年下の彼少年との別離編



年下の彼 少年との別離編ーSAYONARA−



プロローグ


金色の髪をなびかせて、少年は一人屋敷の中庭でその花を見つめていた。

青くて清しいその花の名は、『大地立つコンラート』花の品種改良が好きな母が、手元から離した
我が子の名をつけた花。昔・・自分がまだ幼かった頃、その人はいつも自分の側にいた。
穏やかな風のような人だった。彼の側にいる時は、いつも心にあたたかで穏やかな凪いだ風が
吹いているようだった。自分はその人が大好きで・・・その人も自分を一番好きだと言ってくれた。
今はいない・・・瞳に銀色の星を持った優しいヒト。自分のすぐ上の異父兄。


無知な自分が壊した・・・・儚かった人。


少年は、持っていた鉢にその花を数株移すと、屋敷の隅にある小さな部屋へとやってきた。ポケットに入れて
おいた鍵を差し込みまわすと、柔らかなクリーム色とグリーンの壁紙に包まれた子供部屋が目の前に現れた。
しばらく、誰も入ってないのだろう。空気がわずかに篭っていた。それでも、長く使われてはいないハズだが、
掃除はされているようだ。きっと、彼らの母だろう。彼女は、この部屋だけは誰にも触らせないのだ。
鍵をかけ、まるでいなくなった息子の変わりに可愛がるように、今もこの部屋を守っている。

窓を開け空気を入れ替えると、ことりと窓辺の机に上に鉢を置く。風に揺られてゆらゆらと花がなびく。
この部屋は、その兄が昔居た部屋。ボストンでも屈指の広さを持つこの屋敷の規模に対して、その部屋は
あまりに小さく、また中においてある家具も質素で、とても屋敷の主の息子の部屋とは思えない。
当時の彼の扱いが感じられる部屋だった。それでも、ここに来るのは、とても好きだった。


この部屋は、こんなに寒かっただろうか?


昔、彼がいた頃は、とても温かだったように覚えている。ここに有るのは全て当時のままだというのに・・。
そう、彼はこの屋敷を出る時、何もここから持ち出さなかった。全てを処分するように・・・・。
そういい残して出て行った。お気に入りのぬいぐるみも、愛用のペンも、集めていた綺麗な石も、二人で
繰り返し読んだ本までも、何もかも全て、思い出さえも置いて出て行ったのだ。

その時の兄は、今の自分と同じ年頃だったはず、わずか7歳になるかという年の子が・・・・全てを諦めなけ
ればならなかった。


・・・そして、そう仕向けたのは、自分の父と伯父。

・・そうしたのは、幼かったこの自分。




今でもはっきりと覚えている。彼の実父だと言う人が迎えに来て、彼が手を引かれてここを去る時、
自分は母の腕の中にいた。

でも、まるで誰もそこにいないかのように、彼は横を通り過ぎていった。

何も写さないガラスのような瞳をして・・・・。


彼らが通り過ぎて行った時、ヒュッ!と冷たい風が頬を切るように吹き抜けた

・・・・その時、自分が失ったモノを、はっきりと自覚したのだった。



アノ穏やかな風は、最早吹く事はないと。





その事がきっかけになったのだろうか?次兄が出て行ったすぐ後、長兄もここを出ていき、全寮制の
学校へと入ってしまった。彼はその後、学校を卒業した今も、父方のヴォルテール家が保有する
別の屋敷に住みつき、戻ってくることはない。

また自分達の祖父で、母の父。このシュピッツヴェーググループの総帥も2年前に死亡した。
その祖父の遺言でグループの総帥の座に着いたのは母だったが、もとよりお嬢様育ちの彼女に
その才が有るわけでもなく、伯父と夫で彼の父が運営を牛耳っている。その頃から、屋敷に長年勤めて
いた実直な使用人たちは減り始め、代わりに派手で口さがない者たちが出入りするようになった。


この屋敷は変わった・・・・・。


見た目は豪華だが、虚勢に満ちていて美しさが消えた。温かさも、穏かさえも消え失せた様に思える。
変わらないのは、この部屋だけ・・・・ここだけは、あの優しかった日々のまま・・・只違うのは部屋の
主がいない事だけ。


何を感傷的になっている?追い出したのは、自分達ではないか?今更・・・そう今更だ。
この屋敷を出た後の、彼の消息は知れない。噂では、この国を出たという。それでも思う。
あの時・・・もし、あの時、自分がもう少し大人だったら?もしあの時、口さがない者たちの言う
ことを鵜呑みにしなかったら?もしあの時、兄の手を振り払わなかったら?
もし・・・・あの時・・・・自分が彼を傷つけさえしなければ?
あの穏やかな風は、まだここに吹いていただろうか?


『ヴォルフ、こっちだよ。おいで。』



「!・・ちっちゃい兄上っ!?」


振り返り、問いかけてみても、答えてくれる者は誰もいず、ただ、青い花が揺れるだけだった。






8月7日UP
年下の彼・少年編の最後のシリーズです。予定では、シリアス予定・・だけど私がシリアスあ苦手な為に
シリアスになりきれないかもしれません。