年下の彼 渋谷家との遭遇編  前編





澄み切った青空。

どこまでも高い。

空の上には、神様のいる国があるという。

そこには悲しみが無いと、神父さまが言っていたっけ?

ねぇ?どうすれば、そこまでいけるのですか?

彼は、手を伸ばす。小さな小さなその手をーーーー。

決して届くはずのないその世界へと向けて。


年下の彼(出会い編・渋谷家のとの遭遇。)


キーーン!と金属音が響き渡る。その音で、コンラートは現実に戻ってきた。
ふと、見下ろすと川原のグラウンドに子供たちの歓声があふれていた。
どうやら、地元のリトルリーグの少年達のようだ。
そういえば、日本も母国と同じで、ベースボールが盛んなんだっけ?

二手に分かれて試合形式で練習しているのだろう。レベルは、あまり上手いとはいえないが
みんな楽しそうだ。スコアボードを見ると9回ウラ4対3。2アウトで攻撃チームが負けているようだった。
しかし、三塁に走者がいるし、一発出れば同点、または逆転できるだろう。
バッターボックスには、選手の中でも一際小柄な少年。もしかして、少女かも知れないが。
果敢にバットを振るが、あっという間に2ストライクをとられ追い詰められていた。
少年は、一度バッターボックスを出ると、大きく腕を広げて2度3度深呼吸をすると、
再び、ピッチャーに対峙した。そしてーーー。

キィン!

小気味いい音が聞こえ、ボールは一・二塁間へと。当たりは悪くないが、方向があまりよくない。
すかさず、ショートがボールを捕らえると、一塁に向かって返球される。しかし少年(少女)は、走ると
間にあわないと判断したのか、一塁に向かって頭から突っ込んでいった。
すぐさま泥だらけの顔を上げて審判を仰ぎ見ると、判定はセーフ。その瞬間、その子が輝くばかりの
笑顔を浮かべた。その貌は、太陽の光を一身に浴びて、まさしく光輝いているように見えた。

コンラートには、決して浮かべる事ができないだろう。そんな幸せそうな笑顔だった。

見ていられなくなって、コンラートは再び空へと視線を戻した。だから、彼は知らない。
グラウンドにいるその子が自分を見たことを。その瞳が大きく開かれて自分を映したことを彼は知らなかった。


その日から、なんとはなしに川沿いの遊歩道を散歩するのがコンラートに日課になった。
川沿いということもあってか、周りには、少し先に住宅街があるだけで、視界をさえぎるようなものがなかった。
そのせいか、この道は空が近い気がした。
このまま、歩いていけば・・空までたどり着けるだろうか?

コンラートは7才。ドイツ系アメリカ人で先月までボストンの大きな屋敷に母親と異父兄弟と共に住んでいた。
両親は、コンラートが3つの時に離婚。原因は、上流階級で資産家の母にドイツ移民の子である父は相応しく
ないと、親族のものに事実上引き裂かれたのだ。その半年後、母は相応しいとされる血統の男性と再婚。

しかし、それがコンラートにとって 不幸の始まりだった。血の誇りを持つ者にとってコンラートのような庶子は、
目障りな存在。屋敷では、疎ましき者として扱われていた。母とも引き離され、年の離れた兄は元々疎遠で
コンラートは小さな胸を痛める日々を送っていた。やがて現れた唯一の心の支え。それは、小さな弟。
何も知らない無垢な魂は、小さな兄をただただ慕ってくれた。しかし、それも長くは続かなかった。

良くも悪くも素直な弟は、父から、また伯父からコンラートの悪口を吹き込まれたのだろう。それをあっさり
信じると『薄汚い手で僕に触るな!』と、彼の手を振り払ったのだ。
やがて、コンラートは誰とも話もせずに過すようになる。見かねた母が実父に連絡し、彼に引き取られ
この日本に連れて来られたのだ。

父のことは大好きだが、会社の社長という立場上多忙を極めており、あまり息子とは接点が取れてなかった。
遊び相手にと父がアメリカで引きとってきた同じ年の少年は、少しだけ生まれたことが早いからといって、
兄貴風をふかして かまいたがるので、どこか面白くない。だから、こうやって一人で散歩に出るのだ。
ボストンと違って、日本はまだまだ治安がいい。子供一人が出歩いたからって、咎められるような事がない。
屋敷から中々出ることのなかったコンラートは、それが少し新鮮で、ついつい出歩いてしまうのだが
・・・考え事をしていたのがまずかったらしい。


気がつくと、いつの間にか川からはずれ、住宅街に入り込んでしまった。日本の住宅事情は悪い。
そのせいもあって、一つ一つの家が小さいうえに密集しているので、コンラートの身長では、自分の住んでいる
マンションはもちろん、空さえも切り取られたようにしか見えない。困った。実は、コンラートはまだ
日本語が一言も話せなかった。どうにか、川に戻って、そこから家に戻らなくては!
しかし、行けども行けども川は見えず、道は狭くなり、日も暮れてきた。

何度か思い切って大人に話しかけてみたが、自分がしゃべりだすと皆一様に逃げてしまった。
自分はどこかおかしいのだろうか?日本は、一応は複合民族国家だが、その混血は1000年以上に渡り、一見
単一民族国家に見えるほどだ。今もどんどん人が流入する、人種の坩堝であるアメリカと違い自分の容姿は
ここでは目立つとは思う。しかしなぜ?逃げられなくてはいけないのだろう?日本は教育水準が高い国で
英語教育もされているというのに?・・やはり、ここでも自分は異質なのだからか?

まさか、日本人の大半が英語文法はできても、話せない上に、英語コンプレックス気味なんていう事を
知らないコンラートは自分の異質性のせいだと勘違いな結論に達してしまった。
実際は、薄茶の髪が時折金色に透けてなびいたり、瞳の中の銀の虹彩がゆらめいて、日本人とは
また違った愛らしいさを秘めた容姿をしているのだが、本人は無自覚なので論しても無理だろう。
そうこうしているうちに、辺りは暗くなり人もいなくなってきた。皆家に帰ったのだろう。

街灯の灯りがコンラートの影を一つだけ照らし出していた。なんだかんだいっても、まだ7歳の
子供である。だんだん心細さに心が震えてくると、眼には涙がせりあがってくるのだった。


わんわん!!


いきなり犬の声が聞こえたと思うと同時に、すぐ横の家の玄関が開き、そこから何かが飛びだしてきた。
『うわっ!!』
体に衝撃があり、気がつくと道路に尻餅をついていた。
くぅ〜〜〜ん??
『犬?』
おなかの上には、なぜか犬が一匹のっかっていた。

「あぁっ!シアンフロッコ!ば・・ばか!行き成り飛び出すなよ。ごめんなさい、大丈夫?」

コンラートを覗き込んでいたのは、あの日と同じように光を背負った、あの小柄な少年(少女?)だった。
「あ、ごめん。重いよな。シアンフロッコ退きなさい。でもって、男らしくあやまる。」
その子は、コンラートの上から犬を退けると、犬の頭を下げさせた。
驚いて、しばし固まっていたコンラートをどう思ったのか?慌てたように話しかけてきた。
「ええっと、もしかして日本語わからない?ええーとええーと、きゃんゆ〜スピークジャパニーズ?」
どうやら、日本語は話せるのか?と聞かれているらしいので、コンラートは首を横に振った。
その際に、左の目から溜まっていた涙がふるりと落ちた。
「えぇ!泣いているの?どこか、怪我したとか?・・あ、日本語通じないのか?」
その子は、両手をコンラートの頬を包むようにおくと、親指でそっと涙をぬぐってくれた。

ーーあたたかいーー

先程までの心細さもあって、コンラートはそのぬくもりに縋るようにすりよった。
「ねぇ、痛いの?やっぱり、怪我したのかな?えーと、俺も英語なんてわからないし、どうしよう。」
途方にくれるお子様二人と、犬一匹。そこへー。

「何やっているんだ?ゆーちゃん?」
そんな二人のそのまた頭上から、不思議そうな声が降ってきた。
「あ!勝利!」
「お兄ちゃんと呼べ!で?誰だ?この外人の子は?ゆーちゃんの彼女か?」
「かかかか!かのじょーーーーー!?ち・・ちが!いや、確かに可愛いし、俺好みだけどって・・・何言わせんだー!」
慌ててコンラートから飛びのくと、その子は玄関から新たに出てきた人物に向き直った。
玄関から出てきたのは、中学生くらいの少年だった。状況説明を受けたらしいその人は、まだ道路に座ったままの
コンラートを立たせると、汚れをはたき落としながら素早く体をチェックした。
その視線が、コンラートの手の平で止まった。つられて見ると、すりむいて血が滲んでいた。

『うちの犬が君に怪我をさせたらしいな、すまなかった。怪我の治療をするから、家に上がってくれないか?』
彼の口から飛び出したのは、流暢な英語だった。それも懐かしいボストン訛がある。
「ゆーちゃん、けがの手当てするから、この子を洗面所で怪我の泥を落としてから、リビングまでつれて来い。
 俺は、お袋に言って手当ての準備するから。」
「うん、わかった。すげー!しょーちゃん!英語しゃべれるんだな!!!」
「いやーはっはっは、まぁな。」
弟の素直な賞賛に、勝利はすっかり気を良くしたようだ。足取り軽く、家に中へと戻っていった。

「さっ、中に入って。シアンフロッコ!お前も来いよ。この子に怪我させたのお前なんだからな。」
わん!と、いい子の返事をして、犬=シアンフロッコがコンラートを後ろから体で押す。どうやら、
入れといっているらしい。一応、すまないとでも思っているのだろうか?
「ほら、うちの犬も入れって言って(?)いるし、遠慮しないであがってあがって。」
ゆーちゃん(?)に腕をつかまれ、家の中へと連れ込まれた。それはもう有無言わさずに。

『え?え?え?』

知らない人の家に入ってはいけません。危ないから・・などという、初歩的な注意事項を思いついた頃には、
手を洗われリビングのソファーに座っていた。両隣には自分まで痛そうな顔をしたゆーちゃん(?)と
原因となった犬が心配そうに覗きこんでいた。そして、彼らの母親だという人が正面居に座り、
掌を消毒して包帯を巻いてくれた。彼女の英語もボストンの訛りらしきものがあった。

『ほーんと、ごめんなさいね。うちの犬のせいで痛い思いさせちゃって。』
『い、いえ!ちょっと、擦りむいただけですから。大丈夫です。あの!手当てしてくださって有難うございます。』
『まぁ〜!なんて礼儀正しいんでしょう。ほら、ゆーちゃん!ゆーちゃんも見習いなさいよね。』

「いや、おふくろ、英語で言われても俺わからないから。」
大体何が言いたいかは察しがつくけどねっと、心の中で付け足す。
「なーなー、君なんて名前?えーと、ワッツゆあーネーム。俺・・えっとマイネーム 有利!渋谷有利!」
「???」
どうやら、今度は通じなかったようだ。有利撃沈。
「ゆーちゃん、その発音はちょっと・・。」
ちょうど、そこへやってきた勝利は、弟の発音に頭を抱えた。
「ところで、お袋、親御さんが心配しているだろうから、電話いれておいたほうがいいんじゃないのか?。それから、
もう遅いし俺が送っていくよ。道が暗いし、子供だけで帰すってわけにはいかないだろう。」
「そうね〜、じゃぁ、しょーちゃん、そうしてくれる?」
「了解。」

「Yuly?・・Yuri・・?」
ちょんと、小首をかしげてコンラートが繰り返す。とたんに、有利の顔が喜色にそまった。
「やったぁー!通じた!」
それを微笑ましそうに美子は見ると、コンラートの正面に改めて座りなおした。
『そうね。自己紹介は人付き合いの第一歩だものね?この子は、渋谷有利、小学3年生で、
こっちのお兄ちゃんが渋谷勝利、中学2年生。で、私が二人に母親の渋谷美子、ジェニファーって呼んでね?』
『ユーリ・ショーリ・・・ジェニファー??』
『そそ、ジェニファー♥で、この子(犬)がシアンフロッコね。』
にっこり。
何で、ミセス・ミコがジェニファーなのだろう??とおもったが、本人が呼べというのだから
良いのだろうか???
『・・えーと、僕はコンラート・ウェラーです。7歳です。日本には1週間前に父の仕事で来ました。』

「ええぇ!コンラ・・コンラッドってお・おお男の子??・・てっきり、女の子だと・・」
俺は、またしても男にときめいちゃったわけ?初恋の人がニューハーフだった事が、トラウマに
なっている有利は、がっくり、とうなだれた。

男でここまで可愛いなんて詐欺だーーーーー!!!。有利、心の中で号泣。

「あらやだ、ゆーちゃんったらおませさん♥♥でも、これだけ可愛いなら男の子でもママOKです。」
「ゆーちゃん、しっかりしろ!大丈夫だ。可愛さなら、ゆーちゃんだって負けてないから!」
「俺の心の声を読むなぁ!てか、毎度言っているが可愛いゆうな。俺は、マッチョな野球選手になるんだからなっ!!!」

ぎゃいぎゃい騒ぎ始めた渋谷家一同。コンラートは、日本語がわからないので状況がよくは
理解できてないが、何やらユーリがうなだれたと思ったら、地団駄踏んで悔しがっているようだ。
きっと、何かショックなことでもあったのかもしれない?目じりに涙も出てるし、顔も真っ赤だし。
ここは、慰めてあげたほうが良いだろうか?さっき、ユーリには、慰めてもらったし、うん!
まさか、自分の性別が男だった為に、騒動が起きているとは思いもしないコンラートだった。

「ユーリ、ユーリ」
「うん?何コンラッド?」
ちょいちょいっと腕を引かれて、有利が振り向くと。

ちゅっ♥

軽い音と共に目じりに柔らかな感触がした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「きゃぁ!」
「げげっ!」
うれしい悲鳴を上げたのが美子。複雑な悲鳴を上げたのは、勝利。そして有利は・・・・固まっていた。

「ユーリ?」
つんつん。

「・・はっ!・・・ぐぅ・・うわぁぁぁぁぁ!!!ちゅー?今俺ちゅーされたの?男からちゅー?
人生初めてのちゅーが男から???いやでも、コンラッドは可愛いし!!ちょと、うれしいかもって!
って、まておれ!早まるなおれ!どんなにかわいくっても男は男だ〜〜ぁぁぁ!!!」
一人、悶える有利。その激しい悶え方にコンラートは、心配になった。一体どうしたのだろう?

『ジェニファー、ショーリ。ユーリはどうしたんです?』
まったく判っていないコンラートに、なにか脱力感を感じながら勝利が答えてやる。何だかんだ言っても、
ここで律儀に返答するあたりが、彼の性格を現している。この律儀さが弄ると楽しいと母に思われている
のは、ナイショだ。

『〜〜〜どうしたじゃない・・。何でいきなり有利にキスなんかしたんだ?』
『キス?ですか。涙を拭いてあげようとしただけですけど?』
きょとんと返すコンラート。どうやら、他意はなさそうだが・・。
「はぁっ??アメリカか?アメリカ人の血なのか?キスで涙をぬぐうか普通?これはもしかして、
文化の違い?異文化コミュニケーションの相違の問題なのか??日本人にはマネできねーーー!」
やっぱり兄弟だ。悶え方といい、微妙にズレたところといい、そっくりだ。
もっとも、その原因はひたすら、??をとばしていた。どうやら、この子は天然さんらしい。

『ねぇ。コンちゃん』
にっこり微笑んで美子がコンラートの手をとった。しかも、いつのまにか?呼び名はコンちゃんに
決定している。
『コンちゃんは、うちのゆーちゃんが気に入った?』
『お袋!?子供になにきいてんだっ!?』
『しょぉぉちゃん?』
にっこり。同じ笑顔なのに、コンラートへ向ける笑顔と長男へ向ける笑顔とは、種類が違った。
前者は、慈愛の笑顔。後者は、脅しの笑顔だ・・。渋谷家の陰の実力者・・あなどれん。
『うっ・・・。』
『?』
あって間もないコンラートには解ってないようだが、長年息子を務めている勝利には、
不幸なことにその違いが判った。そして、渋谷家長男は、その聡明さでご近所では有名な秀才君であった。
将来の夢は、埼玉県民なのに都知事。出世するには、空気を読むことも必要だ。勝利は、その聡明さで口を
噤む事を選んだ。それに鷹揚にうなずいてみせる美子。その眼は、わかればよろしいと語っていた。
ちなみに、渋谷家次男は、ぐるぐるまわった自分の世界から帰ってきてはいたが、英会話に口をはさめず、
今はおとなしくソファーに座っていた。いや、どこか不穏な空気を感じていただけかもしれないが・・。

『で、話は戻すけど、コンちゃんは、うちのゆーちゃんの事どう思う?』
・・・微妙に先程の質問とニュアンスが変わっている。一方、コンラートは
『はい、やさしくて、可愛らしい方だと思います。』
にこっと、隣に座る有利を見て、思うままを答えた。至近距離で微笑まれて、有利の顔はみるみる
真っ赤にっていく。引き込まれそうな大きな漆黒の瞳。さらさらの黒髪。東洋系の小さな鼻・口。
象牙色の肌はきめ細かく、清涼な可愛らしい容貌。コンラートの周りには今までいなかったタイプだ。
くるくる良く変わる表情も、見ていて飽きない。それに、なにより温かな人だと思った。側にいると
ほっとする。会って間もないというのに、コンラートはすっかり有利が・・この一家が気に入っていた。

『そうっ♪』
きらりと、美子の目が光った。コンラートの目をしっか!と見つめると、
『じゃぁ、うちの子を末永くっ!よろしくね。ぜひっ!仲良くしてあげてね♥』

ーすえながく?は、ちょっと違うんじゃ?ーそれではまるで、娘を嫁に出す父親の台詞だ。

『あ、はい!』
一方、友達になってね。という意味だと理解して、コンラートは勢いよく答えた。

今まで、友達が出来ても財産家の義父や伯父の目を気にした大人たちが、コンラートと遊ぶなと
言う事はあったが、仲良くしてあげてねなどと、言われたのは初めてだった。
ああ、でも、ユーリが嫌だといったらどうしよう?2つも年下の、しかも今日会ったばかりの異国人の
コンラートなどと遊びたくないとか言われたら?緊張して隣に座る有利を振り仰いで見る。
「?」
コンラートの鬼気迫る様子に小首をかしげている有利。


『薄汚い手で、僕にさわるな!』


唐突に、弟の声が聞こえた。伸ばした手は、はじき返され、全てを拒絶された・・あの時の弟の声が・・。

『ぁ・・・・。』

有利は、その様子を間近で呆然と見ていた。先程まで、にこやかに談笑していたはずのコンラートが、
小さな声を発したかと思ったら、みるみる青ざめていったのだ。顔には表情はなく、瞳はうつろに焦点を
あわせなくなり、かみ締めた唇は色を変えつつあった。なにより、あれほど輝いていた彼の瞳の銀色の虹彩は
くすんで色を失いつつあった。

ぞくっ・・・戦慄が有利を襲う。・・ 怖い・・・と、思った。

『コンちゃん?』
『おい、コンラート?』
ただならぬ異変に、美子も勝利も気づいた。すかさず、勝利がコンラートの頬を軽くたたいて、意識を
浮上させようとする。だが、目は開いているのに、もはや聞こえてないのか?コンラートは、まるで
人形のようにそこに座っていた。

『コンラート、しっかりしろ、どうした?』
肩を少々乱暴にゆすっても、コンラートは反応を返さない。ただ、されるままに揺れているだけだ。
その時だった。偶然かもしれない、細いその腕が、有利のほうに投げ出されただけだったかも?
だけど、有利には、彼が助けを求めて、手を伸ばしたように思えた。
「コンラッド!?勝利、どいて!」
突き飛ばすように、兄をどけると、その手をとって引き寄せた。なすがままに倒れ込んでくる体を受け止めると、
その胸にぎゅっと力強く抱きしめる。
「コンラッド!コンラッド!大丈夫だから、ね?俺がいるから、大丈夫だから、な?コンラッド!」
必死に呼びかける。
「だから、いくな、コンラッド!!!」

初めてみた時、彼は空を背に立っていた。光に薄茶の髪が透けて金色に輝いて、とても綺麗だと思ったのが
第一印象だった。だけど、色素の少ない体は、そのまま空に溶けてしいそうでーーあぁ、天使が天に還るのだと
漠然と思ったのだ。そのくらい、コンラートという存在は、儚いモノだと。

だけど、イカセハシナイ!

必死に名前を呼び続けるその姿は、子を守る母のようでもあり、まるで恋人のようでもあった。

「ゆーちゃん?」
「有利・・。」

やがて、ぴくり・・と、腕の中のコンラートが反応した。
「コンラッド!」
のろのろと、ゆっくりではあるが、彼が顔を上げた。まだ、うっすらと焦点は合ってない瞳が、有利をうつす。
「コンラッド、大丈夫・・もう、大丈夫だからな?」
やさしく頭をなでてやると、やがて瞳に輝きが戻ってきた。
『ユーリ?』
「コンラッド、もう・・だいじょうぶ。」
何が大丈夫だか、きっと有利にも説明できないだろう。けれども、まるで呪文のように有利は繰り返した。
それが、唯一。この少年をつなぎとめる呪文だとでも言うように。
『ユーリ・・・おれと・・』
「コンラッド?」

何かを言いかけたコンラートに、有利は聞き返すが、その時にはすでに彼は眠りの中へと旅立っていた。
しっかりと、有利の手を握って。







前編・・・^^;長くなったので、前・後編に分かれて表示します。
すすす、すみませんーー。(逃亡)

2008.4.4 22時UP