てて戻ってきてみれば、こんな所で遊んで
いるなんて!母さん仕事の途中なのよ?面倒をかけないで!」
「痛っ!ご・・ごめんなさい、でも!」
「いいから来なさい!今からでも塾に行くわよ!」
僕を引き摺るようにする母親が連れさそうとするのを、渋谷が呆然と見ていた。そうだ、グラブ返さなきゃ。
「渋谷、ゴメンこれ。」
手からグラブを抜くと、彼に向かって差し出す。渋谷は、はっとしたように駆け寄ってくると、それを受け取るか
とおもえば、何故か僕の腕ごと掴んだ。

「ちょーーーと、まって、おばさん。」

し・・渋谷?

「なんで、こいつの言い分も聞かないの?こいつ謝ってるじゃん!なのに、仕事がどうのとか?面倒かけるな
とか?ちがうだろ?自分の子供なんだろう?まずは、無事だったかとか、何かあったか心配したとかきいて
から、何で塾サボったか聞けばいいじゃん!なのに、さっきから自分の事ばかり、コイツの言い訳も聞かずに
力任せってやり方おかしいよ!」
あぁ、これが噂のトルコ行進曲。見事な早口で、まくし立てる。
「な・・なに?キミ?ちょっと、子供の癖に失礼じゃない?」


「はーーい、ちょおーと、ごめんなさい。」

よっと、という掛け声がして、僕の身体は母さんから離された。このふざけた声は・・。
「だいじょうぶですかい?坊っちゃん方?」
やはりというか、水色のドレスを着たグリエちゃんだ。コイツ、本当に僕らの二つ下なんだろうか?
体躯は僕らより大きいじゃないか。グリエちゃんは、僕らを庇うように母さんとの間に対峙する。

「ユーリ?どうしたの?何かあったの?」
そして、もう一人。茶髪の綺麗な顔した男の子が、渋谷に走りよってきた。手首をさする僕に気づくと
ちょっと失礼といって、腕をまくり、赤くなっているのをみると、かばんの中からアイススプレーを取り出して
かけてくれた。何でこんなものを持っているのだろう?これで大丈夫だと思いますが、家に帰ったら冷やし
て下さいね?と、心配そうに言うものだから、はぁ、ご親切にどうもありがとうと、言ってしまった。

彼は、にっこり笑うと、渋谷に只今戻りました。と、挨拶をする。あ、この子、渋谷がすきなんだな。

「で?何があったんです?この方はどなたですか?」

きょとんと、その男の子が聞くので、やっと今の状況を思い出した。
「あ、そうだった!」
渋谷、キミ忘れてたね。だが、渋谷だけじゃなかった、うちの母親も次から次へとメイドさんやら
綺麗な男の子が現れるものだから、ちょっと、面食らっていたらしい。口をはさめずに成り行きをただ眺めていた。

「おばさん、塾をサボったのは、わざとじゃないんだ!村田は、キャッチボールの相手のいない俺に付き合って
くれて、それでつい話しこんで、時間が過ぎるのを忘れちゃっただけなんだ!だから、村田を怒らないで!」
うるっとした目で見つめられて、母がうっと詰まったのがわかった。

「すいません、元はといえば、俺が村田さんに坊っちゃんの相手を頼んだのが原因みたいで、ごめんなさい。」
今度は、青い目の可愛いメイドさん(男)に頭を下げられ、母が動揺し始めた。

「そうだったんですか?有利とご親切にも、あそんでくださったんですか?それは有難うございます。」
この子・・・ちょっと、ずれてるよね?

それでも、綺麗に微笑まれ頭をぺこっと下げられる。母が益々動揺する。めずらしい、あの母親がこんなに
うろたえるなんて。でも、もともとは僕が塾の時間を忘れたせいだしね。
「母さん、心配かけてごめんなさい。つい、楽しくって時間がたつのを忘れちゃったんだ。これからは、
2度とこんな事のないように気をつけます。」
僕も素直に頭を下げた。4人の子供に一斉に頭を下げられて、さすがの母も慌てふためいた。

「ちょ、ちょっとまって!こんなところで頭下げられても困るから!えっと、ともかく頭を上げてちょうだい。」
たしかに、公園で子供にかこまれて頭を下げられていたら、目立つしね・・世間体は悪いよね。
僕らは、顔を見合わせて、とりあえず、姿勢を戻した。
「まったく、貴方達には、まいったわ。」
これじゃ、私が悪者じゃないとか、ブツブツいっている。まぁ、確かに視線集めてるしね。

「健!」
呼ばれて、何?と寄って行くと、くしゃりと、頭が撫でられた。
「かあさん?」
見上げると、苦笑する母親の姿。
「楽しかったの?」
なんだか、優しい声に問われて、こくんと、うなずく。

「そう、あのしっかり者の健が、"たのしくって時間を忘れる″なんてね。ふふふっ!貴方も子供だったのね〜。」

・・母さん??何か楽しそうじゃない?

クスクスと仕方なさそうにわらうと、改めて母は、渋谷たち三人組に向き合った。
「君達、さっきは大人気なく声を荒げてしまってごめんなさいね。これからも、この子と仲良くしてあげてね。」
この子と仲良く?母さんがそんな事言うの始めて聞いた。僕があっけにとられていると。
「塾には、母さんから連絡を入れておくわ。ただし!今回だけよ。それと、暗くなる前に帰ってくること。
いいわね?」

え?それって?

「やったぁ!村田のおばさん有難う!村田、何して遊ぶ?」
「よかったですね、ユーリ。」
「わぁお!おかあ様ったら、話のわかるぅ、すてきー!」
渋谷、何で君が喜ぶの?でもって、茶髪のキミ、キミ誰?それとグリエ、おかあ様って、それ、僕の親!
目の前の展開に、僕と母親はちょっとだけ呆然となって、目を合わせて笑ってしまった。



これが、僕とちょっと異色な三人組との出会い。


渋谷有利・・・後に僕の一番の親友となった君。
コンラート・ウェラー・・・その渋谷の一番大切な君。
そして、グリエ・ヨザック・・・・僕と人生を歩む君


味気なかった僕の人生が、鮮やかな色を持ったその瞬間のおはなし。



FIN





5月9日UP
年下の彼・・一年たってますね。でも、この辺りはそんなに変わってないかと。
この前に1本お話があります。時系列が前後しますが、出来た順にのせて、あとで時系列順に
並べますので、すみません。