ホテルのロビーでは、今か今かとヴォルフラムが、来るはずの人を待っていた。
約束の時間は17時…あと30分はある。それでも待ちきれないのか?部屋から飛び出してきた少年は、玄関に
待ち人が来ないかソワソワしながら待っていた。
あまりに、玄関にばかり気にしていて、その腕を取られるまで、彼は背後の存在にまったく気がつかなかった。
気付いた時は、黒服に周りを固められ、がっしりとその腕を怒りを滲ませた男性に捕まれていた。
「ヴォルフラム!本国から こんな地球の裏にまで 家出をするとは何事だ!!」
「ち・・父上!!」
30前半のこの男性こそ、ヴォルフラムの父親であった。
「まぁまぁ、ビーレフェルト殿、こうして無事だったから良いではないですか?」
「シュトッフェル殿・・・ですが。」
そしてもう一人、40半ば〜50くらいのナイスミドルが現れると、ヴォルフラムの目に反抗的な光がともる。
「伯父上も、いらしていたとは・・・。」
よりによって、この男がいるとは!その時、はっと気がついた!
-- しまった、あと少しでコンラート兄上が来てしまう。この二人を兄上に会わせるわけには行かない!
なんとしても、グウェンダルか、ウェラー氏に連絡して、彼らとコンラートが遭遇することだけは避けなくては
ならない!ジタバタと暴れてみるが、いかせん7歳の子供だ。父親のボディーガードにひょいっと担がれると
どんなに暴れても逃れる術はない。
せめて、グウェンダル兄上に!
「おやおや、シュピッツヴェーグの・・珍しい所でお会いしますな?」
「Mr・ナイカポネ!? 何故ここに、あ…いや。」
「名だたるシュピッツヴェーグのお歴々が、ホテルのロビーで幼い子を連れ去ろうとは いただけないね?」
シュットフェルは、慌てて部下にヴォルフラムを降ろさせる。
「い。いえ!この子は、私の甥で、ビーレフェルト殿の息子なのです。」
「ほぉ?では、麗しのツェツィーリエ殿の?……こんにちは、坊やは名前はなんていうのかな?」
男は、目線をヴォルフラムに合わせると、にこりと笑顔で尋ねてきた。どうやら、会社の取引先か何かだと
察したヴォルフラムは、ぺこりとお辞儀をすると挨拶をした。
「ヴォルフラムといいます。お初にお目にかかります。」
「うんうん、中々礼儀正しいね。よしよし、小父さんは子供好きなんだ、今度遊びにいらっしゃい。」
男が髪を撫でると、ゾワリ・・・と、言い知れぬものが肌を駆け巡る。その言葉にぎょっとする父親達。
「あ・・・ありがとうございます。」
なんとか答えられたものの、肌が泡立つような不快感はぬぐえない。
「ヴォルフラム、そうだ!グウェンダルはどうした?一緒だろう?」
「兄上は、そろそろ降りてくると思いますが……。」
「だったら、そちらに行ってきなさい。私達は、仕事の話があるから……。」
何やら追い立てられるように、ヴォルフラムはエレベーターの方へと押しやられた。
なんでもいい、とにかく今はグウェンダルの元へと急ごう!
不安を覚えながらも、ヴォルフラムはエレベータホールへと向かった。
「ヴォルフラム…?どうした?」
「グウェンダル兄上!大変です。父上と伯父上がきています。」
「なに?シュトッフェルと、ビーレフェルト殿が?」
「仕事の相手に出くわして、どうにか逃げてこれましたが、もし、コンラート兄上が・・・」
「・・・!!よし、まずはロビーに急ごう。」
「はい。」
しかし、ロビーにはシュピッツヴェーグのものどころか、仕事相手らしい男性の姿もなかった。
ほっと、胸をなで降ろす二人。
「どうしましょうか?」
「ウェラー氏には伝えておこう。しかし、まさか迎えに来るとは思わなかったな・・・。」
「はい、しかも父上が……。」
沈みそうになる末弟を、長兄は頭を撫でる事で意識を向けさせる。その兄の手の優しさに、ホッとした。
さっきの あの男の感触が、それで拭われたようで良かったと。しかし、なんだったのだろう?あの男…。
まぁ、シュトッフェルの仕事仲間だったら、僕が気に入るはずがないな!だから、ぞっとしたのだろう?
そう結論付けると、意識を再び玄関へと向けた。
「もうすぐだな。」
グウェンダルが心持ち緊張した声を出す。だが、その声には、明らかに喜びのようなものが混じっていた。
-- もうすぐだ・・・もうすぐ、コンラート兄上に会える。
やがて、約束の時間になり、玄関に2台のタクシーが到着した。その先頭のタクシーから降りたのは、スーツを
ビシッとキメタ、野性的な男・ダンヒーリー・ウェラー氏だ。そして、その後ろから降りたのは、黒髪の男の子。
その子はタクシーの中に手を伸ばした。その手をとったのは、同じくらいの手、そして薄茶の頭部が見えて、
― タクシーから現れたのは、二人が待ちに待った人物だ。
コンラート……彼らが、4年前に生き別れた 兄弟であった!!
その彼が手を伸ばすと、もう片方の手を後ろのタクシーから降りた少年が取った。鮮やかなオレンジがかった
金髪の、コンラートよりも少し大柄な少年は、たしかウェラー氏の養子で、コンラートの兄弟だという少年だ。
よくみれば、もう一人眼鏡の少年も居る。どうやら、彼らがコンラートの幼馴染にあたるらしい。
「コンラッド、大丈夫か?」
「はい、ショーリ兄さん。皆がついていてくれるから、だいじょうぶです。」
そう気丈にも言い張るが、明らかに顔色が悪い。それでも、前へ進もうとして頑張るコンラートに、勝利は何も
言うことがなくなる。そうだ、ここで逃げてはダメなのだ。
「コンラッド…ちょっとこっち向け。」
「はい?」
ちゅーv
有利に呼ばれて振り返ると、頬というより、唇の端に有利の柔らかい唇が吸い付いた。
ボボッ!!っと、真っ赤になったコンラート。
「あぁ、そうか?」
じゃぁ、グリエも〜v と、ヨザックが反対側にキスをお見舞いする。しかし今度は、無言で手を繋いだままの
袖口でふかれた。
「オマエ・・その態度は、ないんじゃないか?」
「う〜る〜さ〜い。気色悪いことスルな!」
軽く口喧嘩をしながら、行くぞと促されるままに、コンラート達はホテルの中へと入っていった。
「まったく、仕方のないやつらだ。」
「ですが、少しは気が紛れたみたいです。このままリラックスしてくれればいいんですが。」
ダンヒーリーと勝利は揃って前を歩き、それに手を繋いだ三人組が続き、最後に村田が三人につっこみを
いれながら入ってゆく。
賑やかな一団だ。グウェンダルとヴォルフラムは、一瞬声をかけるのを躊躇った。
言葉はわからない。コンラートが話しているのが、日本語だからだ。だが、その様子から彼らがとても
仲が良いのはわかる。彼らの中に居るコンラートは、とても自然で・・・。
自分達に解からない言葉を話し、知らない少年を兄弟と呼ぶ。……あの屋敷で、彼のそんな姿を
一度でも見た事は無かった。今の彼は、ウェラーの子供なのだと、改めて突きつけられた気がした。
『グウェンダル、そこにいたのか?』
ダンヒーリーが声をかけてきて、二人はハッとした。その時、コンラートが自分達をふりかえったのだから・・。
それまで、楽しそうに話していた彼の表情が強張った。
ヴォルフラムは、傍らの長兄の手を掴んだ。昔はコンラートの隣は自分の居場所だった。自分を見れば、
優しく微笑んでくれたのに、今では顔を曇らせられる。
そして、自分の居場所だったその場所には、別の少年たちが もういるのだ。
コンラートが笑顔を向ける相手は、既に自分ではないのだ。自分がすごした時間より、彼らは兄弟をして
友として、一緒にすごしてきたのだ。
ぎゅっと、握る掌に力がこもった。
『本日は、態々いらして下さって有難うございます。』
グウェンダルが、彼らに向かって歩き出せば、自然とヴォルフラムも歩き出すことになる。一歩、一歩と
すぐ上に兄に近づいてゆく、ゴクリ…自然と喉がなる。あれ程会いたかったのに、いざ、本人を目の前に
すると、ヴォルフラムはどうして良いか解からずにいた。
『レストランを予約してあります。今日はどうか、食事を楽しんでいってほしい。』
『ありがとう、ではいこうか?』
ダンヒーリーは、自分の後ろにいる子供達に声をかけた。勝利の通訳で有利達も頷いて歩き出す。
先頭を歩く兄と一緒に、ヴォルフラムも歩くが、ちらりと後ろを振り返ると、コンラートは俯いて顔が見えない。
『ウェラー氏、実は今しがたシュトッフェルとビーレフェルトが、このホテルに来たようなのです。』
『なんだとッ!?』
『どうやら、ヴォルフラムを連れ戻しに来たようですが、コンラートと鉢合わせをしないようにしないと。』
『当たり前だ、お前達と会うだけでも、あの子はなけなしの勇気を振り絞ってここに居るんだ。もし、あんな
下衆共と遭ってしまったりしたら…一体あの子はどんなことになるか。』
『すみません、もっと早くわかっていたら、連絡の取りようも有ったのですが、本当に皆さんがここに来る
10分前にわかったもので……。』
『…わかった…ショーリ!』
ダンヒーリーに呼ばれて、勝利が二人に並ぶ、小声で事情を説明すると、先にエレベーターホールを見に
いく。不審な外人が居ないか、確かめにいったのだ。それを、ヴォルフラムも追う。勝利はシュトッフェル達の
顔を知らない。黒服のボディーガードが居るから目立つだろうが、もし単独で動いていたら厄介だ。
『ショーリさん、僕も』
『そうだな、頼む。』
二人がそこに行くと、これといって普通の観光客ばかりのように見える。
『いるか?』
『いいえ、どうやらいないようです、最上階のレストランまで直通のエレベーターにしますか?』
『そうだな、そうしよう。』
二人は、直通エレベーターの前で他の人達を待つ。ダンヒーリー達は、歓談しているように見せてゆっくり
歩いてきているはずだ。
『ヴォルフラム君、コンラートへは自分から話しかけなければ、あの子からは口を開いてはくれないぞ。』
『…でも、なんと言えばいいのか?』
『前は何て呼んでいたんだ?』
『ちっちゃいあにうえ…。』
はにかんで答える様子は、大変可愛らしい。小さかったこの子にそう呼ばれて、きっとコンラートは嬉しかったに
違いない。無条件で可愛がっていたというのも頷ける。自分にとっても条件で可愛がれる弟が一人いるし・・・。
『なら、まずそう呼びかけてみろ。』
『‥…でも、兄上の隣は‥…。』
呼びかけても、微笑んで手を伸ばしてはくれないだろう。なぜなら、その手は二つとも、別の少年が握って
いるのだから。
『それでも、呼んでみろ。まずはそこからだ。』
そうこうしているうちに、一行が二人に追いついた。少ししてエレベーターが下りてきて、中の客が降りると
ヴォルフラムが扉を押さえて、
『ち・・ちっちゃいあにうえ!ドウゾ!』
思わず大きな声になってしまったが、はじかれたようにコンラートがヴォルフラムを見た。
『あ・・ありがと』
小さな声では有ったが、コンラートがそう返してくれた。
『い・・いえ』
ヴォルフラムも小さくまた返す。ポポッっと、頬に赤みが差すのは仕方あるまい。
『ほら、早く乗れ。』
ぽーんと、勝利に押されてコンラート達が乗ると、グウェンダルたちも続いて乗りこんだ。その時、大人達が
壁になるように前に立ち、ヴォルフラムと村田がその両脇を守るように立った事を三人は気がつかなかった。
もしも、レストランにコンラートに合わせたくない連中がいるときの用心だ。コンラートに視界にだけは、
あいつらを入れないための。
やがて、最上階のレストランに着くと、フロア係が彼らを待っていた。予約の旨を伝えると、そのまま個室へと
案内してくれた。その間も、大人達は周囲に気を配りコンラートを取り巻くように壁を作る。
さて、個室に入ると、窓の外は綺麗な夜景が広がっていた。
「へぇ〜、綺麗だね、見なよ有利!眼下に広がる東京の夜景を。」
村田が手招きをして、ガラス一面に映る夜景を指差す。
「どれどれ?うわぁ!すっげ〜〜、きれー!なっ!コンラッド。」
ニコニコと、有利がコンラートを窓際に引っ張る。自然とヨザックも引っ張られて皆揃って夜景見物だ。
村田が後ろを振り返り、軽く頷く。
コンラートが夜景に気を取られている内に、グウェンダルは、フロア係に例え身内であっても中には
入れないように、誰か来た時は連絡を自分に入れることを念を押した。
「折角だから、夜景が見えるように座らせてもらいたいな〜。」
「わかったわかった、グウェンダル。」
英語で村田の言うことを、招待主であろホストになるグウェンダルに伝える。その方が、入口を背にする分、
『誰か』が入ってきたとしても、振り向かなければ見えない。
「ほら、座った座った!」
村田に促されて、入口を背に有利・コンラート・ヨザック・村田が座り、その向かい側に、グウェンダル・
ヴォルフラム・ダンヒーリー・勝利が座った。
『そうだな、まずは自己紹介といくか?』
ダンヒーリーが、席を立つとまずは勝利の後ろに立った。
『彼とは、この前も会っただろう?ショーリ・シブヤ、私の親友の長男でコンラートにとっては兄のような存在だ。』
勝利は、軽く目礼をする。それから、向かいに座る有利のところに歩く。
『そして、この子が次男のユーリ。可愛いだろう?だけど、これで中身は男前だぞ。コンラートの最初の
日本での親友だ。この子のおかげで、今のコンラートがあるといっても過言ではない。』
-- この子がユーリ、コンラートの最愛の相手…。
「よろしく。コンラッドのお兄さんと弟さん。おれは渋谷有利です。コンラッドの親友です。」
にこっと、有利が笑うと場が和む‥太陽のような明るい笑顔だと、グウェンダルは思った。
『そして、この子がヨザック。私の養子で、コンラートの同い年の兄弟だ。喧嘩するほど仲が良いとうか、
二人でよくじゃれている。』
『ヨザックです。ヨロシク。』
逆にこちらは、にこりともしない。と、いうか、警戒されているようだ。慣れない野生の獣のような子だと
グウェンダルは分析した。
『さて、この子はムラタケン、中々頭の切れる子でね。この子もコンラートの幼馴染だ。』
『こんにちは。有利の親友で、コンラートの幼馴染になります。年は、有利と同じで中学一年、今年13歳に
なります。あぁ、それと、この前は、チョコをご馳走様でした。皆で頂きましたけど、すごくおいしかったです。
特に、コンラートは喜んで食べていましたよ。』
にっこりと、流暢な英語でこちらは話した。頭がいいというのは本当らしい。ついでに、気配りも出来る。
『いや…気にってくれたなら、それで良い。』
ぼそっと、グウェンダルが返すと、ダンヒーリーが苦笑しながら彼の後ろに立つ。
「さて、こちらがグウェンダル・ヴォルテールだ。コンラートの兄で、今は父親方の跡を継いでいるので、
名前は違うがな。いかめしい顔つきだが、これでも子供好きで、特に可愛いものが好きでな〜。見かけと違って
可愛い奴だから、怖がらないでやれ。年は二十歳だな。」
日本語での説明ならば、グウェンダルがわからないからと、言いたい放題のダンヒーリーに、勝利はどう翻訳して
本人に伝えようかと少々焦った。なので、だいぶ省いて説明した。
『コンラートの兄のグウェンダルだ。あー、その‥コンラートと仲良くしてくれていて有難う。』
彼がそう挨拶すると、コンラートが驚いたように彼を見た。
「そして、こちらがヴォルフラム君だ。コンラートの弟で7歳。私も先日会ったばかりだから、詳しくは
知らないが、3歳までコンラートと一緒に住んでいて、忙しい両親に代わってコンラートが育てていた子だけ
あってな・・・おもいっきりのよさは、コンラートに良く似ているだろう?」
『コンラート兄上の弟のヴォルフラムという。ちっちゃい兄上が・・おせわになっています。』
こちらも、兄を見習ってぺこりと頭を下げて勝利を見た。すると、よくできたというように、勝利が
軽く頷いてみせると、ちらりと向かいに座っているコンラートを見る。すると目が合ったら、すぐに
俯いてしまったが、少し躊躇した後、ちらりとだけど、正面の自分を見てくれた。
(なるほど?勝利さんの入れ知恵か?)
村田は素直な二人の様子に、事前に勝利あたりからアドバイスを貰っていたようだと推察した。
あれで、中々勝利は面倒見がいいのだから。でも、それでコンラートの心象が良くなる分にはいい。
そう、彼にしていけないことは、《拒否》だ。素直に受け入れること、それが彼に一番良いという事は、
有利が身をもって証明している。
さて、その有利だが、今のところ ニコニコとして、コンラートの兄弟と対峙している。対してヨザックは
警戒心むき出しだ。・・・仕方のない奴とヨザックを見やるも、有利とて何時変わるかわからない。
そう…村田にはわかっていた。今は目の前の二人が、素直にしているからだが、万が一
コンラートに対して、余計なことでもしようものなら、この友人は魔王と化すのだ。
-- 出来れば、このまま好印象でいてくれよ?じゃないと…有利は見た目ほど、御し易くないからね〜。
有利を攻略できないと、コンラートまで辿り着くことは出来ない。こと、この二つ下の彼の事になると、
この友人は変貌するのだから。ここまで、特別な感情を持っていて、この友人もよくも親友だ!なんて
本気で言っているよな〜と、最近、ちょっと呆れ気味な村田さんであった。
いい加減、とっくに特別である事は、気がついていそうなのに・・・。
そこに食事が運ばれてきて、話は一旦中断された。なので、ヴォルフラムはじっと正面の兄の顔を見る。
俯いて中々顔を上げてくれないが、睫が案外長いとか、幾分男らしくなったが、それでも相変わらず
かわいい顔をしているだとかが、見て取れた。
あれ程、大きく感じていた兄、でもやはりこうしてみると小さい少年でしかない。
その少年に、自分は全てを背負わした…。
でも、何か彼に出来ることがあるならば、今度は自分が兄を救いたいのだ。ふっと、その視線が隣を見る。
黒髪の少年ユーリ。その兄の最愛の人・・・。そしてもう片方には、オレンジの髪のヨザック。コンラートの
兄弟…かつて自分がいた位置に、彼ら二人が今は座っている。
思わず、視線がきつくなり、それを受けたヨザックが、にかっ!とわらって・・ぐいっと、隣のコンラートに
抱きついてみせた。
『あー!なにをする!…ハッ!』
つい、大声を出したことに気がついて、ヴォルフラムはバツが悪そうに座り込むと、キッ!!とヨザックを睨んだ。
『ふフン!』
挑発的な態度に、ムッカーー!と、対抗心を刺激されたヴォルフラム。どうだ羨ましいだろう?と雄弁に語る
ヨザック・・・二人の間で、火花が散った。
「ヨザック・・・。あほな事をしていると、お兄ちゃんは怒りますよ〜?」
わなわなと、勝利のこめかみに、余計な事をするんじゃねぇ!!と、怒りマークが浮かんでいる。
「だって〜。なぁ、コンラッド?」
「・・・・・。」
「・・・ありゃ?」
コンラートは、いつもならばヨザックの馬鹿に、ツッコミを入れてくれるはずなのだが、じっと目の前の
料理だけを見て、ただスプーンを動かして食べることに集中している。
その様子に、グウェンダルは声をかけようと口を開くが、なんと言ってかけて良いのだか?結局わからずに
眉間の皺を深くして黙り込んだ。
それをじっと、有利が見ている。まるで観察するように、大きな目が彼らの動きを見つめていた。
この少年は、見極めているのだ。ダンヒーリーは、初めて会った時の有利を思い出す。何も考えていなそうな
無邪気な顔で、彼はコンラートの父親であるダンヒーリーに『ミテイロ』と釘をさしたのだ。
― コンラートの表面だけでなく、心の機微をきちんと把握しろ!
そう、たった一言に、深い意味を持たせて、父親としてやるべき事をしろと釘をさした。ダンヒーリーも
あれには驚いた。
― さてどうする?有利は素直ないいこだが、男前だといっておいただろう?グウェンダル達が、ぐずぐず
していると、コンラートの前に、有利が立ち塞がるかもしれないぞ。
「いつも二人は、こうだったの?」
『?』
「村田、訳して。」
有利の目に、険しさが上っている。まずいな〜、と思いつつも、村田は有利の言葉を翻訳した。
『それは、どういう意味だ?』
グウェンダルは、日本語の意味がわからないも、目の前の少年の視線に、非難が混じっていることはわかった。
その声に、びくりとコンラートの肩が揺れる。怯えさせたとすぐに理解した彼は、不器用な自分に腹立たしくなる。
「怖い顔に迫力満点の声、何怒っているの?」
ぐっと詰まった。何だ?このお子様は!?可愛い見かけに反して、やけに攻撃的な!?
『別に、怒ってはいない。・・・これは生まれつきだ!』
「だったら、コンラッドを怖がらせないでくれる?おれ、コイツを傷つける者は許さないから。」
『なっ!?お前!兄上に無礼だぞ!?』
「お前も!コンラッドに謝るんじゃなかったのか?さっきから、ヨザックに突っかかってみたりしていないで、
二人共さっさとコンラッドと話をしたら?一人は、しかめっ面でコンラッドを怯えさすし、一人は、突っかかって
いるし、ちゃんとできないなら、すぐにでもコンラッドは連れて帰るからなっ!」
ビシッ!!っと、有利が二人に釘をさした!二人とも、有利に痛いところを付かれて、半ば呆然と口をあけて
固まった。彼らの周りに、こんな小気味良い啖呵をきる者等、居はしないだろうから。
「あぁ、いっけない!ついうっかり、人を指差しちゃった。」
なのに、有利は、母親に散々人様を指差すなと、教育されているので、己のしでかしたマナー違反に慌てている。
「ユーリ・・・。」
「あ、コンラッド!この事は、お袋には内密にっ!」
濱のジェニファーのお仕置きが、何よりも怖い有利であった。
プッ!!と、ダンヒーリーは、思わず吹きだした。つづいて、勝利と村田まで・・・。
見事な啖呵をきったと思えば、すぐに普通の少年の顔を取り戻す。渋谷有利という少年は、中々味のある少年だ。
『やられたな、グウェン?俺も、最初に有利に釘を刺された口なんだ。やっぱりお前らもダメだしされたか?』
ケラケラケラと笑い飛ばすダンヒーリーに、グウェンダルは何もいえない。それに、ほら?といって、眉間の
皺をつつくとー
『いい加減、可愛い物を前にすると、眉間に皺を寄せて誤魔化すのは止めろ。お前が、赤ん坊だったコンラートを
私達の目を盗んでは、子守唄を歌ったりして、構い倒していたのは、バレているんだぞ。』
『なんだと!?見ていたのか!?』
にまーー!っと、ダンヒーリーが人の悪い笑みを浮かべる。
『面白かったな〜、ほら、コンラート、お前が昔持っていたお気に入りの編みぐるみ。あれは、グウェンダルが
お前の為に初めて編んだ作品なんだぞ~♪』
『あのネコ?』
『・・いや、白豚ではなかったか?』
『なんだと、可愛いネコタンではないか!?』
憤慨する所を見ると?もしかして?
『ほ・・・本当に、作ってくれたの?』
信じられなかった。兄にしてみれば、自分は再婚相手の子供というだけだと思っていた。いつも、家の跡取りと
して周りに家庭教師や大人たちがいて、自分は中々近づく事さえ出来なかったのに。
『イ・・イヤ・・ハッ!?』
咄嗟に否定しようとしたら、コンラートの隣から、大きな目がじろりと睨んできた。
『う・・・本当だ。あれが私の処女作だ。』
『兄上!編み物をされているのですか!?』
どうやら、ヴォルフラムも知らなかったようだ。
『編み物というか、あれは私にとっての精神統一だ。』
本当らしい・・・思わず呆気に取られた弟二人。
昔、それを持っていないと必ず寝付かない赤ん坊だったと聞く。小さな手に、小さな真っ白なネコの編みぐるみ。
赤ちゃんだった自分は、良く口で猫の耳やら手をしゃぶってしまって、一度毛糸を飲み込んでしまったことが
あるそうだ。なので、毛糸がほつれたそこだけ、なぜかピンクで編みなおしてあった。
昔、あの家を出る時に 置いて来た物の一つだ。
ずっと、大きくなってからも、ベットサイドに居続けたネコ。あれが、この兄の作だったなんて!?
『初めて・・・の、兄弟だったのだ・・・何か作ってやりたくって・・・母は絶対女の子だといっていたし・・女の子なら
ぬいぐるみとか・・・いいのだろうかと思って・・・。』
そして生まれたのが、男の子だと知って、ちょっと焦ったがそれでも、並んで寝かすと可愛かった。
『そうか・・・ずっと、白豚だと思っていたが、コンラートがネコだと思っているのを訂正する気になれなくてな〜?
しかし訂正しなくてよかった。コンラートの方が正解だったか?あっはははは。』
『どう見てもネコタンだろう!?真っ白な子猫と、赤ん坊のコンラート!ほら、可愛い組み合わせではないか!?』
そういって、グウェンダルは、背広の内ポケットから手帳を取り出した。バン!!とテーブルに置かれた
それには、綺麗にラミネート加工してある古い写真があった。
小さなベットで、お気に入りの編みぐるみを持って笑っているのは?
「うわぁぁ!かわいい!これコンラッドだよね?すっげーー!超愛らしいじゃん!」(←食い入る有利)
「へぇぇ〜、妹でも通りそうだよ。コンラートって犯罪級に可愛かったんだね。」(←過去形に含みのある村田)
「コンラッド!くぁ!この頃のコンラッドとゆーちゃんを並べたら可愛かっただろうな!」(←夢見る兄)
「勝利・・・。」(←そして、呆れる弟)
「こんなに可愛かったのが・・数年でこんなに口が悪くなるなんて」(←なぜか悲しむポイントがあった義兄弟)
「何か言ったかヨザ・・・。」(←口が悪くなった原因に言われたくない本人)
「お前、こんな写真を持っていたんだな・・・。」(←元義理の息子に、複雑な心境の父親)
全て日本語だったが為に、グウェンダルには解からなかったが、うっかりこんな物(弟の赤ちゃんの頃の写真)を
持ち歩いているのを自らばらしてしまった事に、今更ながらうろたえた!
― あぁーー!私としたことが、何て物を見せるんだぁぁーー!
恥ずかしくって、穴が有ったら入りたい!!
「あれ?これは他にもあるぞ!?」
有利が何かに気がついて、ぺらっと写真をめくった。するとそこには、今度は三歳くらいのコンラートを抱き
上げて映っている少年・・・これは、グウェンダル本人だ。この頃から眉間の皺があった。
そして今度は、少し大きくなったコンラートが金髪の赤ん坊を抱いていた。これはもちろん、ヴォルフラムだ。
その後ろには、やはり眉間に皺のグウェンダル。・・・この人、眉間に皺は基本仕様なのか?
しかし、次のは、コンラートとヴォルフラムが揃って昼寝をしている写真だ。どうみても、隠し撮り・・・。
『あ・・兄上?もしや、これは兄上が撮ったのですか?』
ヴォルフラムは、自分と次兄が写った写真を示す。そーーーっと、視線を外すグウェンダルの眉間には、
皺が三割り増し・・・。ついでに、耳が赤い・・・。
隠し撮りなんだな?へ〜〜〜ぇ♪ 生暖かい視線が、彼に集中した。
「「「あ!?」」」
ばばっと、グウェンダルは手帳を取り戻すと、それを再び懐にしまった。
『あ・・・グ・・グウェン・・俺の写真まで・・・持っていてくれたの?』
コンラートが問いかけると、まっかぁぁ〜〜になるグウェンダル。それでも、逃げることは許されない。
なにせ、その隣には、大きな黒い双眸が、じっと彼の出方をうかがっているのだ。迂闊に意地を張ろうものなら
彼はきっと弟を連れて帰ってしまう。そして、二度と会うことは許されないだろう。
チャンスは一回。ならば、この際、恥ずかしいのは二の次だ!
『し・・仕方なかろう、私は・・・こうだし、お前達は、私を怖がるし・・せめて弟の写真くらい持って
いたいではないか?』
『弟・・・・だって、グウェンは・・・総領息子だし・・大人達に囲まれて大事にされていた・・俺はあそこでは、
異端だったから・・分をわきまえろって・・・話しかけることも出来なくって・・・。』
『怖がられていたのではないのか?』
『そんな!怖くなんてない!父上がまだ居た時は、遊んでくれたし!』
『そうか・・・私はてっきり・・・怖がられているものと・・。』
どうやら、お互いに誤解が有ったらしい・・・・。
『ところで、お前に分を弁えろと言ったのは、シュトッフェルか?』
・・・・・コクン!と、コンラートが頷く。ぴきっと、傍目でもわかるくらいに、グウェンダルの怒りが燃え上がった。
『あの能無し、権力ボケ爺め!』
とは、グウェンダル・・・彼もまた、あの伯父には言いたいことが山ほどあった!
『やはり、私があの家を出るときに、お前を連れて行けばよかった。お前がまだ小さいこともあって、
ツェリに言われるままに、置いて出たのだが・・・あの男の性格を考えれば、継承権を持つお前が邪険にされる
だろう事も分っていたのに・・。ツェリは情が深い・・だが、それが身内びいきになって、あの兄を止める事は
出来なかったのだろう。しかも、あんなに早く再婚するとは。結果、一番立場の弱かったコンラートに辛い思い
をさせてしまった。すまない、コンラート。』
ダンヒーリーは、深く息をついた。過去の判断を、彼もまた 悔やみきれないでいるのだ。
『父上、それは今更です。それに、父上は迎えに来てくれた。』
おかげで自分は・・・コンラートは隣の黒髪の少年を見る。一番大事だといえる人を得た。
目があった有利が、にぱっ!っと、明るく笑う。それに、コンラートも微笑み返す。
『やはり、僕の父上が悪いんですね・・・僕が生まれてしまったことも・・・』
『ヴォルフ・・?』
『ごめんなさい!ちっちゃい兄上!僕が・・・僕が生まれたばかりに、兄上が苦しい立場に立たされて、その上
あんなに可愛がってもらったのに、僕はあの伯父達の言葉を鵜呑みにして、兄上に・・・非道い事を言って
しまって!』
わんわん泣き始めた弟に、グウェンダルは見る見るうろたえ、助けを求めるようにダンヒーリーと勝利を見た。
『お前は、生まれたことが罪だ・・・。』
コンラートの低い声に、びくりとヴォルフラムが肩を揺らした。
『そういわれて、育ちました・・・。』
だからずっと、自分に価値がないと思っていた。
『でも、有利が・・・俺を必要だと言ってくれた。生まれていなかったら会えなかったと怒るんです。嬉しかったな、
生まれていけない子供なんていないと、この人が教えてくれたんです。』
だからね?
コンラートはその時、幼い頃生き別れてから初めて、真っ直ぐに弟の目を見て言った。
『ヴォルフも、《生まれてこなければ よかった》なんて事はないんだよ?生まれる事に罪などない。』
『う〜〜〜!!』
ヴォルフラムは椅子から立ち上がると、トテトテと走ってきて、思いっきりコンラートに抱きついた!!
そのまま、何度もごめんなさいと謝りながら泣いていた。
『はぁ〜、私は兄としての能力は、コンラートにまったく及ばないようだ。』
珍しくも落ち込んで、グウェンダルは肩を落とした。
『仕方ありません、俺はヴォルフのオムツかえから、お風呂にミルクまでみていたんですよ?その間、
グウェンは悠々自適に、勉強していたじゃないですか?』
『オマエ!、一人勉強をさせられていた私の身にもなれ!』
何時の間に、こんなに言うようになったのだろう?成長していた弟に、グウェンダルは苦笑した。
『まぁまぁ、こういうのは、順番で回るものだ。お前が、赤ん坊の時はグウェンが一通りしていたしな?』
そこはそれ、ダンヒーリーが、とりなしてくれた。
『え?俺も、グウェン兄さんがみていてくれたの?』
『あぁ、私たちがいない時に。そうだな〜?三ヶ月か四ヶ月に一度、1週間くらいだが。』
― 初耳だ?
『あれは、ふたりそろって、たまにはイチャイチャしたいといって!貴方達が、コンラートを置いて
遊びに行くからでしょう!!』
『それでも、大人に頼まずに、一人で育児書読みながら奮闘していたものな〜。いや〜、後でビデオチェック
して、ツェリと二人して大笑いだった!あぁ、多分、まだツェリが持っているぞ。今度、映像を見せてもらえ。』
『何だと〜〜〜!?』
屋敷には、セキュリティー用の屋内監視カメラがある。だがそれは、プライベート保持の為に、個人の部屋には
ついてないはずなのだが、一体何時の間に取り付けていたのだ?この馬鹿夫婦めーー!!!
「なーんかさ、ダンさんとグウェンダルさんって、仲良かったんだな?」
「というか、ダンさんが一方的に、真面目なグウェンダルさんで遊んでいるんだろう?」
渋谷家の仲良し兄弟が、そんな感想を言い合う。
「それよりさ〜、そろそろ、次の料理を食べようよ。ほら、さっきからあの人、あそこで困っているよ?」
村田がそういって示した先には、料理のワゴンを持ってきたはいいが話が白熱していて、給仕が出来ずに
困り果てていた、お店の人であった。
『あ・・・・ゴホン。』
グウェンダルは、わざとらしく咳払いをすると、何事もなかったように給仕を頼んだ。
それからは、泣いた事が猛烈に恥ずかしいヴォルフや、同じく落ち着きのない様を他人に見せてしまって、
軽く落ち込むグウェンダルがいたりしたが、食事は終始 和やかに進んでいったのであった。
それは、4年ぶりに コンラートに、血を分けた兄弟が戻った夜であった。
2009年6月21日UP
やっぱり、多少は和解はしないとね・・・。やはり原作の130くらいのグウェンダルと、20歳の若者グウェンは違う
でもって、82歳と7歳はもっと違う。コンラートもですが、若干皆可愛いですね。青年編になれば、もう少し
原作の彼らに近くなると思うけれど、今はこんな感じでいかがでしょうか?