化け物と、その男は自分に向けて罵った。 あぁその通りさ、俺は魔物だ。お前たちが作り出した、コンラートの中の幻。 だけど 『ねぇ、僕つかれちゃった』 『そうか、しばらく休んだ方がいい、お前は頑張りすぎたんだ』 『・・・僕、頑張った?』 『あぁ、すごくな』 『休んでいいの?』 『その間、俺がお前の代わりをしてやる。安心して眠りな』 『……あ、ありがと』 コンラートは、つかれきっていた、自分が深淵から浮き上がると同時に、彼は自分がいた場所に おさまって眠ってしまった。だから、俺と彼が言葉を交わしたのは、初めて邂逅した それ一度。 それでも、彼は、ありがとうと言った。自分が彼を守るのは、当たり前だというのに。 怨嗟と哀しみから生まれた自分に与えられた、彼の真心はとても温かかった。 彼の変わりに表層に出た自分が見たのは、彼を追い込んだ醜い世界・罵られ投げかけられる侮蔑の声。 彼が与えてくれた言葉とは、似てもにつかぬ冷たい言の葉達。 身体が心が冷えてゆく、それを彼は生まれてずっと受け止め続けたのか? ありがと・・・ 彼に与えられた言葉を思い出す。すると、凍えた心が ―― ふわりと温もりを戻した。 それは、自分にとって宝石のようにキラキラ輝いた言葉・・・。それをそっと胸にしまう。 彼の言葉だけあればいい。あの温かな言葉だけ・・・ だから、耳障りな冷たい言葉など、全て葬り去ってやる。彼の周りから雑音を取り除く。 そうしたら、再び起きた時に、彼は自分に またあの言葉をくれるかな? この冷たい心が、温かくなる宝石のようなキレイな言葉を―――。 年下の彼・少年との別離編 11 バチーーーン! と、いい音がして、彼の宿敵とも言うべき男の頬に、(確か有利という名だった)少年のビンタが 決まった。その後には、たどたどしい英語(一部日本語も混ざっているみたいだが)ながら、シュ トッフェルに食って掛かっていった。それはもう凄まじい勢いで捲し立てている。 彼は、コンラートのために怒っていた。 「ナンなんだ?コイツ?」 最初は、コンラッドがどうしてこんな少年を大事にしているのかと疑問に思った。どこにでもいる、 ガキじゃないか?自分を見て恐怖に慄く姿、手を伸ばした自分から逃げ出し少年。 あの時、手を払われて、自分は【がっかり】したのだ。 コンラートの大切な宝物。けれど、所詮は他人だ。あの馬鹿な弟と同じで、どんなにコンラッドが 想いを傾けても、いざとなれば裏切ると解かっていたのに。手を振り払われ、彼が自分を拒絶した 時に、自分は【がっかり】したのだった。 あぁ、そうか?俺は、彼に期待をしていたのか?コンラッドの新しい最愛に――― そう、一度は逃げたのだ、コンラートの新しい最愛は、なのに?今、なんでこんなにコンラートを 追いかけてきて、コンラートの為に怒っているのか? 逃げたのに、拒絶したのに、恐れたのに、何でだ? 何なんだ?コイツは?? やがて、言いたい事を言い終えたのか?有利がコンラートに向き直る。 真っ直ぐな視線が、自分を貫いた。そこには、恐れも何もない。じっと見つめる視線が、ふっと 和らいだ。苦笑?そんなふうに、やんわりと・・・そして、彼が何かを自分に向けて言おうとした時! 大きな音がした! ガツン!とか、バチンとか?そんな音が…。 気がつくと、有利が床に倒れ付していた。その横には、怒りで真っ赤に染まった鬼のような男。 殴られたんだ? すぐに、そう理解した。 殴られたんだ、力いっぱい。 だれが? ―― 有利が なんで? ―― 俺を庇ったから だれに? ―― アノ男に 有利が、俺を庇ったせいで、アノ男に殴られた!! 瞬間!コンラートの中から、どす黒い怒りが湧き上がった!! 「うわぁぁあああああーーー!!!!」 感情のまま咆哮をあげた。視線の先には、有利を殴り飛ばした鬼のような男。気がつくと、床を蹴って いた。振り上げた拳を、その横っ面に張り飛ばす!ミシッっと、男の顔から音がした。 口から飛び出したのは、血と白い歯だ。どうやら折れたようだ。そんなこと構わないけど。 つづいて、足が床に倒れそうな男の身体を蹴り上げた。まだだ、まだ倒してなんかやらない!! 助けてとか、何か獲物が言っていたが、そんな事許せるわけがない。だって、この男は、【有利】を 殴り倒したんだ。 殴られた反動で、抵抗も出来ずに床に沈んだ身体。少しだけ自分を見て、何かを伝えようとした唇。 気遣うような視線は、すぐに閉じられて…… コンラートには、解からなかった。この湧き上がる明確な殺意の意味が。この男のことは、最初から 処分するつもりでいた。これが、コンラートを苦しめる諸悪の根源だから。自分は彼を守る守護者 なのだから、それは当然の行為であり、己という存在のあり方だから。 でも、今、彼が拳を振るうのは、コンラートのためではなかった。 自分の為に怒って、自分の代わりに傷ついた少年のためだ。 何度も何度も拳を振るう。必死で止める、父親の声が聞こえても、それ以上はその男が死んで しまうという兄の哀願も どこか遠くで聞いていた。 「よくも、よくもっ、よくもぉっ‥!!!」 やがて、腕を取り押さえられ、小さな痛みと共に針が身体に刺されて、意識が急激に遠のく中、 それでも必死に男を殴り続けた。 よくも傷つけたなっ!!! やがて、急速な眠りに身体が支配されても、その意識だけは鮮明に残っていた。 よくも【俺の最愛】を、傷つけたな、と・・・・。 コンラートは、再び薬で眠らされた。 コンラートによって重傷を負わされた二人の男は、ボブが手配した病院に収容された。 外に出ていた勝利と村田が戻り、グウェンダルは一度本国に戻って彼らの不在を埋めることにに なった。ヴォルフラムは、ショック状態で、邸内の一室で休んでいる。 自分の父親の肉を食いちぎった兄の映像が、衝撃的過ぎたのだろう?ベットの上で、ぼんやりと一日を 過しているそうだ。Dr・ロドリゲスが精神面のケアをしてくれているので、専門家である彼に一任 している。 有利は、脳震盪を起こして、一日検査入院をしたが、問題はなかった。すぐに、コンラートの傍らに 戻って、彼の看病をしている。 ダンヒーリーと勝馬は、仕事の都合をつけ次第に、戻ってくると言い残して外に出ている。 村田と勝利は、相変わらずに色々暗躍しているようだ。美子は、そんな彼らの身の回りの世話を 一手に引き受けてうけてくれていた。日常を、維持してくれる彼女の存在は 、とてもありがたかった。 ヨザックは、肩の怪我がひどく、入院を数日していたが、本日退院して戻ってきた。 その足で、コンラートの側に来ると、有利が迎えてくれた。 「もう退院していいの?」 「後は安静にするだけですから、なら病院でも ここでもいいでしょう?」 「・・もしかして、無理やり退院してきた?」 「うふv」 「コンラッドが知ったら怒るよ?」 「だったら、怒ってみやがれです!」 椅子を持ってきて、その傍らに並んで座る。コンラートには、全身に包帯がしてある。 あのムチャクチャな動きで、全身の筋肉を傷めたのだ。今は発熱して、苦しそうな息をしている。 「コンラッド、どうなるんでしょうか?」 「助けるに決まっているだろう?」 迷いなく有利が言う。数日前まで、今のコンラートに怯えていた彼とは思えない。 「元に戻す方法でも?」 「元って……ヨザックは、元に戻したいのか?」 「?…どういう意味です」 ― 俺は、このコンラートもコンラッドだと思っているよ? 「は?」 「だから、このコンラートも助けたい」 「・・・・・・・・・・・・・・・(絶句)」 ぽか〜んっと、口をあけたままの幼馴染に、有利が何だよ?という、拗ねた視線で見てくる。 「なんだよって、そちらこそ何なんですか?と、云いたいところですけど?」 「ナニソレ?」 ナニソレではない!元から器の大きな人だとは思ってはいた。だが、数日前まで、完全に恐怖で ガチガチになっていたのに、いつの間にか今のコンラートまで受け入れてしまっている状態の 有利に、ヨザックは心底驚いた。普通、元に戻そうとしないかっ!? そこを通り越して、丸ごと救いたいなんて・・・アンタ、どれだけ その人が好きなんですかっ!? ヨザックの呆れた眼差しに、ほんとにナンなんだよ!!っと、有利が怒った。居心地が悪いのだろう? 「だって、コイツもコンラッドなんだぞ、おれの親友なんだ!」 「ふへ?・・・・・・・はいぃぃ???」 今度こそ、ヨザックは心から呆れましたという声を上げた! 「いやいやいや、そこは違うでしょうっ!?」 「どこ?」 ― どこ?って、あーた?マジでおかしいですよ 坊ちゃん!!! 「そんなバカップルを地で行く発言が、親友って……。」 「なっ!?!?よざっくぅぅ〜?」 どうして、そういう発言になるんだと、怒鳴り始めた有利に、どうして、そうならないんですか?と いう、呆れたヨザックとの会話は、止める人間がいなかった為、それから小一時間続いた。 ふわふわと一人漂っていた暗闇。ここは、ぬるま湯のように温かく優しく、そして孤独だ。 膝を抱えて丸まって、彼は胎児の様に そこで守られていた。 ここは一人。誰もいない。安心できる場所。 だけれどそこに、誰かがすうっと降りてきた。うっすらと、開いた視線の先には、自分とよく似た 少年が立っていた。 なんだか、すごく怒っているというか、イライラしている・・・戸惑っている? 発せられる感情に、コンラートは漂うに任せていた意識を彼に向けた。 「何なんだアイツは?何で俺の為に怒るなんて・・・・」 ブツブツと、コレは独り言か?・・・そうらしい、彼は自分に向けて話している訳ではないのだろう? どうやら、自分が起きていることも気がついていないようだ。一心に、誰かに向かって文句を言って いる。だったら、もう少し眠っていてもいいだろうか? 「コンラッドの為にならわかるが、俺のためなんて・・・」 もう一度、コンラートの意識が沈んでゆく時、彼が自分へと振り返った気配がした。 「俺を助けるのは俺だけ・・・だよな?そうだよな?」 いつも、自分を守っていてくれた存在が、迷子のような感情を自分に向けてきた。 「他人なんていらないよな?」 僅かな躊躇。自分に向けられた心は、母親を求める幼児(おさなご)のようで。 「他人は俺達をいじめる、いらないよ。他人なんて・・・虐める奴は、皆壊さないと・・・」 自分に言い聞かせるように言う話し方は、やはり幼い・・・あぁ、そうだ思い出した彼は4年前の自分。 イジメル?俺をいじめる? ずっと ここで泣いている 幼い俺の心 そういえば、何で俺、こんな所にいるんだろう? 少しずつ覚醒し始めた意識は、尤もな疑問を もたげた。ゆっくりと、今度こそ目を見開いた。 最初に うつったのは、見慣れぬ天井。 「・・・・ここ‥どこ?」 ひりつく喉に、苦いものがこみ上げてくる。 「コンラッド!?」 すぐ近くで、驚いてまん丸に目を見開いたユーリがいた。あれ?俺に似た子は? 「‥ゅッ・・り?」 ―― ダメだ!まだそっちに行っては!? 「なに?」 誰かが必死に叫んでいる。おかしいな? 「コンラッド?おれがわかる?もしかして、戻っている?」 戻る?戻るって何? 分けがわからなかった。 「おい、コンラッド、俺はわかるか?俺だ!」 隣にいたらしいヨザックも、必死にコンラートの顔を覗きこんでいる。なんだか、泣きそうなのは どうしてなんだ? 「ヨザ?」 「うぉぉ!戻っている!俺、皆に知らせてきます」 ヨザックは喜び勇んで、部屋から出て行った。何だ今のヨザックは?すると、重みを腰の辺りに 感じた。みれば、有利が布団の上からしがみ付いていた。 「ゆーり?」 ケホッ!ッと乾いた咳が出て、喉がひりついたが、有利の様子が気になって、身体を起こしに掛かる。 すると、全身に走った攣るような痛み!よくよく見れば、自分の腕には点滴がされていて、包帯が 巻かれていた。何時の間に自分は怪我などしたのだろうか? すると、ゆるゆると有利が上体を起こして、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを出した。 そして、コンラートの背中を起こすと、背もたれ代わりにクッションをあててくれた。 そして、唇にボトルの口をあてると、ゆっくりと流し込んでくれた。それを少しずつ嚥下して、やっと 一息つくと、有利は口の端からこぼれた水滴を、綺麗にタオルで拭いてくれた。 やけに、甲斐甲斐しいのだが、何でか無言だ。 「ユーリ、どうしたの?具合悪いの?だったらこっちで眠る?」 「ばかっ!!ッ他人の心配しないで、自分のをしろよ!なんで、一人で出かけたんだよ!あの時、 おれ達に連絡さえしてくれていたらっ!」 「え?でかけた?って、そういえば、ここどこ?」 「・・・・コンラッド、もしかして覚えていない?」 「??」 きょとん?と、首を傾げる仕草は、間違いなくいつものコンラッドだ。入れ替わっていた時の記憶が ないのだろうか?それとも、ショックで一時的に忘れているのか? 有利は呆然と、いつものコンラッドを見た。脳裏に甦るのは、もう一人のコンラート、彼は一体どこに 行ってしまったのだろうか? コンラートが元に戻って目覚めたことは、瞬く間に皆に知れて、次々とコンラートの静養する部屋へと 集まってきた。渋谷家とウェラー家全員が勢ぞろいし、よかったと口々に安堵をもらす。 コンラートはその間、忙しく目を白黒させていたが、心配を掛けたらしいと、しきりに謝っていた。 そこに、村田が医者だという見たことのない大人を連れてきた。 「こんにちは、目が覚めたんだってね〜?どれどれ、ちょっと診させてね〜?」 すると、コンラートが、途端に警戒を示して、有利の腕を掴んだ。 「あれ?もしかして、ぼく、警戒されているのかな?」 たしかに、このロドリゲス。褐色の肌に、黒いドレッドヘアーの髪、やせこけすぎてなんか怪しいの だが?人好きのする表情をするし、村田が連れてきているのだ。普段のコンラートならば、そんな 態度は示さないのに。 「コンラート、お前は覚えてないだろうが、Dr・ロドリゲスは、ずーっと、怪我したお前を手当て してくれていたんだぞ。それに【あの村田君】が、信用を寄せているんだ。安心して診て貰いなさい」 「ダンぱぱぁ〜?【あの】って、どういう意味ですかっ?」 キラリ!と、村田が眼鏡を光らすと、ダンヒーリーが心なしか焦った!すると、周りがどっと笑い、 それでコンラートの警戒も薄れたのか?今度は素直に診察をしてもらっていた。 「うん、脈拍も正常以内、発熱は少しあるけど、呼吸も苦しくないみたいだし、炎症を抑える薬が 効いたみたいだね?ベットで安静にしていれば、おしゃべりくらいならしてもいいよ」 「ありがとうございます」 「うんうん、礼儀正しいね」 にこっと、人の良い笑みを浮かべる彼に、コンラートも少しだけ笑う。ロドリゲスは、美子に消化の 良いものを頼むと、目覚めたばかりの彼の負担になるからと、部屋から集まった人たちを追い出した。 残ったのは、有利とコンラートのみ。 「有利、あの」 「今は安静にしていろ、大丈夫・・・だから」 きゅっと、有利がコンラートの手を握った。いつもは体温が低い手が、今は発熱で少しだけ暖かい。 彼が生きている証拠・・・・その熱、もっと感じたくって、有利はその手を自分の頬へと持ち上げると すりり、と擦り寄った。 この手が、容赦なく人を殴り倒したのか?その手は武道をしているので、綺麗ではあるが華奢では なかった。同年代の子供達よりも硬く鍛えられた手だ。それでも、まだ小学5年生なのだ。 あどけなさを残したこの手で、彼は自身を守るため、相手の血を受け止める事を選んだのだ。 誰にも頼らず、自分より大きく強い者達を相手にして、白い手を血に染めた。 ぞくリ…ッと、背中に悪寒が走る。血だらけのその手が目の前に迫る気がして―― 「ゆ・・・ユーリ?」 「コンラッド・・・」 「は、はい!」 こわい…ことは、怖い。はっきりいって、大人を殴って殴って嗤ってるコンラートなど、怖くない わけがない。けれど、それでも、彼を失う怖さに比べたら、ずっとましだと言える自分がいた。 「お前のこの手、二度と離さないからな……」 戸惑うコンラートの手を握り締めて、絶対に離さないと、心の中で強く誓った。 強く強く、放してはいけないと――。 その夜、コンラートが【戻った】知らせを聞いて、ダンヒーリーと勝馬が屋敷にきた。 勝利・有利・ヨザック・村田と一室に集まり、Dr・ロドリゲスの診察結果をきいた。 まず、体であるが、全身の筋肉の炎症は薬で抑えられていて、このまま安静にしていれば問題がない事、 ただ腕は酷使した為に、ギプスで固めていて、それが取れるのは少し先になるということだった。 「それで、コンラートの人格が元に戻ったと聞きましたが?」 ダンヒーリーが、自分の居ない間に戻ったと言う息子の様子を尋ねた。 「えぇ、他の方に確認していただいたところ、元の息子さんのようですね?それと、人格交代中の記憶 ですが、彼にはないようですね。また、自分が電話で呼び出されたことも覚えていません。これは、 交代した方の人格が、その記憶を封じているか?コンラート君自身が思い出したくないか?なのですが…」 ― 今の段階ではわかりかねますので、ここで退行催眠療法を行おうかと思います。 「退行催眠療法ですか?」 退行催眠・・・催眠療法の一種で、患者に催眠術をかけて、患者の過去に遡り、心の傷を負った過去に 何があったかを探り出して、傷の元となった原因に対して、適切なケアを行う。それによって現在の 精神的な症状の治療にあたると言うもの。ロドリゲスは、米国で博士号を取って、今まで何人もの 子供の治療にあたってきたので、村田が彼ならば信頼できると太鼓判を押してくれた。 「息子に何があったのかは、今回の事件にかかわった人間から推察は出来ます。あの子が彼らを憎む 気持も・・」 「そうですね、彼は性的犯罪の被害者でしょう」 びくりっと、有利とヨザックの肩が動いた。勝利も予想が出来ていたのだろう、彼らよりは反応が 少ないが、それでもしきりに眼鏡をいじって落ち着きがない。 「僕は・・・それだけではないと思うよ。コンラートが【ああなった】わけは、もっと根深いと思う」 村田は、コンラートのあの症状は、性的被害のほか、もっと複合的に絡まったものだと思っていた。 ロドリゲスも、その推察に同意見だといった。コンラートにとって、最大のストレスは、その被害に よるものだろうが、もっと色々と積み重なったものがあるはずだといった。 「その一つ一つを解いて、彼の心の傷を治して、速やかにあの人格の統合を図らないと、コンラート君 の意図しないところで、彼が暴れる事もありえます」 「えーと、無くす方向じゃなく?」 勝馬が、統合と聞いて、危険な人格とコンラートを合わせてしまって大丈夫かという懸念を表した。 「殺すと言う行為は、元々生存本能に備わっているもの。また、人を憎むと言う心も、誰でも 持っているものですよ。別に、彼が特別なわけではない。心というのは、幾重にも重なり混ざり 出来たもので、彼の場合、防衛本能と生存本能が強く働き、心の中から必要な、もう一人の人格を 練り上げてしまったのでしょう」 ― 自分のできない事を、代わってしてくれる存在…助けを求める相手を。 守られて来なかった子供、コンラート 誰かに代って欲しいと願って何が悪い 誰かに守って欲しいと思って何が悪い 「でも、今は違う。皆が、コンラッドを守ってくれる」 ポツリと、有利がこぼした言葉。それは、ここに居る皆の気持ち。 「うん、推測だけれどね。コンラート君は、きちんとそれを解かっていたんじゃないかな? だから、今まで一度も、もう一人の彼は出てこなかった。出てくる必要がなかったのかな? 今の彼は、守られている子供だから・・・ね?」 ロドリゲスは、今の彼はい環境で育っているんだねと、にこやかに言ってくれた。 「ですから、こちらとしては、安心して治療にあたれます。子供の精神治療に必要なのは、 外部環境の適正化ですから、たとえば虐待などの場合は、その加害者から引き離してその子供が安心 して過せる環境を作り出さないと、治療でよくなってもすぐに元に戻ってしまいますからね〜。 その点、コンラート君にとって今の環境はベストといえるでしょう」 そういうと、どうしますか?と、ダンヒーリーに向かって訊ねた。 「・・・・・・・・・・・・催眠療法によって、息子の心の傷がもう一度開く可能性は?」 「えぇ、思い出すわけですから、リスクはありますね」 「・・・・・・・・・このままにしますか?うまくいけば、自然統合される可能性もあります」 「統合されない場合は?」 「そうですね、症状が進んで、人格が増える・人格が入れ替わるなどの可能性はありえます」 「人格交代・・主人格のコンラートが消えて、攻撃的なコンラートが居座るということですか?」 勝利が硬い表情のままロドリゲスに問いただした。 「可能性として、ありえるという話だね。今のところ、主人格の方が強いんだろうね。今、 コンラート君が戻ってきているのが、その証拠だと僕は思うけどね」 だから、症状が進まないうちに治療を開始したいというロドリゲスに、ダンヒーリーは、必死に 考えをめぐらしていた。・・・・やがて――― 「・・・・・・・・・・治療をお願いできますか?」 顔をあげ、ロドリゲスに深く頭を下げて、治療をお願いした。 「はい、わかりました。彼の体力がある程度戻ったら、退行催眠を掛けてみます。その前に、彼に 今回の事を話しますか?知らなくっても治療は出来ます。まだ子供ですし、ムリに自分の症状を 自覚しろとは言いませんが、治療の後、全てを思い出してしまう可能性があります。そうなると…。」 「わかりました。私から話します」 「それで、催眠療法の間、どなたか付き添いますか?」 「もちろん、父親である私が付き添います」 「俺もつきそう!俺は、兄弟だ!」 「ヨザックはダメだ。ダンヒーリーさんに任せるんだ」 「ショーリ兄!」 「ヨザ、勝利さんの言うとおりだ。これは、コンラートの人生をを左右する問題だ。いくら兄弟とは いえ、コンラートの心の奥底を覗き見ていいとは言えない」 ダンヒーリーに続いて、ヨザックも名乗り出たが、それは勝利と村田の双方から否定された。 唇を噛んで俯くヨザックを、有利がその肩を傷に触れないようにだいた。 「ヨザック、ここはダンヒーリーさんに任せよう。大丈夫だよ、ヨザ達の親父さんだろう?」 「ユーリさん・・・・・はい」 わかったと返事をするヨザックの頭を撫でると、くやしそうに俯くヨザックが有利の肩に頭を乗せた。 ポンポンっと、コンラートにするように、ヨザックの背中を叩く。 有利だって悔しい。できれば、立ち会いたい気持ちはある。でも、コンラートの全てを彼の意識のない ところで見聞きしてしまっていいのかというと?それはいけないことのような気がする。 「では、この件は、ダンパパとDr・ロドリゲスに一任でいいな?」 勝利が場をしめると、みんなが頷いた。 そして、3日後。コンラートの体力が戻ってきたところで、催眠療法が施された。 2009年 9月22日UP 催眠療法は、米国ではきちんとした資格があり、博士号まであるそうな〜。なお、催眠療法は 医師以外がする場合もあるので、催眠治療ではなく療法だそうです。そういった治療法があると いうくらいで受け止めてください。 うーん、前回ノリノリでかいてプロットから外れたんで、そのまま暴走中です。あぅ(TT) |