年下の彼 武道を習おう |
学校へ行こう・・・わき道編? 武道を習おう!
最近週末は恒例となった、コンラッドとヨザックのお泊り組みを向かえ、渋谷家の食卓は今日も
賑やかに終了した。食後に出された紅茶を飲みつつ、くつろいでいると勝利がパソコンから
印刷した紙をコンラートとヨザックに渡した。
「ええと?いちにちたい・・けんもう・・しこみしょ?」
漢字らしい文字には、手書きのふり仮名が振ってあり・・・それを読むとそうなったらしいが・・・区切り違う。
「一日体験申込書・・。うちの母親が昔、教わっていた所なんだが、親父さんが剣道・お袋さん(フランス人)が
フェンシング・息子が合気道で、その下の息子が居合道・・・それぞれの奥さんが柔道と空手を教えているという
……なんともすごい一家なんだが、その道場に一日だけ入門して、好きな武道を体験しようというイベント(?)
の申込書だな。」
「はぁ。」
「しょーちゃん、俺のは?何で二人だけ?」
「ゆーちゃんは、野球が有るだろう?日にちが被っているから無理。」
そういわれれば、黙るしかない・・・・野球小僧である有利から野球を取る事はできない。ぶーぶーいう
弟をなだめつつ、キッチンへと連れ出す。後片付けは、彼らの仕事だ。
「くわしくは、お袋から聞いてくれ。俺も、そっち方面は明るくないんでね。」
「「はぁ…??」」
よく飲み込めていないだろう二人の前には、うふ♪と微笑を浮かべる渋谷家の陰の実力者。一見、お嬢様風の
容貌を持つこの主婦が、実はとんでもない人物だと二人が思い知るのは、それから丁度1週間後だった。
そして、日曜日。やってきました横浜に!みなとみらい線の元町中華街駅でおりると、美子ことジェニファーに
連れられ、そのまま地元の商店街でもある元町通りに入っていった。同じ日本でも、埼玉とはまた違った街だ。
ここは、観光地でもあるから綺麗でしょう?とジェニファーが云った。東京とも違う、きれいだけど、少し垢抜け
ないというか・・人っぽさがある。それがいいところなのよと、久々の地元に、ジェニファーママは嬉しそうだ。
江戸っ子は三代だけど濱っ子は3日でなれるって云うくらい、親しみやすい街なのよ〜。
ちょっと、休憩しましょうといって、少し通りから坂道を登った所にある、レストランへと入った。
「結構、緑が有るでしょう?この坂を上ったあたりが山の手なのよ。港町だから、外国の出身の方も多いし、
川の向こうには、中華街もあるのよ。今度、通うようになったら、行ってみると良いわ。」
「はぁ〜。」
「中華か〜、俺、今度中華も極めてみようかな〜。」
ヨザックは、早くも食い気の方に走りつつあるようだ。
その後、かなりきつい坂を上り(この辺りは坂だらけだそうだ)うねうねと細い道に入り、古い門構えの
一軒の家に着いた。
「たのもーー!」
「はい、あら?ジェニファー!威勢の良い声がしたから、誰かと思ったわ?」
中から出てきたのは、ジャージ姿の金髪の60代の女性。ジェニファーの剣の師匠だと言う。
「お久しぶりですわ、師匠。今日は、この子達の付き添いで参りましたの。」
「あの、コンラート・ウェラー。7歳です。今日は宜しくお願い致します。」
「ヨザック・グリエです。同じく7歳。宜しくお願いします。」
二人は、ぺこりとお辞儀をすると、自己紹介をした。渋谷家最強の御仁を育てた師匠に、粗相があってはならない!
すでに、渋谷家の一員とも言うべき意識が、しっかり根付いている二人だ。
「まぁ、礼儀正しい子供達だこと、きっとダーリンも気に入るわよ。」
さぁ、道場の方へと案内されて入れば、そこには袴姿も凛々しい白髪の御仁が待っていた。
美子は、すっと佇まいを直し、道場の磨きぬかれた床に座ると、手をついて頭を下げた。
コンラートとヨザックも、慌ててその後ろに座ると、見よう見まねで頭を下げる。
「ご無沙汰しております、大師匠。本日は、知人の子である、この2名のご指導賜りたく参りました。」
「ふふ、そう硬くならなくて良い良い、ははは、ひさしぶりだな、濱のジェニファー?」
厳しい顔つきの割りに、砕けた言い方をする。けっこう、茶目っ気のある人のようだ。
「もう、大師匠ったら、せっかく久し振りですから、決めてみましたのに〜。」
それに、美子も親しみを込めた口調でかえす。
ところで、濱のジェニファーって何だろう??
「さて、その子達だな。ジェニファーが電話で、頼みたいと言ってきた子供は、どれ?」
あ!と思った時は、さっきまで座っていたはずの大師匠は、既にコンラートの前にきていて、
彼が顔を上げた時には、眼の前に木刀が振り下ろされていた。コンラートは、咄嗟に腕で防御しようとし、
ヨザックはコンラートを庇おうと動こうとした。でも、間にあわない!・・が、その木刀が振り下ろされる事は
無かった。すんでのところで、ピタリ!と、止まったのだ。
「ふむ、目を閉じなかったのは、いいぞ。そっちの子も、庇おうと動いた・・ふむふむ、中々いいね、
この子達。二人とも名前は?」
「・・ちょ!ちょいまち、おじさん!いきなり、殴ろうとするとは、どういう事です?その気が無いのは
わかったけど、それでも不意打ち?っていうんでしょう?そういうのって、いいんですかい?」
ヨザックは、コンラートを伺うように、肩に手を置くと、キッ!と、青い眼差しをきつくした。
その目には怒りが・・。
だが、その二の腕をコンラートがつかんで止める。
「よ・・ざ・・俺はへいき・・。」
「おい、大丈夫か?気分が悪くなったりしてないか?」
「大丈夫だ、その人、・・悪意がなかったから・・・。」
俺は平気だから・・。そういって、コンラートは、ポンポンと、ヨザックの腕を叩いた。そして、深く息を
吸って吐くと、真っ直ぐに大師匠を見つめた。
「すみません、生意気な口をきいてしまって、でも、ヨザックは、俺を庇っただけですから。
どうか、許して下さい。」
大師匠は、その眼差しと、じっと受け取ると・・。すっと、二人に向けて頭をさげた。
「いや、その子の言うとおりだ。これは少し、私のほうが悪かったね。濱のジェニファーが、見所のある子を
連れてくると聞いて、楽しみにしていたものだから、ついね。すまなかった。」
え・いやその〜と、ヨザックは慌てる。大師匠と言われるくらいだ。この道場では一番えらい人なんだろう。
その人が、こんな子供の言うことに、素直に頭を下げてくるとは思わなかったのだ。
「いえ、俺も、その・・生意気言って、ごめんなさい!」
思いっきり頭を下げれば、大師匠が良い子だといって、二人の頭を撫でてくれた。大きくて硬いけど、
とても優しい手だ。
「さて、家では色々な武術を教えているけどね、本当に教えているのは、武道なんだ。
武道とは、道・・
すなわち生き方を、武術を通して会得する物だよ。どの武術を選んでも良い、でも、本質だけは忘れてくれるなよ。」
「生き方・・ですか?」
「そう、武道は、術を極めるものではなく、稽古などの過程を通して、人格を磨くものだ。心を鍛えるとも
云えるかね?」
「心を鍛える・・。」
少し、考えをめぐらしたコンラートが、あの!と、声を上げた。
「俺は、強くなりたい。それは、駄目ですか?」
「いいや、それは大切なことだよ。で、君は、何故、強くなりたいんだい?」
「・・守りたい人がいます。」
そう、何時までも守られるなんて嫌だ。俺は、あの人を守れるようになりたい。
脳裏に浮かぶのは、コンラートの大事なヒト。
--ユーリを守れるような、強い男に!--
「そうか。君はどうだい?」
大師匠は、隣にいるヨザックを見る。
「俺は、生きていく為の力が欲しい。なにせ、親は俺を捨てて行きましたし、世間の冷たさは身に沁みてますからね〜。」
でも・・と、ヨザックは続けた。
「いつか俺も家族をもちます。その家族を守りきれる強さを持ちたいと・・思う。」
言外に、親と同じ生き方はしないと、この少年は言っていた。確かに、この女性が見込みがあるといって、
連れていただけはある。可愛いらしい容姿とは逆に、中々骨の有りそうな子供達だ。ひさしぶりに、これは
楽しめそうだ。大師匠は、うんうんと頷くと、美子の方を見た。この女性も、可愛らしい容姿をしているが、
濱のジェニファーという二つ名を知られたツワモノだった。
-- もしかしたら、この二人、彼女を超える逸材かもしれない。
「よし、まずは、私が剣道を教えよう。他の物を習いたくなったら、何でも習うが良い。一つを極めるも良い、
一通り統べてやってみるもよし!ちなみに、そこにいるジェニファーは、フェンシングで名の通った選手であるが、
他も全て会得していてな、この界隈で悪さをすれば、濱のランボー・・いやジェニファーが現れると、恐れられた
御仁じゃ・・まったく手のかかる嬢だった〜。」
しみじみという、大師匠の言に、いやだわ〜〜とコロ コロ 笑う女性を見る。
知ってはいたが・・やはり、この女性に逆らうのは、止めた方が良さそうだ。
「あら、ダーリン?まだ、稽古を始めてなかったの?」
先度で迎えてくれた奥さんが、道着姿で入ってきた。
「おぉ、ハニー。いや、つい話し込んでしまってね〜。はははは。」
ダーリンにハニー?・・渋谷家も真っ青なほど、ラブラブ夫婦だ。さっきまでの緊張感がどこぞに
飛んで行ってしまった。
「まずは、剣道と言うものを見せた方が良くはないかしら?と思って、着替えてきたのだけれど?」
そう言って、奥さんが木刀を構えた。奥さんは、フェンシングの師範だが、剣道もやると言う。大師匠は、
正式には藩士と言う位を持ているのだそうだが、子供達がお師匠と夫婦を呼び始め、区別する為に、
大師匠と呼ばれるようになったという。
では、まず模範を見せましょうと、二人は中央で構え合い、そして・・・!
結局二人は、その場で入門した。道着一式も買い、来週から修行を始めるのに、二人は興奮様からぬ様子で、
帰ってきた途端に、そこにいた父親達と兄弟にその日の報告をした。師匠夫婦の立ち合いは素晴しいものだった。
漲る気迫もさることながら、その美しい佇まい、所作!全てにおいて、二人を夢中にさせた。
そして夫婦の人柄にも、すっかり懐いてしまった二人。
本当は、平日の午後からの初心者のクラスに通うのだが、埼玉から通うのにその時間では難しいと、特別に
大人に混じって、夕方の部に参加させてもらえることになった。帰りは夜になるし遠いので、しばらくは美子が
付き添うと言うことに決った。
美子も毎週地元に帰れると、結構喜んでいる。有利も平日で良いなら俺も行きたいと言い出したが、最初だけで
そのうち土日の部に移るときいて、野球との掛け持ちに無理が有るので諦めた。
「その変わり、試合がある日は、絶対応援に行く〜!」
「ゆーちゃん、試合も日曜日じゃないか?」
「え〜〜!俺も、コンラッドの勇姿みたい。だって、絶対可愛いもん!!」
思わず本音が出た有利。
「坊っちゃん?俺は?酷い・・ひいきだ・・。グリエだって、可愛いのに・・。」
よよよよっと、泣き崩れるヨザック。
「ユーリ・・可愛いって・・・。」
「ごめんカッコイイだった。言い間違えだって、言い間違い!あははは。」
つい先日、それで喧嘩したばかりだったので、あわてて言いなおす有利。コンラッドの視線がいたいぜ!
「ゆーちゃんの袴姿も可愛いだろうな・・・。」
なにやら、夢見がちな男が・・。
それを横目で見て、有利は、俺は野球一筋でいこう!そう固く決心した。
その夜、子供達が寝静まると、大人たちはリビングに集まって、ビールを片手に、これからの事を話し合っていた。
その中に何故か混ざる勝利。飲むのは、スポーツ飲料だが。
「今日ね、大師匠が二人を見極めようと、コンちゃんの眼の前に木刀を振り下ろしたの。そしたら、コンちゃん
咄嗟に防御の姿勢は取れたけど、その後少し気分が悪そうだったわ。」
そうか・・と、ダンヒーリーは、何事か考えをめぐらしていた。
「その時にね・・気になることを言ったの。大師匠は、悪意が感じられないから大丈夫みたいな・・。」
「お袋?それって・・逆に?」
聡い勝利が、その意味に気付いた。
そうだ・・コンラートは、悪意の無い攻撃なら大丈夫・・では、逆は?悪意ある攻撃を受ければ、どうなる?
気分が悪くなるどころではないのだろう?何年も、幼い身でありながら、大人達の悪意の攻撃に晒されてきた子。
その心は、普段は出ないが奥底に深い傷を追っている。そして、その傷は今も本人さえ気付かない奥底で血を流し
続けているのだ。最近気付いたことだが、コンラートは、ふっとしたと気に、大人の男性を怖がるしぐさをする。
ある日、たまたま近所のおじさんが、回覧をもって来た事が有る。初めての相手に、行儀よく挨拶をした二人に、
頭をなでようと手を上げた時、コンラートはサッと顔色を青くし、美子の後ろに隠れてしまった。
それから、度々そんなことが有り、大人達は話し合った結果、美子が昔習っていた道場で、武道を習わせては?
という話が持ち上がったのだ。横浜という土地柄上、地元の人間のほか、アメリカや中国フランスなど、
色々な人達が師事していると言うその道場なら、二人も馴染みやすいだろうと。
また、人種もさることながら年齢層も幅広いという
環境で色々な人に慣れさせるという目的も有った。なにより、武道は、心を磨くことだと聞いて、ダンヒーリーは、
甚だ感心し、そういうことなら、ぜひ!といって、美子に任せたのだ。
「とにかく、しばらく様子を見ましょう。コンちゃん、大師匠の事、とても気に入ったみたいだし、大丈夫よ。
ヨザちゃんもいるし、少しずつ治ればいいわ。」
「だな・・。まぁ、ダンヒーリー、この件はうちの嫁さんに任せてくれや。」
「あぁ、頼みます。ジェニファー。」
ダンヒーリーは、つくづくこの日本に来て良かったと思う。友人という事で、勝馬の家の近くに越してきたが、
彼の家族は こうして、一つ一つコンラートの傷を見つけては、それを治そうと手をつくしてくれている。
きっと、自分だけでは、気付くことさえできないような、小さなSOS信号を拾ってくれる。そして、傷に薬を
塗るように愛情を注いでくれるのだ。
コンラートもヨザックも、本来子供として受け取るべき親の愛を受け取ることが出来なかった子達だ。
変わりに、庇護して貰うべき年で、周りからの悪意を受け取ってしまっていた。
「だったら、俺達、皆で注げばいいじゃないか〜?コンラッドがつらかった4年分、お前さん一人でそそいだって、
母親の分も入れると、8年かかるぞ。俺達いれれば、5人だろう?一年でおつりが来るぞ〜?」
と、のほほんと言ってのけたのは、友人の勝馬。それを聞いたときは、流石のダンヒーリーもあっけに取られた。
どういう計算だ??
「あらやだ!ウマちゃんってば、流石ね〜。そうよね、あたし達皆で可愛がれば、おつりが来るわよね!」
「親父達だけだと、迷惑じゃないか・・ここは、長男の俺がしっかり弟達の面倒を見ねば・・。」
「はいはーい!俺も、二人を可愛がる!俺、弟ほしかったんだ〜。」
・・いや、ゆーちゃんじゃ。可愛がられるほうだと思うぞ・・?
ボソッと言った、長男の台詞に、次男有利は、たいそうご立腹したが、他の家族も同意見だった。
流石にそこまで迷惑は……なんて辞退しようとしたら、ピシャリ!と、しっかり者の長男が言い切った!
「だめだ!ダンさんも、うちの親父と同じくらい抜けたところがある!可愛い弟達の未来が係っているんだ。
まかせられるかぁ!」
うんうんと、頷く有利。
ひどいよ、しょーちゃん・・とほほ〜と、がっくり方を落とす勝馬。さすが、うちのお兄ちゃんは、
しっかりものね!と拍手している美子。この家の力関係って・・?
そして、現在に至るのだが、最近ではしっかりこの家の子供となりつつある我が息子たち。子供らしい
良い笑顔も断然増えた。学校での友人にも恵まれ、ボストンにいた頃がウソのように、明るくなった。
そして、今日、新たな出会いを得て、コンラートは、また変わろうとしている。
強い男性への憧れをきらきら光る目で語った息子。新たな目標を得て、男へと変わる道を行こうとしている。
父親としては、とても楽しみだ。本当に・・
ここにきて よかった。
2008・6・28UP
美子さんは、本当は横浜(ハマ)のジェニファーなんですが、一々ルビふるのもなんなんで、濱にしました。
山の手には、美子さんの出身校、フェリスが有るんですが、音楽部なんですよね?ほかは、緑園都市にあります。
たしか?美子さんは、緑園の方でしょうが、友達がいたりしてこっちのキャンパスにもいたに違いない!
それにしても、横浜広いのですが?一体何処出身なんだろう?港南区なんて、鎌倉近くなんで、そっちでは無さ
そうだけど、ハマを名乗るくらいだから、港に近くなのかしら?ということで、元町周辺出しました。
というか、私のその辺りしか土地勘がないだけなのよね。中華街の笹の葉ジェラートは、結構好き。
パンダか!ちびっ子4人組を今度デートさせてみようかな?