拒絶した


あの時確かに、おれは・・・・誰よりも大切だと

誰よりも側にいると約束した彼を……否定したのだ。


それは一番してはならないことだと

自分だけは、それをしないと

誓った相手だったのに



おれは、彼が伸ばしてきたその手を

叩き落したのだった


拒絶 ――― した









年下の彼・少年との別離編 9-2









目の前で、血が飛び散った!

ぴしゃり…っと、頬に生暖かな物が飛んできた。それは、有利の頬をツツーーとしたり落ちていく。


アハハハハーーー!!朽ちろ、愚者共め!



「有利、こっちに来い、ヨザックもだ!」
ぐいっと、有利は乱暴に腕を捕まれた。勝利は呆然と目を見開いて動かない弟をその胸の中にと
抱きこんだ。もう一人の弟分をも抱き寄せると、そのまま壁際まで下がる。

ヨザックは、目の前の光景に、ブルブル震え始めていた。それはそうだ、有利は中学一年、ヨザックに
いたっては、まだ小学5年生なのだ。自分でさえも戦慄を覚える光景に、二人が耐えられる訳がない。

「しょ‥ショーリ兄…アレ、コンラッドなのか?」
「くっ…!」

震える指で指す先には、ワライながら素手で大人達を叩きのめすコンラートの姿。


振り上げた足が、手前にいた男の顎先を捉える。大の大人が吹っ飛ぶ!そのまま、遠心力にそって、
今度は床近くで蹲っていた別の男の背中にかかとが落とされた。

ぐぇぇっ!っと、蛙が潰された様な音がして、蹲っていた男は口から赤い泡を吹いて床に伸びた。

容赦・・というモノが感じられない。

これが、コレがコンラッドだと?自分が、4年間弟として守ってきた少年だと?
勝利は、見るなと なおいっそう、弟達を自分の体に押し付けた。



『ショーリ、ユーリ、ヨザ!ありがとう。おかげで、兄弟と もう一度やり直せそうだ』
そういって、ほんの数時間前まで、嬉しそうに笑っていたじゃないか?
ほんわりと、恥ずかしそうに礼を述べた少年は、見ているこちらが幸せな気分になるくらい、優しい
穏やかな微笑を浮かべていたというのに……。

きっとこれから、彼の人生は、幸せに彩られると信じてやまないような。


くっはははは!もうおしまいか?


もう、抵抗すら出来ない相手の頭を踏みつけながら笑っている少年からは、おぞましい恐ろしさ
しか感じはしない。

違う、コンラッドはこんな笑い方はしない。

しかし、ソノ姿は間違いはなく、4年間 共にいた少年だ。自分達は、この少年を助けに来たはずだ。
勝利がこの部屋にヨザックを伴って入って来た時、コンラートは先に飛び込んだ有利に向かって
歩いてくる所だった。後一歩で有利に触れるという距離まで近づいてきた彼は、その手をあげて
有利の頬に触れようとした。









「ぃッ‥やぁぁああーーー!!」

その手が触れる刹那、有利はその手を叩き落すと、引きつった顔のまま二・三歩よろめきながらも
後ずさった。

すると、ソレまで影のように感情の篭らない表情でいたコンラートが、じっと自分の手に視線を
落として、そしてもう一度……有利を‥見た。

「ひっ!」
短い悲鳴を上げた有利は、また数歩下がる。


それを、コンラートは じぃっ・・と、見つめて


くっ…!っと、ワラッタ。

クツクツと肩を震わし、口元を大きく弧を描くように吊り上げて、耐え難いように哂った!

「く・・ふふふ、ふふふふ、ふはははははは!」
やがて、その身をくの字に折り曲げて、大きな声で笑い始めた。

「こ・・・コンラッド?」
戸惑うように、有利は哂い続ける少年に声をかけた。だが、コンラートは、そんな有利の戸惑いなど
お構いナシに、クツクツと笑い続けると、腹を抱えたまま三歩、四歩と彼から離れていった。

「だから言っただろう?コンラッド、お前は他人を信用しすぎると?」
ふっと、笑いと収めると、コンラートは、そう言った。

「信じなければ、裏切られなかったのに?」
また数歩、コンラートは離れてゆく。

― 大切な者は、お前を裏切る。いい加減、学習しろよ。他人は、どこまでも他人なんだよ。


何を言っているのだろう?怪訝に思った勝利が、コンラートに近づこうとするのを、腕で制したのは
ロドリゲスだった。彼は厳しい表情をして、コンラートを見つめていた。

「ドクター・ロドリゲス?」
「だめだ、今 近づくのは危険だ」
「それって?」

どういうことだ?と、勝利が続けようとした時に、バタン!!と荒々しく奥の扉が開いて、新に5人
の男達が乱入してきた。手には武器を各々が持っていた。


「おや?おじさん達、まだイイコトするの?楽しかっただろう?」
にっこりと、いっそ天使の笑みかというくらい、無邪気とも思える笑みでコンラートは大人達に
向かって話しかけた。

「五月蝿い!この化け物め!」
答えたのは、その男達の後ろにいる50がらみの金髪の男、ただでさえ真っ白なその容貌を、さらに
紙の様に白くして、男は喚いていた!

「散々可愛がってやった恩も忘れてぇっ!!」
「恩?・・・・くすっ、貴方にあるのは、恨みだけですよ?」

それは、美しい、禍々しい微笑み。一瞬、状況も忘れて、男達は血染めの少年に見惚れた。
それが、隙となった。気がついたときには、戦闘のプロであるはずの男達が、次々と血反吐を
吐きながら床へと倒れ付してゆくのであった。




「あいつ、容赦ない。相手にも、自分にも」
ボソリ・・と、腕の中のヨザックが呟いた。

「どういうことだ?」
ヨザックは、勝利を見上げると、泣く寸前のように顔を歪めた。

「アイツ、力加減が出来てない。身体の動かし方もありえない。あんなんじゃ、動けば動くほど、
自分自身を痛めちまうよっ!」
「なん…だって?」
「だろうね?さっきから、彼は制御がまったく利いてない。もしかして、痛覚が麻痺しているのかも?
だったらまずいね〜。痛覚は、身体への警告だ。これ以上力を込めたら、自分の身体が痛むのを
その手前で止めているんだ。それが効かないというのは、筋肉や骨、最悪内臓をいためて自爆するぞ」

「!!」

ロドリゲスは、携帯を取り出して村田を呼び出すと、簡単に状況を説明して、指示を仰いだ。

「ウェラー氏が到着したようだ。今、エレベターでこちら上がってくる。ショーリは入れ替わりに
二人を連れて階下へと逃げるんだ。ここにいたら、かえって危ない!」

ここは、大人に任せなさい。

そういうと、ロドリゲスは、勝利たちの肩を押した。それに勇気付けられるように、勝利は震える
ヨザックと、呆然自失の弟を引きずるように、そこから連れ出した。


血と悲鳴と嗚咽が満ちる、そのおぞましい空間から。








そこから、何があったか?

有利は何も覚えていない。ただ、その脳裏には、あの伸ばされた手が焼きついていた。

人形のように、白くて綺麗な手。

そこから滴り落ちる・・・・対照的な、赤が。







有利・ヨザック・村田・ヴォルフラムの年少組は、与えられた一室のソファに揃って座っていた。
誰も口をきかなかった。

ここは、あのビルから離れた、緑に囲まれた一軒家。なんでも、経済界の魔王と呼ばれる人の邸宅の
一つだそうで、都心にあるとは思えない緑豊かな森に囲まれた場所である。
手配してくれたのは、何と勝利だ。


あの後、父親であるダンヒーリーと勝馬、ロドリゲス、グウェンダルの四人で、彼を止めようとしたが、
手がつけられず一瞬の隙を突いて、医者であるロドリゲスが持っていた薬剤で彼の意識を奪ったのだ。

そして、ここまで移動してきたのであった。

コンラートは、今も薬剤で眠らされている。ヨザックが指摘したとおり、ありえない動きで圧倒的な
力を見せたコンラートは、動くたびに自身の身体をも傷つけていたらしい。
今もロドリゲスが、懸命に治療を続けている。


「僕・・・勝利さん達の手伝いをしてくる・・・キミタチは・・・」

やがて、重い体を引き摺るように立ち上がった村田であったが、意気消沈する他のメンバーに声を
かけようとして・・・やめた。

衝撃が、強すぎる。頭の中も、心の中も、感情さえも整理がつかないという顔をしていた。

それは、村田だって同じだ。だが、自分は、目の前で暴れるコンラートを見たわけではない。
薬で倒れた彼と、彼が引き起こしたであろう・・・その惨状を見ただけだ。

それでも、あの時は胃がひっくり返りそうな吐き気に襲われたのだ。実際に見てしまった有利と
ヨザックの衝撃は計り知れないだろう。


特に、渋谷有利のダメージは大きい。


彼は、愛された子供だ。極々普通の・・それでいて、満たされた子供だ。
両親に、兄に守られ、愛されて、健やかに育った精神と肉体を持つ子供。


― 親に捨てられ、強がって他人の中でしか育つしかなかったヨザック。
― 自身の特殊事情を知られて、嫌われる事に、否定される事に怯えていた村田。
― 大人にまったく守られなかった、傷つきすぎてそれすら解からなくなったコンラート。

そんな幼少時代を過ごした三人と、普通と言う幸運に恵まれた有利。

その差は、埋まるものではないし、根本的なところを、彼が理解できるかは難しい。

だが、それを普通である有利の精神を、他の三人はとても大切に想っていた。それでいいと思っていた。
なぜなら、彼らは【その闇そのものを、理解されようとは思っていない】のだ。

だけれど、理解してくれようとしてくれたのだ、有利は。
その上に、闇ごとすっぽりと抱きしめてくれるその心に、温かい腕に、三人は救われているのだった。

だから、それでいい。

彼だけは、そのまま光の中にいて、そして暖かい陽射しを彼らに降り注いでくれればいいとー。


だが、今、その事が、有利とコンラートの間に、越えられない壁のように立ち塞がっていた。



― こればかりは、自分でどうにかしなくてはダメだからね・・・

流石の村田でも、この問題だけは、有利自身でどうにかしなくてはならないことだと理解していた。
だから、彼は彼で、自分にできる事をするために立ち上がった。

そして、三人を残して部屋を出てゆく。



あれだけの凄惨な現場である、警察沙汰にならないわけがないのだが、そこはうまくしてくれる人が
いた。

「まったく、まさかアノヒトが、あんなパイプを持っていたとはね。僕も恐れいったよ」
一人ごちて、村田はある部屋へと入っていった。


その部屋は、モニタールームとでも言うのか?壁一面に幾つものモニターがあり、そこには三人の
男性がいた。一人は、フォン・ヴォルテール卿グウェンダル。名門貴族・ヴォルテールの現当主にて、
シュピッツヴェーグ財閥の一角を占めている青年。

一人は、ダンヒーリー・ウェラー。これでも、世界的企業の会社社長。その交友範囲は広く、ネット
ワークも独特だ。

最後の一人は、渋谷勝利。

まさか、小さい時からお世話になっている一般家庭のお兄さんが、経済界の魔王といわれるボブと
知り合いだったとはっ!村田も名前だけは知ってはいるが、年齢・経歴不詳の謎だらけの人物だ。

唯一知られているボブという名前すら、本名なのかも怪しいし・・・・。

ただ、その経済に関しての影響力は、並みではない。間違いなく世界最大の影響力を持っている。
彼によって潰された国があるとかないとか?そんな不穏なうわさまでついて廻るが、見事な実力主義で
彼に認められれば、それは世界的な成功を意味するといわれている。

そんな謎だらけの人物のお知り合いが、目と鼻の先にいたなんて、これを知った時は、ダンパパも
グウェンダルさんも、ついでに拘束中のビーレフェルト氏も驚いていた。

流石に父親の渋谷氏は驚いていない所を見れば、彼は知っていたという。というか、彼自身の会社が
ボブの傘下企業だ。何と勝馬氏は、直属の部下だった。ただ、その事を知るのは、社長のみなのだそうだ。

― 人は見かけによらない・・・・。

それでも、その部下である父親じゃなくって、息子が直接指揮を取るって何事なんだろう?と、思う
のだが、今はそんな詮索をしている場合ではなかった。


「ムラケン来たか。お前、まだ向こうで休んでいていいぞ。後の処理は俺に任せておけ」
それでも、勝利は、電話を置くと村田に声をかけてくれた。弟達のお友達というスタンスに立つ彼にも、
なんだかんだでこの友人の兄は気にかけてくれるのだ。

「いいえ、僕は僕で出来る事をしないと…」

そういうと、椅子の一つを引いてくれた。座れと言う事らしい。

「このパソコンを好きに使っていい。必要なものがあれば、揃えるが?」
「ありがとうございます。御言葉に甘えて、このパソコンに僕のを繋がせていただきます」
素早く携帯パソコンの中身を移築する。携帯は小さくて持ち運びはいいが、やはり作業をするには、
容量が足りず、どうしても時間が食う。やはり、高スペックPCで、大型モニターにウィンドウを
色々立ち上げて、同時進行で作業できるのは助かると言うものだ。

そこに、コトリっと、湯気のたつマグカップがおかれた。ダンヒーリーが珈琲を入れてくれたのだ。

「ミルクと砂糖も入れておいた。飲みなさい」
「ありがとう、ダンパパ」

村田は、携帯の中身をそのまま移築したパソコンを使って、再び例のビルのシステムへと介入した。
現在あのフロアは、勝利が ボブに頼んで手配した者達によって、厳重に隠蔽が行われている。

村田は監視カメラの映像を自分のほうに持ってきた。そこには、黙々と作業をする者達の姿が映っている。
なお、個人宅という事で、エレベーターを降りた部分にしか監視カメラがないのは幸いだ。
これが、フロア全体にあったら、流石におかしいと思われるだろう?なお、村田の見ている画像には、
出入りをする人々が映ってはいるが、ビルの警備室につながる画像には、誰もいない玄関前のフロアが
映っている。村田が録画したビデオ映像を流しているのだが、それが気づかれることはないだろう?
なにせ、個人住宅のフロアだ。これが、会社やお店などフロアならば、そうはいかないだろうが。
なお、専用エレベーターも、同じ仕掛けが施されている。

モニターを警備室に移動させれば、呑気にお茶を飲んでいる夜勤の警備員が見える。どうやら、全く
気がついていないようだ。

これで一安心と、胸をなでおろした。

とにかく、今回の事は誰にも知られてはいけない。

闇から闇へと葬らなければ。といっても、アレだけの重傷者で出て、何も無かったことには出来まい。
そこは、シナリオが必要だった。それは、すでに勝利たちによって描かれていた。中々どうして、
渋谷のお兄さんは優秀だ。だけど、証拠の隠滅の方は、生ぬるい。掃除なんてしないで・・・・

「やっぱり、燃やしちゃうのが一番かな?」

いや、いっそ吹き飛ばしちゃおうか?


「村田・・・」
勝利が呆れたような表情をみせた。

「村田・・・オマエな?・・・燃やしてもいいが、犠牲者は一人も出すわけにはいかないぞ」

そんな事をしたら、コンラートの人生に大きな汚点が残ってしまう。それだけは阻止しようと、
勝利達は、いけすかない奴等の治療をさせているのだから。

「よく、あれだけの人数を秘密裏に運び出せましたね?」
「俺とダンさんの連係プレーだ」

とにかく、一刻も早くけが人を運び出さなくてはならない。だが、20人はいるだろう重症患者を、
人知れず運び出すのは難しい。そこで、表向きは集団食中毒ということで、救急車を呼びつけた。
もちろん、救急車は、消防署のではない。ボブが手配した口の堅い病院の救急車。それと、救急車では
あるが、病院でも消防の所属でもない車を用意した。こちらが本命で、病院の救急車は偽装工作用の
隠れ蓑だ。

この救急車(もどき?)の中身は、ボブの配下であった。こんな物(救急車)まで持っているなんて、
本当にボブは何者なんだろう?

まずは、救急隊員に化けたボブの配下が、外からは見えないようにストレッチャーに毛布でグルグル
巻きにしたコンラートにボコられた馬鹿共を運びだして、中で処置をしながら都内の某所に運び込んで
いく。残りの病院の方の救急車には、やはりボブの配下の者達が『集団食中毒を起こしたらしき患者達』
として、乗ってゆく。

警察や、明日になれば保健所の立ち入りがあるだろうが、それはダンヒーリーの知り合いが、別の階を
借りているので、それを使わせてもらった。

いかにも、パーティーをしていましたという風な料理や皿を並べて、きちんと食中毒を起す料理を
用意し、患者達も都内の病院へと搬送した。軽い食中毒で、数日で退院するハズだ。

一緒に運び出されたはずの、重症患者は消えてはいるが、それは誰も知らない。



表向きの工作は終った。だが、【加害者】は、あのナイカポネだ。彼は一番酷い怪我を負っている。
コンラートが、髪を持って引きずり回し、何度もプールに沈め、その上 壁に顔を打ち付けたのだ。
おかげで、二目と見れない顔になっている。形成外科での手術が必要だろう。骨からの変形だ。

「まぁ、いいですよ。彼は失脚してもらいましょう。それは僕がやります」

ヴォルテールもシュピッツヴェーグも、もちろんウェラーも、この事には 関らせる訳にはいかない。
シュピッツヴェーグ・ビーレフェルトに関しては、制裁はもちろん与えるつもりだが。

「僕が、ちょうどいいんです」

部屋のクリーニングが終ったら、僕は一度あそこに戻ります。調べなくてはいけないものがありますから。
そう告げると、勝利がそう手配しておくといってくれた。

― 正確にはあるだろうモノを、処分しに行くんだけどね?

「本当に出来るのか?」
「もちろんです、適材適所。こういった謀略は、僕に任せて下さい」
「・・・まずい、納得できてしまう。(-ω-lll)」
「・・・そこで、素直に納得されるのも、僕としては複雑ですね?」(にっこり)
全然複雑ではないイイ笑顔を作って、村田は画面に向かった。
どうやら、この後のシナリオは、彼の独壇場になるらしい。これで、有利と同じ中学一年生。

「頼もしくも末恐ろしい」
ぼそっと、勝利が言うのに、ダンヒーリーは、、ははっと笑った。彼にしてみれば、ボブの力を
難なく借りられる彼もまた、末恐ろしくも頼もしい という ところだった。


グウェンダルは、本社のほうに連絡を入れていた。ビーレフェルトとシュットフェルは、表向きは
緊急入院ということで、今はこの屋敷の一角で軟禁してある。

一応、財閥のトップは、彼らの母親だが、内情はあの二人が握っているのだ。なので、そちらへ細かい
指示を出さなくてはならない。その対応に追われていた。

ダンヒーリーは、今は眠っている息子の下へと向かった。治療を施してくれているDr・ロドリゲスに
病状を聞くためだ。もう、ここですることは、当分ないので席を外させてもらうと言って出ていった。
勝利はこのまま、陣頭指揮を取ることになっている。勝馬は、現場に残っている。
皆、コンラートの為に動いていた。動いていないのは、いや動けないのは、あの3人の子供達だけだ。


「勝利さん、有利たちは、あのままでいいのでしょうか?」
「・・・だいじょうぶだ、そろそろ、うちのお袋が来る」

ならば安心だ。渋谷家の陰の実力者で、皆の母親である彼女に任せれば、あの三人も大丈夫だろう。





「みんな〜、ごはんよ」
腹がすいては、戦はできないってね?そういうと、おにぎりとお味噌汁をトレーに乗せて、渋谷美子が現れた。

「ママさん!」
最初に反応したのは、ヨザックだった。次に驚いた顔を向けたのはヴォルフラム。
だが、有利だけは、ぼうっとしたままであった。

美子は、そんな有利の前にお味噌を塗って焼いたおにぎりを差し出す。それは、有利の大好きな
おにぎりであった。めんどくさいと言って、彼女は中々作ってはくれないので、いつもはコンラートが
作ってくれるのだった。

『ユーリ、おまちどうさま。部活で、おなかが減ったでしょう?』
そういって、香ばしい匂いのしたおむすびと、玄米茶をマグカップに入れてくれるのだ。
コンラートのおむすびは、その性格を表すように、綺麗に同じ大きさの三角が並んでいて、少年の
手で握ったソレは、目の前のおにぎりより、少し小さめであった。


じわりと、有利の目に涙が盛り上がってくる。

「おふくろ…っ・・・こんっ、コンラッドが・・・コンラッドがぁ!」
それだけ言うと、ぼろぼろと涙を流し始めた。

「まぁ、ゆーちゃん、ママでしょ?マ・マ・」
そんな息子に、普段どおりに何時もの言葉を返す美子。有利は、おにぎりを掴んだまま、わんわんと
泣き始めた。そんな息子の隣に座ると、美子は優しく肩を抱き寄せた。

すると、ヨザックまでもが泣き始めた。つられて、ヴォルフラムも。美子が手招きすると、二人も
座る美子のところまでくると、隣にヨザックが、膝の上にヴォルフラムがのって、三人でわんわん泣いた。
もう、何を考えていいかも、解からずに、ただ怖いのだと泣いた。



何が怖いのかも解からずに、彼等はただ泣くしか出来なかった。








真っ暗だ。

ふよふよと、漂う浮遊感に包まれながら、コンラッドは薄く眼を開けた。
すると、眦から透明な玉のような涙が一粒落ちた。

『俺は要らないの?』
『コンラッド、だから言っただろう?お前を守るのは俺だって。他人なんて、自分の大切な者に
してはいけないって、現にアイツも、お前を拒絶しただろう?』
『・・・・・』
『少しは学習しろ、4年前と同じ事を繰り返して、またいいように利用されて』
『・・・・・俺は要らないの?俺は独りなの?』
『一人じゃない、俺もいる、だから二人だ』

― 守るから、安心して眠れ。

そう囁かれて、再び眠りの中へとコンラートは戻ってゆく。

『俺がいる』

― でも、それではやっぱり、俺は独りだよ。

そう、沈む意識の中で呟かれた言葉は、意識には出ずに、深い思慮の深淵へと落ちていった。






2009年 9月12日UP
おや?ブラックチビコンとの対決はどこ?背景説明に取られてしまった。ガク…。
でも、更新は早めでした。うっふっふw さぁ、今度こそ、対決だ!!