《泣くな》 心の深淵から、コンラートは語りかけた。 「だから云っただろう?コンラッド、お前を守るの俺だけだ」 他人なんて、やはり信じちゃいけなかったんだよ。 俺とお前は 生まれたときから、独りなのだから。 ホッと安堵したように堕ちてくるもう一人の自分に話しかけた。 自分の意識が外れた隙に、彼が目覚めて表層意識に上ってしまった時はあせったが、 こうして取り戻せたのならいい。まだまだ、世界は彼が生きていくには、ノイズだらけだ。 早く自分が、あの汚いノイズを撒き散らす男達を始末しなくては…。 大丈夫だ、彼には自分がいて、自分には彼がいる。 それだけでいい。 彼はゆっくりと、浮上してゆく。その先には、彼の仇たる世界がある。 年下の彼・少年との別離編 12.5 ユラユラと漂う暗闇・・・・あぁ、また戻ってきてしまったのか? その時、ふと蹲った自分の足元に、自分とよく似ていて、それでいて違う少年がいた。 口を真一文字に結び、挑むように遥か上を睨みつける目には、確固たる憎悪があった。 彼は足元から浮上してきて、今は自分の隣に立った。 「泣くな、大丈夫だ。後はおれが引き受ける」 「・・・・ねぇ、なんで君は俺を守るの?」 皆、汚いと俺から離れてゆくのに。 「……理由なんて無い。おれはお前を守るために存在しているのだから――」 悲鳴を上げて倒れたコンラート。 すぐに抱き起こそうとした有利の手が、冷たい手に振り払われた。 「まさか、コンラート?」 有利は咄嗟にその違いを見破った! 「へぇ、おれ達の見分けがつくんだ?」 馬鹿にしたように見返す目は、ガラス玉のように硬質で冷たい。 「親友だからな」 それを、極自然に有利が受け止める。その様子に、コンラートの瞳がほんの少し揺れる。 「ふ、ふん、怯えて逃げたくせに、大口を叩いたな」 「うん、ごめん。怖かったから」 「…ッ!」 不遜な台詞も、再び自然に受け止められて、素直に謝罪されてしまった。 何だコイツはっ!?またしても不可解な有利の様子に、コンラートは混乱してゆく。折角、コンラッドが 自分の元に返ってきて、他人なんて要らないと、二人だけで十分だと安心したのに!! そっとその手が、自分より少し小さな手に包まれる。 「!?」 驚いて、引っ込めようとする手は、思いのほか強い力で取り戻すことは出来なかった。 「それでも、おれを助けてくれたよな?ありがとう、コンラート」 ほわり・・と、微笑む有利。 ―― ありがとう それは、怨嗟から生まれた自分が、初めて主人格から与えられた言葉。…今も大事に胸に抱えている。 それをくれるのは、コンラート。己の主人格であり、守るべきもの。 罵られ、貶され、かけられる言葉は怨嗟ばかり、醜い世界の中でたった一つ与えられたキレイな言の葉。 未だこの胸にある、ほんのり温かいココロ。 それを、コンラート以外から与えられるなんてっ!? なぜだ!どうしてだ!お前は、拒絶したじゃないか!? 恐れて、この手を叩き落としたじゃないか!? なんで、お前が(コンラッドの最愛が)、おれ(コンラッド以外に)に、 その言葉(心)を与えるんだ!? バシン! 叩き落したのはコンラートだった。コンラートが、有利の手を叩き落したのだ。 「コンラート?」 「…ッ!なんなんだ!?何なんだお前っ!?」 わからない、なんなんだコイツは? ガラスのように何も映していない目が、揺らいで有利をうつしはじめた。それは、コンラートの 閉じていた世界が開きかけている証拠。自分だけの世界に、今、有利という他人が入り込もうとしていた。 それに、本能的な恐れを抱いていることに、コンラートは気がついていない。 ただ、変わることを恐れていた。 閉じた世界が開け放たれた時、それは自分という存在の意義がなくなると。 それだけで、存在している交代人格としての自分の意味がなくなること=それは消滅。 己が己であることを、根本から崩されそうで、 コンラートを守る守護者の意義を、有利に奪われると。 ベットの反対側に飛び降りたコンラートは、そのまま、周りを睨む。こう、人が多くては、 この先に行けはしない。あの男達は、まだ生きているんだ。コンラートの世界に撒き散らされる 悪意のノイズを撒き散らす男達が! おれが守るんだ。 ―― おれだけが守れるんだ。 ――― その力が おれにはあるのだから! 「ちょうどよかった。会いたいと思っていたんだよ。僕はホセ・ロドリゲス、『君達』の主治医だ。 君がコンラート君の保護人格・守護者君だね?」 「そうだ、おれは守護者だ」 「君、コンラート君が覚えていない過去の記憶を持っているだろう?」 「…だったら、どうした?」 「そう、やっぱり、君が持っているんだね?虐待の記憶を・・・」 「!!」 じりっと、コンラートが後退する。 「逃げてはダメだよ。君は、コンラート君の辛い記憶を封じているんだね?なんでだい?」 「あ、あんな記憶を、あいつに持っていろとっ!?馬鹿な!!アイツは、あの事のせいで心が 崩壊しかけたんだぞ!?」 「ねぇ?コンラートは?その記憶、お前は持っているんだよな?お前は?辛くないのか?」 「・・・っ!お・・・おれは、守護者だ。そんな感情はない!」 なんで?何でコイツ!? 「お前、やっぱりコンラッドなんだな?守ることばかりで守られない・・・やっぱり、コンラッドだ」 その言葉は、コンラートをよく理解して、自分がいることを許してくれていた。 ほわり・・・・ 小さな灯火だった。 それが、コンラートの胸に灯る。 小さな灯火は、ふわふわと降り・・やがて、暗闇の中 小さく蹲る少年の周りを漂う。 ・・・・ユ……ィ…?… こぽっ・・・っと、まるで空気を吐き出すように、少年から、その音が漏れた。 音は、ゆらゆらと漂いながらも、上へ上へと昇っていったのであった…。 揺れている。 そう、ロドリゲス医師は、コンラートをみて感じた。人を血だるまにしても哂っていたあの少年が、 一人の少年の言葉に揺れていた。 「やっぱり、有利だけが、コンラートを変える鍵なんだね?」 「みたいですね、健さん」 同じ事を感じたのだろう?村田が眼鏡を押し上げながら言うのに、ヨザックが同意する。 昔からそうだ、彼は有利に出遭ったその時から変わり始めた。 「魂をゆすぶる相手か…そんな相手を得ることの出来る人間なんて、一体この世界に何人いるんだか?」 ―― ちょっと、うらやましいね? 珍しく、本音をこぼした村田に、ススススーっとヨザックが寄ってきて、耳元で囁く。 「健さんには、俺がいるって覚えておいてくださいよ?」 「おや?健ちゃんにも、彼氏が出来たんだ?うんうん、あの健ちゃんにね〜?いやぁ、 成長したんだねぇ?」 「ドクター、冗談でも止めてください」 「健さん、俺マジです!」 「はいはい、今はそれどころじゃないからっ!」 有利に顔に浮かんだのは、苦笑…それも、しょうがない奴だなという表情(カオ)で、有利は コンラートを受け入れている。向けられる意識は、どこか温かくくすぐったい。 それは、このコンラートが、初めて触れるものだった。 そこにあるのは、嘲りでも見下した優越でもなく、そのままのコンラートを見ようとする視線。 父親であるダンヒーリーならばわかる。だが、彼は赤の他人ではないか?それも、コンラッドの最愛だ。 自分はいわば、コンラッドを押しのけて表層に出ているモノ。オリジナルであるコンラッドを知る者 からしてみれば、イミテーションでしかない。 現に先程から、刺さるような視線を浴びせるのは、彼の兄弟達だ。あの目は、知っている。 自分を断罪し、消滅を願い、そうして『彼らが知っているコンラート』を取り戻そうとする意思が 透けて見える。視線の意味は、拒否・否定。そう、あれが『普通』の人々の反応だ。 医師だと名乗った男の視線は興味。その隣の眼鏡の少年の視線は静観。オレンジ髪の義兄の視線は心配。 父親の視線には、覚悟がみえる。毛色が変わった反応だが、彼らの反応はまだ納得がいく。 唯一解からないのが、この少年の視線の意味だ。この視線の意味を、自分は知らない。 わらない、こいつはなんだ? 初めて、コンラートは、人を怖いと思った。 彼が考えていることが判らない。彼が向けてくる感情がわからない。 そして 自分の感情が、一番解からなかった。 2009年 10月 23日UP いつもよりは短いですが、きりがいいのでここでカット。守護者のほうのコンラートが 混乱する様子にスポットを当ててみました。 |