ヴォルフラムを助けてくれ!



突然掛かった電話。機械越しで聞こえる声は、一瞬誰だかわからなかった。だが、切羽詰った声で、
訴えかけられたのは、先日和解したばかりの弟のこと。


『今更、こんな事を頼むなどと、厚かましいのはわかっている、だが、あの子を助けれるのは
君だけなんだ!』


『まさか、貴方は・・・っ』
誰かを理解した途端に、体中から嫌な汗が吹き出てくる!


『たのむっ!これからいう場所に来てくれ。』
懇願されるが、ガタガタと震え始めた身体は、脳に相手の言葉を伝えられない。

『頼む!このままでは、息子が!ヴォルフラムの命が!』


命!その単語に、コンラートの脳が再び動きはじめた。弟の命だと?


『ちっちゃい兄上?』

金色のふわふわの頭をちょこん・・っと、ドアから出して自分を見つめていた弟。


― 彼の命が危ないとはどういうことだ!?


やっと、和解したというのにっ!?これからだというのに?また弟が自分から離れる!?
身から湧き出るのは、彼の兄としての感情。3年間培い、別れていた4年間も、彼の中に眠りつつも
息づいていたそれが、恐怖さえも押し込めて動き出す。




『何があったんです!?ヴォルフに何がッ!?』








年下の彼・少年との別離編 8








何?コンラートが消えた?


「そうなんだよ!俺が風呂から上がったら、コンラートの姿が消えていて!」

電話口から聞こえる弟分の焦った声に、渋谷勝利はすぐにウェラー家に駆けつけると伝えて、
電話を切る!

くるっと振り返ると、いつの間にか弟が厳しい顔ですぐ後ろにいて、勝利に上着を渡してくれた。
そのまま無言で、二人は夜の闇を走り抜けて行った。


ウェラー家に着くと、既に村田が来ていて、電話をいじっていた。


「渋谷、彼はこの電話に呼び出されたみたいだね?」

村田は、携帯らしい電話番号を着信履歴から割り出していた。それと と いって、何も書いていない
メモをみせる。

「よくみて、うっすらだけどコンラートがメモしたらしい文字が筆圧で残っている。」

たしかに、何か数字らしいモノの跡が残っていた。コンラートが書いたメモの跡だろう?

「彼の靴も、上着もないらしい。お財布も持って行ったみたいだし?」

ということは、コンラートは自分の意思で、この部屋から出て行った事になる。

「コンビニで買い物とかなら良いんだけど・・・。」
そんな訳はないと解かっていても、村田は可能性を口にする。いや、希望かもしれない。

「それはないだろうな、コンビニなら既に戻ってくる頃だ。ヨザックに伝言すら忘れて出かけた
のは、よほど慌てていたのか?」

それとも口止めされたか?

「それもおかしいですね。口止めするような相手に、あのコンラートが黙ってついていくでしょうか?」

と、いいつつ、村田は先程から電話線とパソコンをつなげて、何やら調べ物をしている。
よし・・と、小さく呟くと、カタカタと作業している村田のパソコンに地図が広がって、そこに
赤い点が見えた。

「よし!トレース成功!この携帯の発信基地は、このビルのようですね?コレ・・たしか有名な
ショッピング複合施設でしたけど、たしか上のほうは企業や個人が借りているんでしたよね?」

― ここならセキュリティーもばっちりだし、何か企むにはもってこいだな〜。

一人納得の村田さんに、おそるおそる勝利が声をかけた。
「村田・・これは?」

どうしたと聞く彼に、電話の発信基地を調べたのだという。・・・・フツー調べれるものではない。
きっと怪しげなソフトがあのパソコンの中には詰まっているに違いないと、いささか胡乱気に見つめて
しまった。

よし、いくぞ!

だが、そんな感情も、掛け声一つで出て行こうとする弟によって遮られる

「まてまて、ゆーちゃん!行くって」
「何言っているの勝利?コンラッドを迎えに行くんだよ。連絡なんて、移動しながらでもできるでしょう」

さも当たり前だというように、弟はスタスタと迷いのない足取りで出て行こうとする。
何時になく冷静な声。それでいて、有無を言わさない強引さ。

これは・・・・。

「怒っているな。」
「怒っていますね?」
「あ〜ぁ、怒っちゃったよ。」

三人三様に一つの結論に達する。有利は、ことコンラートに関わった時だけ、常識もへったくれも
ない状態に陥るのだ。こうなった有利を止められるのは、コンラートだけなのだから、たちが悪い。

かといって、彼を一人で向かわせるわけには行かない。


有利は、メモにのこされた慌てて書かれた筆跡に、言い知れぬ焦燥を感じた。普段からの文字は、とても
丁寧な文字でつづられる。それが、あんなに急いでそれも力を不自然に入れた文字に違和感を感じた。

― 早く追いつかなくてはならない。


じりじりと首の後ろから湧き上がる不快感は、有利の脳まで達して警告音を発してくる。


― 何で一人で行った!?コンラッド!


心の中で叫んでみても、目の前に広がる闇にただ吸収されてゆくだけだった。



後を追うように、三人も外に出る。大通りに出たら、タクシーを捕まえたほうが良いだろう?
一体、有利はコンラートの何を嗅ぎ取って、あんなに不安そうにしているのか?
2人の間には、彼らだけの嗅覚というものがあり、互いの機敏にとても敏い。その絆とも感とも
呼べるものが、有利に何かを発しているというなら、ここは彼に従って急いだ方が良いだろう?
急いでエレベーターに乗った村田の携帯が光る。着信を確認して、村田の目が驚きに開かれた。

『やぁ、健ひさしぶり〜、今、東京についたところなんだけど』

と相手がいきなり話し出す。

『え??・・・ちょっ!もしかしてドクター?何で?』
『いや〜、君に相談された患者を、実際に診た方が早いと思って〜、それにほら、今年の夏は
ガンダム祭りだし。』
なにがどうして?ガンダム祭りなんだか知らないが、今はたて込んでいてそれどころではない!
『・・・・観光ついでですね?今チョットたてこんでいるので・・・・』
後にしてくれないかと、言おうとして、はたっと気がつく。

今、どこにいるって言っていた??

『ナイスタイミング!ドクターロドリゲス!ちょっと、その患者の確保をお願い!』
『・・・ハ??』





今、どこにいる?

そう聞かれて、グウェンダルは、とある料亭の名前をあげた。折角来日しているなら働けと、取引先との
接待もかねた交渉を受けていた。

電話の相手は、シブヤショーリ。弟コンラートが、兄と慕う相手だ。実の兄としては複雑だが、少し
年下のこの青年は、実の兄弟達が離れている間、親身になってコンラートを守ってくれた相手だ。
とても感謝をしている…なので、着信を見てわざわざ廊下にでて、通話ボタンを押したのだった。

きっと、コンラートのことだと思ったから。昼間、彼の学校を訪ねて、初めて授業参観というものを
した。その話だろうか?コンラートが彼に、今日の事を話したのだろう?その時どんな様子だったか、
聞いてみようか?


―      が消えた。


『何?どういうことだ?』
一瞬、何を言われたかが理解できなかった。

『コンラートが消えたんだ。誰かに電話で呼び出された!電話の発信源は、都内の有名ビルだ。
グウェンダル、この番号に心当たりはないか?』
そういわれて告げられた番号は、良く見知った番号で・・・。

― なぜ!?何故?彼からの呼び出しに、コンラートが応える!?

『それは、義父のものだ・・・。』

思わず、声が震えた。そういえば、この仕事も突然すぎるし、何が一体あった?漂う緊張に、電話の
相手も硬い声がでた。

『ヴォルフラムに・・・ホテルの部屋に電話したが、誰も出なくて・・ダンヒーリーさんには、今、村田が
連絡を入れている。俺達も向かっているが、間に合いそうもない、そちらからは行けそうか?』

『行くに決まっている!あいつ等をコンラートに近づけたら、今度こそ、コンラートが戻れなくなる!』

グウェンダルは、折り返し電話すると通話を切ると、接待の席に戻り、有無を言わせない迫力で帰る旨を
伝えた。接待先が、やおら慌てるが交渉はもう既に終わっているのだ。あとは担当者間ですればいい。

今は、それどころではないんだ!早くいかねばっ!コンラートが、弟が今度こそ失われる!

――永遠に!!







何時になったら帰れるのだろう?

確か予定はランチだけだったはず、なのに移動させられて、都内一等地に立つ高層ビルの最上階へと
つれてこられた。下層は有名店がテナントに入りショッピングモールの様相をしている。
中層は色々な企業がはいっている。そして上層部はセレブ達の住居が構えられていた。
そんな複合ビルの最上階、一ヶ月の家賃はどのくらいなんだろうか?そうおもうと、この目の前で微笑む
男の財力と権力は、ハイランクに入るはずだ。だから、伯父も父もこの男の言う事に逆らえないのだ。

コッソリとため息をつく。もう夜だというのに、ヴォルフラムは一向に この男から解放される
様子がないのに、苛々を募らせていた。こういう時は、楽しいことを考える方がいい。

そう、例えば、あの大好きな兄の事を。

ー もうすぐ、グウェンダル兄上も帰ってくるだろうし、もしかしたら、もう一人の兄が電話をくれる
かもしれない。いいや、いっそこちらから電話をしよう。そして、今度KENDOUを見せてもらうのだ。

ヴォルフラムの頭の中には、あっという間に目の前の男より、仲直りが出来た大好きな兄でいっぱいになった。

早く帰りたい、早く帰って、ちっちゃい兄上に、おねだりをするんだ ― 昔のように…。






コンラートは、何も考えられなかった。弟の命が掛かっているという言葉に、頭の中が真っ白で・・・。
言われるままに、迎えの車に飛び乗り、指定されたビルにつくと駆け抜けるように、弟が【囚われて】
いる部屋へと向かった!


ヴォルフラム!!

そう叫びながら飛び込んできた少年に、椅子に座っていた少年は驚いて立ち上がった。

「ちっちゃい兄上?どうしてここに?」

側に立つ少年の父親の顔が歪む。その顔には、安堵と後悔と憎しみと懺悔があった。

そして―――。

ゆらりと、少年の目の前に座った男性が立ち上がる。薄い金髪の、一見優しそうな50過ぎの男性が。

「そうか、キミが【変わり】か、ふふふ、いいだろう」

変わり・・・それで瞬間に悟った!自分を呼び出した義理の父だった男の、ない交ぜになった表情のわけを。

「シュットフェル殿に、今宵は楽しい接待を有難うと伝えておいてくれたまえ」
「!!」


― 騙されてしまった!また、自分は、この男達にっ!!




ようこそ、久しぶりだね〜?

酷薄そうな笑みに、コンラートはその大きな瞳を目一杯開いて凝視した!

「大きくなったね、ふふ、相変わらず可愛いね。ただ、少し大人っぽくなったかい?凛々しくなった」

「…ッ……ぅ」

「おや?声も出ないかい?まぁ、良い・・・約束だったなビーレフェルト殿、そちらの嫡男はお返し
するよ、私はこの子と昔話でもしたいからね〜?」

「はい、それでは失礼します」
呼ばれたビーレフェルトは、一礼をすると素早く傍らの息子の腕を掴んだ。
「え?あ・・兄う・・・」
「帰るぞ!ヴォルフラム!」
ぐいっと引っ張られて、ヴォルフラムは父親に連れられてゆく。

「まってください!兄上はっ!」
「いいから、ここから出るんだ」
ガタガタと震える兄を置いてなどいけるわけがない!そう、ヴォルフラムは抗議するが、大人の力で
抑えつえられてしまえば、彼が抵抗することなど出来ないのであった。

「あにうえーーー!!!」

小さな弟の声がドアの向うに聞こえるのを、どこか遠くに聞きながら、コンラートは目の前の男を
凝視する。まるで蛇に睨まれたカエルだ。指一本動かせないで、彼はただ目の前の薄ら寒い男を見ていた。


―― どくん!


「本当に久しぶりだね〜?4年ぶりかな?相変わらず綺麗な瞳だ」
男はコンラートに近づくと、大きなかさついた手でコンラートの頬を撫でようとした。すると――

「ひぃっ!」
短く悲鳴を上げると、コンラートの身体はふらふらと後ずさりを始めた。

「ふふ、その怯えた貌(カオ)、相変わらずだね。思い出すよ、キミを初めて自分のものにした日の事を、
君も覚えているだろう?ほら、あんなに・・・」


やめてといいながらも、何度も私に抱かれにきたじゃないかい?





『イヤ、助けて!ヌ・・ヌイテ!イタイよぉ』
『うそつきですね〜、ほらこんなに締めて、気持ちいのでしょう?』
『ひぃ…ッ!……ァア…ッ』


誰か助けて!助けて!身体が裂けちゃうよ!

誰か!誰か!誰か!誰か!誰かッ!!


『ふふ、今日はコレくらいにしてあげましょう。中々、イイ接待でしたよ?この調子で、また接待
してくださいねー?…しかし、実の甥を取引の見返りに差し出すとは、シュピッツヴェーグも中々ー」


おじうえたちが、ぼくを、売った

同じ家に住む家族なのに……ぼくをうった。

こんな汚い男に・…ぼくを

べっとりと身体にまとわりつく汗・色々混じった体液が身体の中から伝う気持ち悪さに、吐き気を
もようしながら、必死に耐えていた小さなコンラート。



誰かなんて いない
僕には僕しか いない
僕は僕だけしか 助けてくれない


僕を助けてくれるのは・・・・俺しかいない!



――― そう、俺がお前を助けてやる!




―― ドクン‥ッ!!!




がくっと、コンラートの身体が倒れる!?だが、膝をつく寸前に両腕が身体を支える。

ふらりと・・コンラートが立ち上がった。
力の篭らない身体が、すぅっと伸びると、口角がにぃぃーーっと、三日月のように持ち上がった。
前髪に隠されていた目が開く。



そして――



「本当に久しぶりですね?」

蠱惑的な笑みをたたえるのは、数年後の美貌の片鱗を見せた少年。

ガラス玉のような目を猫の様に細めて目の前の男性に微笑んでみせる。数瞬前まで怯えていた少年とは
180度違う態度に、不可解気に男の眉間に皺がよるが、赤い唇から「ふふ」っと吐息に乗せた笑い声が
すると、そこに視線が惹きつけられてしまう。

どうしたことだろう?

年齢からは想像できない、蠱惑的な色気が彼から発せられているのは?
最後にあった時は、慣れる事もできずに身を硬くして怯えていたというのに、この数年で、開花した
とでも言うのか?だったら、それは別の男によってか?

「雰囲気が変わったね?コンラート」
「そうですか?」
にっこり

「あぁ、変わった。他に男でも出来たのかな?」
「ふふ、どうでしょう?秘密です」
「ほう、秘密とね?」
「はい、それとも聞いてみます?俺の身体に?」

お得意でしたでしょう?

しれっと答える少年に、面白そうに男の視線が絡む。すんなり伸びた手足、白磁の肌、薄い肢体、細い腰
・・・たしかに、この身体を思う存分攻めて聞くのもいいだろう?

「そうだね?では隣の寝室に行こうか」
「へぇ、余裕ですね?俺はここですぐでもいいですよ」

その方が、スリルがあってイイでしょう?

くすくすと哂う少年に、ごくりと男の喉がなった。


―― ねぇ?

ガラスの瞳がきらりと光る。

―― ここで

赤い唇が艶めかしく誘う。


―― 危険で楽しいコト


すっと伸びた手が、不埒な合図をする。


―― しよ?


吐息が絡まったら、それは狂宴のはじまりであった。






2009年 8月19日UP
裏に行こうか悩んだ作品。直接的な表現はそれほどでもないが、間接的な表現が・・・。
結局、表におくことにしました。ここの線引きが難しい。
さて、やっとコンラート少年の変貌までこぎつけた!よし頑張れ自分!それにしても、
更新がのろくてすみません。