降り積もる優しさは、彼の鎖。


この世に、繋ぎとめる。


ただ一つの







―― 本当だな?

不遜なその声は、相手の真意を見抜こうと、そのガラスのような瞳を向けた。


「約束だ。コンラートの前には、もう二度と奴等は現れないようにする!」
決意を秘めた深海の瞳に、ガラスの瞳の持ち主は、嘲るように鼻を鳴らした。
その反応に、言葉を畳み込もうとした時――

―― そうか?ならば、一度だけ信じよう。

そう、彼が応じてくれた。礼を言おうとすると、それを制して彼は続ける。だが、もしもと・・・。





――ダガ、モシモ

――モシモ、約束ヲ違エタ時ハ


――ソノ、時ハ




我、再び目覚めん




恐れろ!醜悪なケダモノ共!狂気の宴えと、突き落とそうぞ―――





年下の彼・少年との別離編 7






しくしくと泣く声がする。まだ幼い、か細い声だ。時々しゃくり上げる声に混じって、吐息に熱を
込めた声も混じる。

隣の寝室から聞こえる声に、あえて二人は何も聞こえてないように意識をそこから離した。

「かわいいね〜、ヴォルフラム君?ツェリ殿に良く似ておられる。」
「あれは、甥の中でも、妹の血を色濃くついでいますから…。何分にも わが財閥の跡取りでして、
死んだ父も孫の中では一番可愛がっていました。ゆくゆくは、シュピッツヴェーグの後継者として、
しかるべく家の娘を貰い、経歴に傷がつかないように大切に育てていく所存です。」

つい、説明口調なのは、この男自身が恐ろしいのと、もう一つ・・・。

「跡取りか?では一度挨拶をしておきたいね〜?」
「挨拶・・・ですか?」
「なにか?」
「いえいえ、まだ年端も行かぬ生意気盛り、とても貴方様の前に出せるほど礼儀を教えこんでいま
せんので。えぇ、はい、粗相をしてしまうかもしれませんから、しかるべく教育を終えてから。」

シュットフェルは、内心冷や汗をかきながらも、謙ってみせる。
ヴォルフラムの父である、ビーレフェルトはといえば、あまりのことに青くなる顔を伏せて堪えて
いた。目の前の男の性癖は、熟知していた。彼の性の対象は、まだ穢れを知らない10歳前後の少年だ。
だから、ヴォルフラムがもっと大きくなるまで、彼の対象から外れるまでは、この男の前になど
出したくは無かったというのに・・。まさか、こんな日本などで会ってしまうなんて!


彼らが会話する間も、隣から聞こえるすすり泣きの声がしていた。その声はだんだんと、別の色を
もってきたのに気をとられそうになる。幼いあの声、きっとまだ10にも満たない子供だろう?


Mr・ナイカポネは、年齢50前後、金髪に冷たい青い瞳の背が高い男性だ。母親がロシア人の血を
引いているせいか?抜けるような白い肌が、視線と相まって爬虫類を思い出させる。
表向きは、軍事産業の会社のCEO最高経営責任者である。アメリカは、世界中に軍を置き、世界を
守るという自負を持っているが、反面軍事産業大国の側面を持っている。

彼は、そんなアメリカの矛盾点に身をおく男であった。

政界とも強い繋がりを持ち、裏の世界にも精通している。もとろん、それはシュッピッツヴェーグ
とて同じだ。財閥というものは、多かれ少なかれ政界はもちろん、裏社会とも精通していなくては
ならない。清濁併せ呑む、その器量が必要なのだ。

ちらり・・・と、シュットフェルは隣の義弟をみやる。そういう意味では、この義弟は潔癖すぎる。
この世界では、色々な趣味・主義・嗜好の者がいる。一々相手の嗜好に嫌悪を募らせては、財閥を
担う者としてやっていけないだろうに・・・・。




「ふふふ、シュットフェル殿?私は、寛大な男だよ?生意気盛り、大いに結構!子供は、少し元気な方が良い・・・」

― ねぇ?そう、思いません?

ぞくりっーと、するような視線が、二人を絡めとる。これだ、この目が恐ろしい!
裏社会の上澄みを知る程度のシュッピッツヴェーグやビーレフェルトと違い、男はその最下層まで
知っているのだ。その差は、大人と子供以上に歴然たる違いを生む。


「そうだ、明日のランチでもご一緒したな?いいだろう?私は子供好きなんだ。」

にっこりと、口だけで笑って見せた男に、二人は是としか答えられないでいた。








「何故です!何故断ってくださらないのですかっ!?」
「おちつけ、ランチならどうにか・・・・あの方も、ヴォルフラムに手を出したりは・・」
「あの者に限って、そんな悠長なことは言えません!現に4年前だって」
「ビーレフェルト殿!!その事は他言無用と、申した筈ですぞ!!」

激昂して、エレベータ内で叫ぶ義弟の口を、シュトッフェル鋭く戒める!


あの、4年前の忌まわしい接待は、決して誰にも知られてはならないのだから――。








ちっちゃい兄上?っと、小さくかけられた声に、え??っと思ってコンラートは振り向いた。

そこには、教室のドアのの影から、金髪のふわふわが見て取れた。

『まさか!?ヴォルフっ!?』

何故弟が、自分のクラスの教室の前にいるのだ?そんな、コンラートの葛藤を知ってか知らずか?
ヴォルフラムは、気まずげに教室の中へと入ってくると、彼の席まで来た。

『どうしたんだ?何で此処に?』
『兄上が、折角だから学校の様子を知りたいって、特別に授業参観させてもらえるように頼んだから』
『じゅ!!!じょぎょうさんかん?って、グウェンも?』
『はい、もちろんです!』

くらり〜〜。

4年ぶりに生き別れていた兄弟。ほぼ音信不通で、このまま縁が切れるかと思われたのに、怒涛の
急接近にコンラートは何やらついていけない!

何故だ?なんでこうも、行動力があるのだ、この弟は!?

「三つ子の魂百までって諺、もろに実践しているよな〜、お前の弟。」
ヨザックが呆れたように言う。言外に、お前が三歳まで育てたんだろう?と、責任転換するなと
いっているのだろう?

「だが、離れて4年だぞ?その間の教育の賜物かもしれないじゃないか!?」
「だとしても、お前が育てた弟だろう?中味そっくりじゃん。」
「ヨザ!どういう意味だ!?」
日本語での応酬は、ヴォルフラムにはわからなかったようで、きょとーんと兄を見つめていた。

ウッ・・・可愛い!!(←ブラコン)


「えぇ!?コンラッド君の弟?」
どよどよっと、5年2組の教室が揺れた。学校のアイドル・コンラート君に、金髪天使の美少女系の
弟がいたなんて!!そういえば、コンラートも今では王子様のようにかっこよくもなったが、昔は
王女様のように可憐だった。


ガラッっと教室の前のドアが開いて、担任が入ってくると、子供達は慌てて席へと戻った。いつの間
にか、始業のチャイムが鳴っていたらしい。だが、その担任の後ろから長身の青年が入ってきたので、
何事かと教室がざわめく。青い深い目・眉間の皺が怖い・・・。

「皆静かに、この人はコンラートのお兄さんだそうだ。弟さんとアメリカからコンラート君を訪ねて
来たので、弟の授業がみたいそうだ。今日は、下の弟さんと授業参観を特別にしてもらうので、皆、
お行儀良く授業を受けてくれよ?くれぐれも騒いで、日本の恥をさらさないように。」

国際問題だぞ〜?っと、担任が茶目っ気たっぷりに言えば、教室から明るい笑い声が上がる。

こうして、コンラートの兄と弟が教室の一番後ろで見守る中、授業が開始されたのだが・・・。

「は…はずかしい。」

父親はまだいい、母親だらけの授業参観でも馴染んでいるくらいだ。いや、むしろ馴染みすぎだ!
参観日の度に、人妻と楽しく歓談するウェラーさんのパパを思い出して、アレも居た堪れないけど
と、内心げっそりする。

しかし、今の状況よりはマシ!絶対にマシ!

自分以上に緊張した面持ちの兄弟に、授業を受けている己の姿をまさか見られるなんて!

恥ずかしいやら、居た堪れないやら?

そこへ、お約束どおりというか?教科書を読むように、コンラートが指名される。
社会の時間は、日本史だ。しかも、言葉は日本語だし、果たしてアメリカ人の兄弟に、この授業が
わかるのだろうか?とも、思わなくもない。まぁ、雰囲気だけでもつかめれば良いということか?

コンラートは立ち上がると、教科書を読み始める。朗々と読み進める声は、幼さが残るものの
穏やかなこえだ、まだ変声期前のボーイソプラノは、心地よい緊張感を持って紡がれてゆく。

その後姿を見つめて、グウェンダルは、弟が成長しているのだなと感慨にふけった。真っ直ぐ伸びた
背、同じく幾分伸びた手足、幼い柔らかな身体は、いつのまにか細くても、しっかりとした身体に
変わろうとしていた。

後ろから、ひしひしと伝わる視線に、やりにくいな〜と思いつつも、コンラートは読み終える。
すると、今度は前に出て黒板に書かれている問題に答えろといわれて、コンラートは前に出た。

二人の知らない漢字で書くのは、歴史上の人物の名前。彼が書く文字といえば、アルファベット
しか知らない二人は、コンラートが漢字を書くのに違和感を覚える。

担任はコンラートの答えに、赤いチョークで大きく『はなまる』をつけてくれた。

『兄上!ちっちゃい兄上が、お花のマルを貰いましたよ?正解したんですよね!?』
『あぁ、もちろんだ。正解しただけではなく、素晴らしい答えだったんだろう?』
『グウェン・ヴォルフ、お願いだから大人しく参観していてくれ。』

きゃっきゃと喜ぶ弟と、何故だか自慢している兄に、コンラートは思わず懇願した。


「大丈夫だコンラッド〜♪英語で話したって、普通、解からないからv」
「お前に筒抜けなのが一番嫌だ!!!」

ニヤニヤと笑うヨザックに、どうせ、有利達に報告するのだろうと、コンラートは、八つ当たり
気味に怒鳴り返した!







「ちっちゃい兄上は、優秀なんですね?」
嬉しそうに、ヴォルフラムは長兄の足にまとわりつきながらホテルのロビーへと足を踏み入れた。
「そうだな、生徒会をこなし、剣道でも優秀な成績を収め、文武両道に秀でていると、担任の教師も
褒めていたしな、コンラートはあそこで、ずいぶん頼りにされているらしい。」

4年前、常に孤独と共にあった弟は、今では同じ年の級友に囲まれ、楽しそうに学校生活を送っていた。
皮肉なものだ。生まれ育ったボストンではなく、遠い異国の民に受け入れられるとは――。

いや、元々、人を惹き付ける素質はあった。だがそれは、複雑な家庭環境の中、決して花開くことは
なく、重苦しい檻の中からでて、初めて花を咲かせたのだろう。


「兄上、今度はDOUJYOUでKENDOUを見せてもらいましょう!」
「そうだな、コンラートに頼んで、今度の稽古の時に一緒に行かせて貰うか?」
「やったぁ!」

「ヴォルフラム!」
「え?」
喜んでいたら、いきなり怒声で呼ばれた。ツカツカと、荒い足音で近づいてきたのは、
伯父のシュトッフェルと、その少し離れた後ろから来るのは父であった。

「どこに行っていた!これから取引先との昼食会だ。さっさと着替えていくぞ!」
ぐいっと、ヴォルフラムの肩を掴もうとする伯父の手を、グウェンダルの手がなぎ払った!

「いきなり何です!?そんな予定は、聞いていません!」
「お前には関係ない 《フォンヴォルテール》。朝伝えようとしたら、お前たちは早くから出かけて
いたので、冷や汗かいたわ!」
「なにを!?」
激昂する長兄を、ヴォルフラムが必死に宥める。自分の我侭で日本に来て、この兄には多大な迷惑を
かけてしまっている。その上、会社での彼の立場を今以上に悪くすることは出来ない。
幼いながらも、財閥の跡取りである。ヴォルフラムは兄の立場も理解をしていた。

― 僕のせいで、もう兄弟を辛い目にあわせるものか!

「兄上待って!昼食会?それに出れば良いのですね?」
ヴォルフラムは、伯父に向かって確認を取った。

「おぉ、さすがは、次期シュッピッツヴェーグの跡取り。話が早い。取引先の方が子供好きでな?
折角だから昼食を一緒にとりましょうということになった。大事な顧客だ、くれぐれも粗相のない
ようにな。」

ちらりと、グウェンダルをみやりながら、次期の所を強調する伯父に、ヴォルフラムは苦い気持ちで
いた。本来なら跡取りは長男であるこの兄だというのに!

「わかりました。」
「ヴォルフ」
心配そうに引き止める兄に、弟は大丈夫だと頷いた。

「大丈夫です、行ってきます。」
伯父に手を引かれて行くヴォルフラム。その先にいたビーレフェルトの義父が、複雑な顔で二人を
迎えた。

「なんだ?」

エレベーターに乗り込む瞬間、仲は良くも悪くもなく、不関心状態なその義父が、振り返って自分を
見た目が、なにやら助けを求めているようで・・・グウェンダルは、感じの悪い胸騒ぎを思えるのであった。





その夜、一本の電話がウェラー家に掛かってきた。その電話に出たのはコンラート。




それが、悲劇の幕開けだった。






2009年8月3日UP
今回は短め・・・いや、普通に考えて適当な長さ。何時もが長いだけか?