観用少女・Plant Doll
漆黒の魔王・黒曜の賢者 2




不機嫌な顔をした幼馴染が訪ねて来たのは、自分が旅立つ前の晩であった。

「馬鹿だと思っていたが、本当に馬鹿だったんだな。」

ぶすったした貌で、折角の男前が台無しじゃないか?しかも、きっと知ってから慌てて走って
きたのであろう?部屋に飛び込む前に、息を整えてきたのだろうけど、その長めの髪が風に
煽らせてボサボサである。

その髪を、手櫛で直してやると、ばつが悪そうにするものだから、ついついヨザックは笑って
しまった。二人は1歳違いの幼馴染で、ヨザックが22歳、コンラートが21歳。

ヨザックは天涯孤独の身であるが、コンラートには兄と弟がいる。しかも、彼はとある国の王子様。
しかし、大貴族の父を持つ他の兄弟とちがい、彼の父親は平民出の傭兵であった。

ダンヒーリー・ウェラーといえば、その世界では名高く、数々の困難なミッションをこなしてきた、歴戦の
傭兵であった。そんな彼に、女王である彼の母親が一目ぼれし、生まれたのがコンラートである。
その後、彼の活躍で国は戦争に勝利を、和平条約が結ばれて、5年前にその条約が破られるまで
安穏とした平和を手に入れた。

だが、その平和の立役者であるダンヒーリーは、戦争が終ると同時に、契約を一方的に解約されて、
国外追放されてしまった。女王の兄で、摂政だった男が、カリスマと軍事手腕を持つダンヒーリーが
妹の夫として迎えられ、自分の地位が危うくなるのを恐れた為である。

結局、ダンヒーリーは、国を追われたまま、次々と戦地を回りコンラートが13の時に戦死した。
その3年前に、ダンヒーリーに拾われたのが、ヨザックである。親を戦禍で殺されて、呆然と
していたところを、ダンヒーリーに助けられた。

彼は、国から息子を密かに呼び出しては、戦場でのノウハウを叩き込んでいた。まるで、その数年後に、
国のために息子が戦場に立つことを知っていたように。

ヨザックが拾われたのも、ダンヒーリーが、息子をを鍛え上げていた最中で、それを知ったヨザックは、
そのままダンヒーリーに弟子入りを志願した。

そのまま、3年・・二人でダンヒーリーを隊長として、戦場を駆けまわった。彼が死んで、国に戻る
コンラートについていった先で、彼が王子様だと知ったときには驚いたが、その扱いがまるで、王子
どころか空気のようで・・・そこにいるのに、いないように扱われて・・その事の方が衝撃であった。


その時、何故ダンヒーリーが彼を戦場に呼んだか解った。いつでも、彼が此処から飛び出せるようにと、
戦略と戦術のノウハウを通じて、生きるノウハウを教えていたのであると。

ヨザックは、表向きはコンラート付の従者として城に上がり、影からこの一つ下の幼馴染を支えてきた。
5年前、条約が突然破られて隣国が侵攻してきた時も、まだ16になったばかりという彼は伯父の手によって
最前線に送られた。曰く、王族が最前線で戦えば、国民の士気も上がろうと・・。

摂政はその戦いでコンラートが死に、悲劇の王子としてまつりあげて、士気を高めるつもりであったの
だろう?だが、彼の誤算は、コンラートが父から戦略と戦術・・そしてヨザックという右腕得ていた事だ。
なんと、初陣にして、コンラートは最前線で不利であった味方の部隊を勝利へと導いてしまったのである!

彼が父親譲りの・・いや才能という面ではそれ以上の力を有していると知ると、貴族達は手の平を返して
やれさすがは英雄の息子だとかもちあげて、最前線へと送り続け、自分達は安全な城の中で、安穏とした
暮らしを続けたのであった。

それでいて、一時の平和が戻れば、また用無しであるかのように、コンラートを扱った。だから、
母の為に戦い続けたコンラートも、平和条約をもぎ取った後、平和はもぎ取ってきてやった。
もういいですよね?後はご自分達でおやりなさい。そう、にっこり笑って、あの国を出たのであった。
王子という名ばかりの権利なども捨て去ってーー。

再三の帰還要請も無視して、幼馴染と共に、新しい人生を歩み始めるつもりだったのに・・・。

僅か数ヶ月で、幼馴染は再びあの国へと戻ると言うのだ。

それも、観用少女・・プランツドールに気に入られたが為に、黒曜の大賢者の身を買い取る金を
用意する為だという。

ばかだ!!相手は、人間ですらないのに!

今度の戦いは、双方総力をかけて戦う事になろう。その最前線だ・・。お金を得れたとしても、生きて
帰ってこれないのでは、意味が無いではないか!?

そんな、コンラートの内心を知っているだろうに、この男は嬉しそうに、賢者の事を話すのだ。

「俺さ、アンタの為に命を捨ててもいいって思っていたけれどさ、賢者ちゃんの為なら・・生きてもいい
かなって思うんだよね〜。」

だって、あの少年には、自分以外は必要ないのだという。

自分が側にいるだけで、意地っ張りで・・そして至福の笑みを浮かべるあの少年。
あれ程慕われ求められたことなど自分には無かった。そして、無条件で自分を慕うあの少年という存在が
待っていてくれる・・そう思うだけで、生きる活力が湧くなんてことがあるなんて、自分は知らなかった
のだ。

「俺、初めて自分が《意味ある存在》に、なった気がするんだ・・あの子がいるってだけなのにね〜。」
「・・・俺だって、お前を必要としているぞ。お前は大切な幼馴染だ。」
「あぁ、知っている。ケド・・俺はお前のたった一人にはなれなかった・・だから、悪いなコンラッド・・。」
「・・〜〜勝手にしろっ!」

どうしても、ヨザックの気が変わらないと、解ったのであろう。一段と不機嫌に一言云うと背中を向けた。
「コンラッド・・・。」
ヨザックも我ながら情けない声が出たと思ったが、出たものは戻らない。


「・・・酒・・」
「へ?」
廊下に出て、背中を向けたまま、コンラートが何かを呟いた。
「〜酒!ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ モンラッシェ!帰って来ないと、俺一人で飲むからなっ!」
「・・・・・って・・あれ!滅多にない上物の白ワインじゃ!」
言われた内容に、ヨザックが悲鳴を上げた。

「一滴たりとも残してやらないから・・」
ふふん!と、意地悪い幼馴染のせなかに、ひしっとしがみ付いた!
「まてまてまて!!あれだけは待ってくれ!かえる、即効で帰るから!頼むからそれだけは、俺にも
飲ましてよ、お願いコンラッド様!ねねね!」

自分の安月給では、絶対に手に入らない逸品なのだ。あれを飲むのを楽しみにしていたのに、一人で
飲んでしまうなんてあんまりだぁ〜〜!

「・・・・・じと〜〜〜。」
「・・・あ・・・・・。」

はぁ〜〜〜3っと、すっごく馬鹿にされタメ息をつかれて、ヨザックも引き攣る。いやだって、マジで
楽しみにしていたものだから・・・その・・つい・・ねぇ?


「一年だけ待ってやる・・・とっとと帰ってこい。」
「お?おおっ!」
「あの子も、余り待たせてしまうと枯れてしまうからな、その前に帰って来い。」
「あ・・そうだな。 −ーなぁ・・お前は、魔王のこと・・本当に引き取らない気か?」
「・・・・・・・・・・・・・あぁ、俺はもう誰かを・・心に住まわすのには疲れた。」

そう、元来この男は情が深い。だけれど、彼には本当に色々有ったのだ。求めては裏切られる。
それを繰り返して・・・彼は、本当に大事な者を作るのを止めてしまった。

どんない愛しても、愛されるとは限らない事を・・・彼は幼い頃から何度も突きつけられてきた。
無数の悪意に晒される日々。母親も、兄も彼を守ってはくれなかった。弟は彼を突き放した。

その事が・・・彼のトラウマになっているのだろう・・・・。

「コンラッド、あの子なら大丈夫だ。あの子はきっと、アンタの為だけに生まれてきたんだ」

と・・・・俺は思うぜ。

「・・・・俺は・・・・。」
「なぁ、もう一度だけ、あの子・・魔王にあって、確かめてみてはどうだよ?」
「いや・・・・もう、あそこには行きたくない。」

この男がここまで、言うなんて珍しい。もしかしたら、彼もまた、自分が賢者に感じたように、
魔王に何かを感じているのかもしれない。

「そうか・・まぁ、それも仕方ないな。いずれあの子も再び眠らされて、次の相手を見つけるかも
しれないしな〜?」

ピクンッ・・・

「隊長には、関係ないんでしたっけ?絶対に買わないんだもんな〜。」
「・・・買わない。」
「じゃぁ、平気だな。俺がいない間、賢者の様子見てやってくれない?」
「な!?なんで!」
「だって〜〜、愛しの賢者ちゃんが、気になるんですもの〜。グリエのお願い聞いてぇぇ〜〜ん!」
「な?」
「じゃぁ!よろしこ〜〜!」
バタン!!!(←有無言わさない)

目の前で、アパートのドアがしまった。呆気にとられるコンラート。しばし、呆然とした後、なにやら喚いていたが、
ヨザックは取り合わないでいた。やがて、悪態をつくだけついて、彼がドアから離れる。窓から、彼が雑踏に
消えるのを確かめると、ヨザックはもしかしたら、これが最後の彼にできる事かも・・などと、考えた自分の
馬鹿げた雑念を追い払う。

あぁいえば、律儀で真面目な彼の事だ。何だかんだで、自分のいない間に、賢者の様子を見に行ってくれるかも
しれない。その時に、魔王にも会うこともあるだろう・・・・。

彼ならば、本当に少し無理をすれば、あの魔王を買うことも出来よう。
なにせ、彼は司令官だったのだ。それなりの退職金を貰って、国を出たことは知っている。
一括は無理でも、何度かに分けて払うことは可能であろう。彼ほどの才能なら、何処の会社でも通用する。
きっと、あれよという間に、出生して魔王一人くらい養えるようになるはずだ。

「コンラッド、お前はこの街で、幸せになっていいって・・・あの国が滅びようが、それはお前のせい
じゃない。あの国の運命なのさ、それに殉じる必要は・・お前にはないんだからーー。」


もちろん自分もない、貰えるものを貰えば、とっととこの街に帰ってくるつもりだ。
その時は、とびっきりの賢者の笑顔が、きっと自分を迎えてくれる。

その時に、幼馴染と、あの魔王の笑顔もみれれば、言う事無しだな〜。








結局、ヨザックの思惑は成功したといえよう・・・


ぺったり・・♥ ♥ ♥


自分の背中に、おんぶお化けが一人・・・・。


「すみません、いい加減この子をどけて下さいませんか?」
「申し訳有りません。そうなったからには、てこでも動きませんので。」

動かす気もないくせにっ!!


にっこりと笑って、紅茶を勧める店主に、コンラートは内心の罵倒を、かろうじて飲み込んだ。

戦地へと向かった幼馴染の頼みを無下には断れず、結局南極、コンラートは週に一度は、賢者の様子を
見に来ていた。最初は、店の外から様子を伺って、知らん振りして帰るつもりであったが、ヨザックは
きちんと店側に、コンラートが賢者の様子を見に行くと伝えたらしい。

コンラートが通りから、店の中で働く賢者の様子を見て、踵を返そうとしたら、がしっと・・・肩に
手が置かれ、有無言わさずに笑顔魔人に店の中へと引きずり込まれた。

そして、コンラートが店に入った途端に、黒い旋風がまきおこり・・ぺったりと魔王がくっついて離れて
くれないのだ。

「まさか、人形屋がキャッチセールスまでするとは思わなかった。」

ぶつぶつ・・・・

「それこそ、まさかでございますよ。わたくしは、賢者の様子を見に来てくださったお客様に、紅茶の
一杯もいかがですかと勧めているだけですから。」

にこにこ・・と、その笑う顔がうそ臭い・・。

「だったら、これを、どうにかして下さい。」

これとは、先ほどから彼の背中にべ張りついている、おんぶお化けコト、観用少女、漆黒の魔王である。

「そのプランツは、お客様に懐いてしまっていますから、わたくしといえど、おいそれとは離せません。」
「だったら、いい加減、眠らせてあげれば、どうなんですか?」

ぴくん!!!と、背中の魔王が体を震わしたのが解った!イヤイヤ!と、背中で首を振る。

「あのな〜、いい加減、俺の事はあきらめてくれ。俺にはお前を養う余裕なんてナイんだから。」
イヤイヤと、再び首を振る。何がいいのだか、このプランツは、どうして自分を選ぶのだろうか?

「どうして、そんなに、この子がお嫌なのですか?」
「え?・・・」
「いえ、普通これだけ好意を示されて、プランツを嫌がることは余り無いものですから・・。」

逆は有るのですが・・・。

その言葉に、背中から降りた魔王も、心細さそうにコンラートを見る。

その目が、嫌われていたらどうしよう?そう不安で揺れていた。


「べつに、この子が嫌なわけではないです・・。」
「では、プランツがお嫌いで?」
「??いえ、きれいだとは思います・・。」
「では、純粋にお金の問題でしょうか?」
「・・・・・・はぁ、まぁ・・。」

でしたら、さらさらさらっと、短冊に値段を書き込む。
「これくらいならどうですか?」

そこには、驚いたことに62パーセントOFF

「えぇぇ!?なぜ!?」

「お客様は特別でございますから、ここまでプランツに慕われる方は、本当に少ないのでございますよ?」

たしかに、此処まで値引きされれば、手持ちの退職金で一括で買える。だが・・・。

「やっぱり、いい・・。」
ぼそ・・・・

があぁぁぁぁんん!!!!ヵ゙⌒Y⌒(оωоlll)⌒Y⌒ン...

見事に、顔を崩した魔王に、コンラートが一瞬度肝を抜かれる。

「あ、いや、ホラ、俺は面倒とか見れないと思うし、みすみす枯れさすと目覚めも悪いし!俺はサボテンも
育てられない男なんだ!!」」

何を思いっきり言い訳をしているのだろう

「餌は一日三回、ミルクを与えるだけ、週に一度の砂糖菓子、それだけでございますが?」
「う・・・」
「毎日綺麗な服に着替えさせ、あぁ、もちろんこれは自分で出来ます。バストイレのしつけも
済ませてあります。しかもこの子は、お客様だけを求めています。」
と、示された先には、大きなこぼれそうな漆黒の瞳を、ウルウルさせ訴えかけてくる小さな少年。


かってかってかって!キラキラした目で、漆黒の魔王は、コンラートに訴えかけた。

「・・・う・・ううう。」

しかも、

かってあげて、かってあげて、かってあげて・・・キュラキュラした目で、賢者までが並んで訴えてくる。


キラッキラッ!キュラララ〜〜〜。*:..。o○☆゚+。*゚¨゚゚・*:..。o○☆゚+。*゚¨゚゚・*:..。o○☆゚+。*


すくっ!!

だだだだだだ!!!!!

ばたん!!!



「おや?お逃げになりましたか・・でも、あの分でしたら、落ちるのも時間の問題ですね〜。」

さぁ、皆であの方を落しましょう!

おーーー!!!×2




「まったく、ヨザの頼みとはいえ、何で俺がこんな目に・・・。」
ぶつぶつ・・・・

マンションまで戻ってくると、一人の大柄な女性がコンラートの部屋の前で待っていた。

「お前は?」

コンラートに、最上敬礼を示す女性には見覚えがあった。フォンヴォルテール卿グウェンダル・・
コンラートの片親だけ同じ兄にあたる彼の私設秘書だという、アンブリンという女性だ。


フォンヴォルテール卿が、彼女をよこすなんて?嫌な予感が、コンラートの胸をわし掴んだ。



案の定、良い知らせという訳には行かなかった。敗戦が濃くなってきたという、だがそれは最早
コンラートには関係ない。名ばかりの王子という肩書きも捨ててきた。

戦いたいなら、自分達が戦えばいい!今まで、コンラートに押し付けて、城でのうのうとしていた連中が!
実際に、そう言った連中も出ざるを得ないという状況だ。そこで、やっと己の国のおかれた立場が
わかったらしい。だが、それは遅かった。もはや、半分自分達の国が落ちかけている中で、気づいた所で
能無し貴族達にはどうしようもない。

それどころか、敗戦色が強くなると、我先にと国を逃げ出す馬鹿共も多い。摂政のシュットフェルなどと、
自分の事は棚に上げ、こうなることが解っていて、コンラートは逃げたのだといって、騒いでいるが
散々コンラートを使うだけ使って、踏みつけてきたのだから、何を言うかというところだ。


国内では、コンラートが国を出た経緯は、広く知られている。
それに、コンラートは平和条約をもぎ取ってから、国を出たのである。それを維持できなかった罪は、
女王と摂政にあることも、そしてとうとうここにきて、二人の退陣が民から沸きあがってきた。
外から隣国が、中から平民達がシュットフェルをせめたてた。

「そこで、俺にもどれって?」

コンラートは、アンブリンに皮肉気に聞いた。

それに、彼女は封筒を差し出した。

「これは?」
「グリエ・ヨザックへの、契約金です。これで、賢者をお買い下さい。そしてこれは、」
彼女はもう一つ、包みを渡した。少し大きめの包みを開けると、微妙な形のアミグルミ?

「閣下が編んだ獅子でございます。」
「獅子??・・・・これが・・か?」
見てくれは、どう見てもぶた猫・・・せめて鬣が欲しいな・・とコンラートは思って・・???

「い・・いま、フォンヴォルテール卿が編んだって!?」
「はい、編み物が趣味でございますので・・。」
「し・・知らなかった・・・・・。」

あの強面の男が、編み物?しかも、編みぐるみを作ったなんて?

「閣下からのご伝言です。」
「?・・なんだ?」
「決して戻ってくるなと・・・。」

・・・・・・・・・・・・・え?


「この国は負ける、決して戻ろうとは思うな。この町で静かに暮らして欲しいと・・それが、お兄様
からの伝言です。」

「・・・戻るな?此処で暮らせって・・・。」

「貴方が充分に国につくして下さった事は、お兄様はちゃんとお解かりです。それなのに、自分の力
及ばず、貴方様に辛い思いをさせたことをいつも悔んでおいででした。」


アンブリンは、大きな茶封筒を出した。そこには、彼が今いる街の郊外ではあるが、一軒家の権利書で
ある。グウェンダルが彼女に手配させたものだと言う。国が傾きかけている時だ、口座はいつ止めら
れるかわからない、だから、グウェンダルは、換金率の良い金塊を彼女に託し家を手配したのだと言う。
そして、これが彼女の私書としての最後の仕事、グウェンダルは彼女にも、最早戻るべからず。
そういって、家族と共に国を脱出させてくれたのであった。

「そしてこれは、お母様からです。」
そういって、彼女が取り出したのは、母親の首や耳を飾っていたお気に入りの宝石たち。

すでに、奸臣どもは国外に逃げたという。伯父のシュットフェルは、王である妹を連れて逃げようと
したが、彼女は最後は国と共に果てる覚悟をして、一人誰もいない城に残った。そして、コンラートの
元へと向かうと言う彼女の元にかけてきて、素早く身につけていたものをはずして、頼んできたのだ。

どうか、これを息子に渡して頂戴、こんな事しか出来ないけれど、これでコンラートの必要なものを
買ってあげて。

「はは・・うえが?・・はっ!ヴォルフラムは!?」

「ヴォルフラム様は、国外に亡命するようにと説得されましたが、それを拒んで出兵されました。」
「ヴォルフラムがか!?」
「はい、コンラート様は、今のヴォルフラム様よりも若いときに、初陣を飾りました。ですから、
自分も行くと申されて・・・。」


・・・あの、我が儘ばかり言っていた弟が?


「それから、これは口止めされて、いたのですが・・・。」
アンブリンは、少し躊躇すると、やはりこれはコンラートが知っておくべきことだからと、その知らせを
彼に教えてくれたのだった。


「・・・な・・なんだって?ヨザが・・・。」





カラン・・・

どっぴゅ〜〜ん!!! どす!! ぺったし・・・♥♥

今日も、コンラートがドアを開けると、魔王は何を感知するのか?奥から飛んで来て、コンラートに
飛びついた。全身から、すきすきオーラを撒き散らし、その腹に顔を埋めて、ぐりぐりっと、額を
こすり付けている。

「やぁ、今日も元気そうだね?魔王。」
「!?」

魔王は弾かれたように、コンラートを見た。薄茶の瞳に、不思議な虹彩がキラキラと輝き、優しい微笑を
浮かべていた。いつもは、迷惑そうに離れろといわれるのに・・もしかして?


とうとう、買ってくれるの?


「店主、賢者を呼んで頂けますか?」
「賢者ですか?」
「はい、今日は賢者を買いに来ました。」
「・・え?・ですが、賢者は・・。」
「はい、今日はグリエの代理です。」

奥から賢者が呼ばれ、コンラートに勧められて椅子に座った。コンラートは、ふと、所在無くたたずむ
魔王に気付いて、おいでと手招きをする。おずおずと近づいてくる小さな少年を、コンラートは引き
寄せて、膝の上に座らせた。

「俺は、店主と大事な話をするから、大人しくしていてね?」
頭をなでられて、魔王はコクコクと頷く。うっすらと、頬が赤く染まっているのは、近くで見た
彼の笑顔はやはり素敵で、魔王は胸がどきどきしていた。・・・ようは・・たらされたのだ。

「それで、いかほどで賢者を売っていただけますか?」
「お客様が、お買い求めになるのですか?」
「言ったでしょう?俺はグリエの代理です。買うのはあくまでも奴です。俺が買うのは・・」

コンラートが、膝の上に乗せた少年に、優しく微笑みかけた。

「俺が買うのは、この子です。」
「!!??」

「二体一緒に買われるのですか?」
「えぇ、一括でお願いします。それと、彼らに必要なものも揃えて下さい。」
「はい、かしこまりました・・でしたら・・。」
サラサラと書き込まれた金額に、彼は首をかしげる。

「これは・・いいのですか?もともとの一体分の値段に思えるのだが?」
「はい、二体一度にですから、その分勉強させていただきました。」

コンラートは頷くと、懐から現金を取り出して、店主に渡した。

「さて、これで二人は自由だ。それで、ここからが本題だよ。二人ともよく聞くんだ。」


「俺はこれから、本国に戻り出兵する。」
「?」

意味が解らないだろう魔王に、コンラートは噛み砕いて説明しなおす。

「だからね、俺は生まれた国に帰って、戦争に行くんだよ。」
「!?」

今度は意味が解ったらしく、イヤイヤと激しく首を振る。

「聞いて!いい子だから。今、俺の国は隣国に攻められて負けそうなんだ。負けるとね?あの国は、
無くなって、隣の国の一部にされてしまうんだ。俺の母親は、あの国の女王なんだから、殺されてしまう
だろう。王子である兄弟も・・。そして・・ヨザックも・・。」

がたん!!
大きな音を立てて、椅子が倒れた。賢者が、自分の買い主の青年の名前をきいて、立ち上がったのだ。
その不安に揺れる目を、コンラートは真っ直ぐ見ると、大丈夫だというように、微笑んでみせた。

「ヨザックは、敵に捕まっている。俺は助けに行く・・賢者、大丈夫だよ。かならず、彼を連れて帰る。
君の大事な人は、俺が必ず君の元に届けるよ。だから、君は、俺の大切な子のこの側にいてあげて
くれないかい?」
「?」
「郊外に、一軒家を用意した。そこで二人で暮らすのもいい。ちゃんと、メイドもつけよう。二人が
いやなら、ここでお世話になって待つのもいい。その間の君達の食事代と世話代は出そう。」

二人で決めなさい。

「あ、店主すみません、勝手に話を進めてしまって・・。」
「いいえ、ところで本当に戦地に行くのでございますか?」
「はい、これでも、指揮官としては優秀なんですよ、おれ。」
「存じています。ルッテンベルクの獅子といえば、その世界では高名な方とお聞きしています。」
「・・・戦争でついた名です・・誇れるものではありません。」
ふっと目を伏せるコンラートの顔にかげりが落ちた。

くいくい。魔王が服を引っ張った。

「うん?決まったかい?」

うん、おれたち、コンラッドのおうちにいく。

「そう、家に行くかい?わかった、では、必要なものを用意してもらって、早速行こうか?」
「??お客様?もしや、魔王と話しておいでになるのですか?」
「え・そうですけど??」
「いえ、実はグリエ様も賢者と会話が出来ると言っていたものですから、そうですか、やはり、
ウェラー様も魔王と話が出来るのですね?」

「・・?もしかして・・」
「はい、わたくしには、プランツの声は聞こえてません。」
「俺にだけ?」
「はい、本当に心を通わせた方でないと、通じないようですね。」
「心を・・?・・そう・・ですか?」

にこぉっと、とても幸せそうな笑顔で、魔王がコンラートを見る。

「ユーリ・・、ねぇ、ユーリって名前はどう?」

ユーリ?

「夏に生まれた子供は、暑い盛りを乗り切るから強い子に育つ、俺の国ではね、7月の事をユーリと
いうんだよ。君と出会ったのも、7月だからね。」

ユーリ!おれユーリって名前なの?

「うん、気に入った?」

うんうん!ありがとう!コンラッド!

きゅうぅぅっとしがみ付くと、コンラートが初めて抱き返してくれた。



それから、穏やかに1週間ほど、その家で過ごした後、コンラートも戦地へと向かった。



「もし、俺が死んだら、この家と財産はユーリに相続させます。もし、彼が他の誰かを気に入るような
ことがあれば、その人とあの家で幸せになるようにと・・。」

この街を離れる前に、コンラートは人形屋を訪ねて、そう言った。

「いいえ、、ウェラー様。もしもとはいえ、そんな事を仰るものではありません。観用少女は、ただ一人
のための花。あなた様が戻らねば、彼は枯れてしまいます。ですからーー」

必ずお戻り下さい。

「・・・・・わかりました。」
「わたくしも、ミルクを配達するたびに、彼らの様子を見るように致しましょう。」
「すまない・・よろしくたのみます。」
「はい、御武運を。」
それに頷くと、彼は再び戦争の地へと旅立っていった。



その町の郊外には、小さいながらも手入れの行き届いた家がある。
そこに住むのは、可愛らしい黒髪の少年達。彼らはそこでただ一つの約束を守っている。


「ここで、待っていてね。」

大好きな青年が残したその言葉をーー


そうして、ただ一人の人を待っている。


今も、そこでーー。




10月7日UP 観用少女2です。観用少年と書くべきかもしれませんが、あえて少女でお願い〜。
はいな・・まだ続いてますよ〜。あははは。