観用少女・Plant Doll
漆黒の魔王・黒曜の賢者 |
この街には、手に入らないものはないというーー。
「ほう・・これが観用少女・・プランツドールか?」 「成程、どれも美しい顔をしている」 「有難うございます。」 「だが、僕が買うからには、最高級品でなければならない!この、フォンビーレフェルトの家名に 恥じぬ一品でなけれればなっ!店主!この店で一番高い人形を出せ!」 ふん!と胸を張ってふんぞり返る金髪美少年に、店主はおやおやという目を向ける。 「失礼ですが、お客様は観用少女は、初めてお求めになるので?」 「・・?そうだが?何か問題があるのか?」 店主の男は、さようですか?・・と少し考えて・・一人の眠れる少女人形の前につれてきた。 「では、こちらなどいかがですか?気性は優しく、初心者にも育てやすいタイプでございます。 もちろん、名人の称号を持つ職人の逸品でございますので、ご安心ください。また、こちらの タイプですと歌を歌いますので、お値段は少々張るものの人気がございます。」 「・・で・これは一番高いものか?」 「いいえ、ですが・・。」 「僕はこの店で一番高いものをといった!」 言いよどむ青年店主に、客である少年は、少しイラついた口調で言い募る。 「では、こちらでございます。」 そう言って、店の一番奥に飾られていたのは・・漆黒の髪・象牙の肌をもつ明らかに今までとは違う プランツ・・。目を閉じたままでも、その美しさは際立っていた。しかも、二体だ。 「こ・・れは・・あきらかに、前のと違う・・すごい!」 「おや・・お客様わかるので?」 「馬鹿にするな!僕は、幼少の頃から絵を嗜んでいる。こういった物には目が利くんだ!」 「これは失礼。こちらは、名人中の名人・白い魔女の作品です。」 「白い魔女?」 「えぇ、名人の称号を持つ者の中でも、特に素晴しい作品を作る職人です。その名人が久々に世に 出したのが、この二体・・・漆黒の魔王と黒曜の賢者です。しかも、観用少女中、初めての 少年タイプでございます。」 「ほう!初めてか!?それはいい、よし、これを貰おう!」 「はい・・と申し上げたい所ですが・・。」 「なんだ?金ならあるぞ。僕は貴族だしな、庶民風情に買える物が、僕に買えないわけがない!」 「いえ、この位の質になると《選ぶ》のでございますよ。」 にっこりといわれたその台詞に、数瞬置いて意味が判ったのであろう。少年がワナワナと震える。 「まさか、観用少女ごときが、買い主を選ぶだとぉ〜〜?」 「はい左様でございます。真に残念ではございますが・・お客様は選ばれなかったようですね〜。」 ピクリとも動かない二体を見ながら、人形屋は言い切った。 少年はふざけるなーー!!!と叫ぶと、どたどた!と靴音も高らかに、店を出て行ってしまった。 「やれやれ・・気の短い御仁だ。あれでは、どんな少女も目を開けてはくれませんよね〜。」 なにせ、観用少女の栄養は、愛情なのだから・・・。 この世のものとは思われぬ美しい姿をし、 ミルクと砂糖菓子と愛情で育つ“観用少女”。 その中で一番不可欠な栄養が愛情である。よって少女達は、己をゆだねるべき相手を・・・人を 選ぶのだ。愛される事で輝きを増し、愛を失うと枯れてしまうプランツ。天上の微笑みをもつ 彼女らに魅入られる者は多い。だが、どんなに人が愛しても、波長があわないと彼女たちは 目を覚ましさえもしない。 人形達は眠りながら待つ・・自分を愛してくれる・・ただ一人のその人を・・。 「あれ?たーいちょ?どうしたんです?こんな所で立ち止まって?」 薄茶の少し長い髪を、風に遊ばせながら、精悍な顔立ちの青年は足を止めた。一緒に歩いていた はずの彼が足を止めた事により、オレンジに鮮やかな髪に青空色の瞳なんて派手な色を持つ 連れの男も一緒にとまざるを得なくなる。 「あぁ、これがフォンヴォルテールが言っていた観用少女なのかと思って・・。」 釣られて、連れの男もその視線の先を見る。町の一角に中国系(?)の象の飾りなどを施された店。 そのショーウィンドゥには、レトロなドレスで綺麗に着飾れた少女が眠っていた。 「観用少女??・・・あ〜〜、話だけは聞いたことが・・へ〜〜これがね〜?」 「何でも生きているらしい・・貴族のたしなみだとか言って、フォンビーレフェルト卿が買いに 来て、見事フラれたらしいよ・・・それで、城で暴れまわって大変だったと。」 「ビーレフェルト卿ね〜、あの坊ちゃんなら少女(プランツ)なんていらないでしょう?ご自身が 正当派美少年なんだしね〜。」 「・・そうだな・・。」 大の男が二人して、可憐な少女の前で足を止めて見ていると 「よろしければ中で、ご覧になりますか?」 その時、にっこりと、店主らしいチャイナ服を着た青年が店への扉を開けた。 それが・・二人にとって新しい世界への扉が開かれた瞬間であった。 「ふへ〜これが観用少女?いやん、かわい〜い。た〜いちょ!グリエに買ってぇん!」 いきなり、しなを作った筋肉男に、流石の店主も、ちょっと引いている。 「ヨザ・・無茶言うな。これはどれも、目玉が飛びれるくらい高いものだぞ。俺たちが 買える様な者ではないよ。」 「へ〜、ちなみに、いか程なんです?」 ヨザックが面白そうに店主に聞くと、さらりと手元の短冊に書かれた金額を見て、ヨザックの 目ん玉が飛び出た! 「うひゃ〜〜、本当に俺たちじゃ絶対に買えないわ。・・あ・・・すみません、客でもないのに こんなに美味しい紅茶まで、ご馳走になっちゃって〜。」 明るく言うヨザックに、店主は、こちらからお声を掛けましたので・・と、にこやかに答えた。 「・・あぁ、そうだ。数日前に、金髪の美少年が買いに来ませんでした?なんか、フラれたって 聞いたんですけど?」 「あぁ、あのお客様の知り合いで?」 「いや、俺じゃなく、こちらの隊長の弟さんなんですよ〜。」 「ヨザ!余計な事を言うな!」 「お兄様で、いらしたんですか?」 「いや・・母は同じだが、俺は所謂庶子でして、大貴族を父に持つ彼には、兄弟だとは 思われてないんですよ・・。」 ふっと、青年の貌に翳りが走ったのを、店主は見逃さなかった。 「折角ですからご覧になりますか?弟さんをフった魔王と賢者を・・。」 「魔王?と、賢者??」 そう言われて伴われたのは、店の一番奥。王座のような椅子に、その少年は座っていた。 「この少年(プランツ)が漆黒の魔王です。」 まるでマントのように、黒い衣装に真っ赤なケープを纏った少年が魔王? 「そして、こちらが黒曜の賢者です。」 隣には、知的な顔をした少年がローブのような衣装を着ていた。やはり衣装は黒。 「この二体は、白の魔女と呼ばれた名人が数年ぶりに世に出した逸品でございます。ただ・・ご存知 かもしれませんが、これだけの質になると、選ぶのでございますよ・・自分を買うべき相手を・・。」 「選ぶ?」 二人がぱちくりと顔を見合す。 「ただ、中々この二人は気難しい性質でして・・中々・・。ご所望するお客様は多いのですが、 目を開けもしな・・い・・?・・」 と、言いかけた店主の言葉が不自然に切れた。なにやら、あちゃーー!というような顔をしている。 なんだろうと思った瞬間、腰の辺りに何かが飛びついてきた? 「何だ?」 コンラートがびっくりして後ろを振り返ると、真っ黒な髪の毛とつむじが見えた。 「まさか・・人形が?」 そう、先程まで椅子に座ってたはずの魔王が、しっかりとコンラートの腰にしがみついていた。 「店主、これは?」 当惑気味に、コンラートが、にぱっ!!と人懐っこい笑みを浮かべる魔王を指差す。 その間にも、魔王はマーキングするかのように、ぐりぐりぐりっっと、額をコンラートの腹に 擦り付けている。まるで、仔犬のようだ。 「あ〜はい、たまにおられるのですよ。人形と波長があう方が・・私共は相性が良いと呼んで いるのですが、無条件にプランツに懐かれる方が・・そうですか・・お客様はプランツと 相性がよい稀な方でしたようでー。」 やれやれこまった・・といわれ、困っているのは自分だ!とコンラートは思った。 なにせ、魔王はしっかりと自分の腰に引っ付いて、離してはくれないのだ。 「うわぁ〜、さすが夜の帝王!観用少女も、たらしこむなんて〜。」 面白そうに、にしゃりと笑っている幼馴染に、コンラートは怒声を浴びせる。 「面白がってないで引き剥がしてくれ!」 「え〜〜おもしろいのに〜〜。」 「ギロ!!」 「ひぃぃ!わかりました。今引き剥がして・・うん?」 ついつい・・と、服を引っ張られて振り向くと、漆黒の瞳が悪戯っぽく自分を見つめていた。 「ありゃ?」 ヨザックは思わず《コレ》が、元いただろう場所を見る・・並んで座っていた少年の姿はなく、 主が去った椅子が二つ並んでいるだけ・・・つまリ・・これは? 「はぁ〜、魔王に続いて、賢者まで起きてしまわれましたか・・どうやら、お客様達は 選ばれたようで・・。」 「「は??」」 ・・・・えらばれた?選ばれたって事は、まさか買わなくちゃいけないんじゃ? 「げげげぇ〜!、無理無理無理!隊長は兎も角、俺の安月給じゃ観用少女なんて無理です!!」 「俺は兎も角って何だ!俺だってこんな馬鹿高い物を買うわけがないだろう!」 「だって、隊長、正真正銘の王子様じゃないですか!買えるでしょう?」 「だから、俺は王子とは名ばかりだから、お前らと一緒に最前線に送られたんだろうがっ!無理だ!」 「でも、お母上なら買ってくださいますよ。」 「この年で、母親にねだれと?そんな、みっともない事できるか!?俺は絶対に!こんな物は 買わないからなっ!!」 ふにゅぅぅ〜〜・・・ 「げっ!」 「うっ!」 コンラートが叫んだ途端に、魔王は泣きそうな顔をした。とても哀しそうな・・。 それを、賢者が、一生懸命慰めている。だが、その賢者も泣きそうな顔だ。 「はぁ〜こまりましたな。折角、魔王と賢者が起きたのに・・本当にお買いにならないので?」 「あぁ、買わない。それに、コレだけの姿をしているのんだ。良い買い手がすぐに見つかるだろう。」 「それがですね・・一度目覚めた観用少女は、他のお客様には目もくれないようになるんです。」 「「・・・・・・・・。」」 「あの〜〜それって、俺以外、他の誰かじゃダメって事っすか?」 恐る恐るヨザックが聞いてみると、 「はい。」 という、あっさりとした答えが・・・。あぅ・・。 「じゃぁ、俺が買わないと、この子は?」 「一応、もう一度眠らせる事も出来ますが、それにはメンティナンスが必要ですし、それに・・・ この子達は今まで、目を覚ました事すらなかったのです・・それがこのように懐くなどというのは、 もう、無い事かもしれませんね。何分、観用少女の栄養は愛情ですから、相性の良い方の元でないと 育たないのです。そして、愛をもらえなければ。いずれ眠りながら枯れてしまいます。」 枯れる?この、愛くるしい少年たちがか?? 「・・・ヨザ帰るぞ。」 「え・隊長?」 コンラートは、すっと屈むと、魔王の頭をなでる、すまない・・そう言って店を出てしまった。 ヨザックも慌ててそれを追おうとするが・・・ふと、賢者に目をやる。 まるで捨てられた子供の目だ。 だが、自分にはどうしようもない・・ どうしようもないけど・・。 ヨザックは、どうしても、その目を忘れる事ができなかった。 「行ってくれるのか?」 「はい・・その代り報酬は、馬鹿高いですよ。」 ヨザックは、濃灰色の長髪の青年将校に、何せ俺は敏腕なものですからっと、自分の能力の高さを アピールした。将校は致し方ないと、眉間に皺を寄せながらも了承した。 確かに、目前にいるオレンジ髪の青年の能力は高い。敵の戦力・配置・作戦など彼でなくては 探り出せない事は多い。 「観用少女・・賢者か・・たしかに、かなりの高額な買い物だが・・・まぁ、いいだろう。」 「さすが親分!話がわかるぅ〜!」 「だが、お前が戻るまでに売れてしまったらどうするんだ?」 「はい?その時は、買い戻しますよ・・どんな手を使ってでもね・・でも・・。」 あの子は、絶対に待っていてくれます。 「こんちわ〜。」 ひょっこりと、ヨザックが顔を出すと、店の店主は、やはりという顔をした。 「いらっしゃしませ、賢者がお待ちかねですよ。」 そう、笑顔で告げられると、へへっと、ヨザックは照れ笑いをする。 「でも今日は、まだ買いに来たわけじゃないんですがね?」 「まだ・・ですか・・?」 「えぇ、まだダメです。」 ふむ・・と、店主の青年は、考えると。・・。さらさささらりと、短冊に数字を書き込み 「何ならローンも承りますが?」 と、勧めてみた。 「あはは、アンタいい人だね・・ローンではなく一括で買うから、ちょっと俺の相談に のってくれない?」 にしゃりと笑う男の顔は、どこか覚悟を決めた・・秘めたものを感じた。だから、店主は即答する。 店のプランツたちを、望んだ人の元に送り出すのは、彼の役目だ。 「はい、なんなりと・・でも、その前に賢者に会ってあげて下さい。」 にっこりと笑うと、奥を指差す。そこには、賢者がいるはずである。 「いいんですかい?俺はまだ買えませんよ?」 「えぇ、でも、お買いになるのでしょう?」 「・・えぇ、、もちろん!」 どん!っと、腰に衝撃が来た。 「こら・・俺の細腰を折る気かい?賢者ちゃん?」 見なくてもわかった。賢者が、その小さい身体一杯に嬉しさをたたえて、ヨザックに抱きついて きたのだ。それでも、ぎゅぅぅっと細い腕で彼に抱きつくのを、ヨザックはその小さな手に 自分の大きな手を重ねた。 「で、物は相談なんだが、俺がこの子を迎えに来るまで、ここで預かってはくれないかね?」 「それは、構いませんが・・?でしたら、やはりローンを組んでこの子を連れて帰って くださっても?」 「それが無理なんだわ、俺、これから戦争の最前線に戻るから。」 「・・は・?・・それは・・」 さすがに、これは・・店主も想像しない言葉だったらしい。 この街で・・いや国では、もうかなりの長い間戦争など起こってはいない状態だった。 「俺の国、今、戦争していてね〜。といっても、戦争しては休戦しての繰り返しで、もう5年かな? 俺と隊長・・、魔王が気にいった奴ね。二人とも散々最前線を回ってきたんだけど、流石にね・・ 一応休戦になったところで、軍を辞めてこの街に来たんだけど・・・・ね・・。」 「今度休戦が破られたら、一気に決戦になるだろうからって、俺たちに戻るように依頼がきてね。 断っていたんだけど・・・・これに勝てたら・・・この子を養えるだけの金になるんですよ。」 すると、賢者がぶるぶると首を振る、そんな事はダメだと言っているようだ。 「でも、そうしないと、俺みたいなのが、賢者ちゃんを買うことは出来ないんだよ。」 すると、今度は店主のほうにって、何事かを訴えている。 「賢者ちゃん?」 「どうやら、この子は、自分を再び眠らすようにと、言っているようです。」 どうしますか?視線だけで、店主が問うのに、ちょっとだけヨザックも考える。 「そうっすね〜。俺も何時帰って来れるか解らないし、一度眠らしたほうがいいかもね?」 でも・・・ 「俺は必ず、迎えに来るケドね〜ん!」 キッ!!と、賢者はヨザックを睨みつけると、ポカポカと力いっぱい拳を叩き付けた。 「うわぁ!ちょっと、賢者ちゃん!タンマタンマ!さすがに子供の力とはいえ痛いって!」 その腕をつかむと、そっと握った拳を両手でくるむ。 「ほら、こんな華奢な手で人を殴ったら、手を傷めちゃうでしょ?」 キミは馬鹿? 「あれ・今・・声が?・・・はっ!・もしかして、賢者ちゃん?」 じっと見つめる目が、何かを語っていた。 「声でございますか?私には何も聞こえませんでしたが?」 「あれ?プランツって話さないの?」 「あらかじめ歌うようにと設計されたものでないと、育てている内に言葉を覚えて話すようには なりますが、自分の意思で色々話すとなると、例外が少しありますが・・」 「例外?」 「まれに、育ったプランツが話すことがございます。」 「プランツって育つの?」 「最悪な場合育ちます・・。」 「なんで、いいことじゃないのかい?」 「とも、言い切れないのです・・・。なにせ、育つかもしれませんが、枯れるかもしれないのです。 それでも、最高の愛情を与えられ続けたプランツは、育ち、話す事もございます。でも、この状態で 話すなんてことは・・?」 「賢者ちゃん?なんか話してみて?」 ぼけ・・ 「・・・・今・・ボケって言いました?」 「いえ、私は。・・もしかして、何か聞こえたのですか?」 「アンタは聞こえなかった?」 「はい、何も・・。」 ・・・・・・・ということは〜〜?もしや、俺にしか聞こえてないとか? だとしても・・・ 「いや〜〜ん、賢者ちゃんったら!お口が悪い〜。」 くねくねと、しなをつくると、ぎゅっと抱きしめた! うわぁ〜〜君なんなんだい!?おかま?おかまだったのか? 「ちょっと、賢者ちゃん、グリエは敏腕諜報部員で、オカマじゃないのよ〜。」 だったら、しななんて、つくらないでくれ〜! 「え〜〜、ひっど〜〜い、これでも、グリエモテモテなのよ〜〜?」 「・・お客様?もしや、賢者と話しているのですか?」 「う〜〜ん、みたいだんね、この子の声って俺にしか聞こえないみたい。」 「・・その様な事、初めて知りました。」 さすがは、白い魔女の逸品ですね〜と、人形のスペシャリストである彼までが感心している。 それだけ奥が深いものだと、説明してくれた。 「それで?賢者ちゃんは?俺を待ってはくれないのかな?」 にこにこにこ・・・ どうしても行くんだね・・・。 「うん、俺も賢者ちゃんが気に入ったからね。愛に障害はつき物でしょ?」 馬鹿だよ・・・プランツのために命を投げ出すなんて 「いいじゃん、愛に命かけるなんて、かっこいいじゃないっすか〜?」 ヨザックは、よっこらっと身を屈めると、賢者の顔を覗き込む。 本当に死んだら大馬鹿さ! 賢者は、小さな身体を、目の前で馬鹿みたいに幸せそうに笑う男にぶつけるように飛び込んだ。 細い華奢なうでが、男の首にまわりきゅううっと縋りつく。 「本当には死にませんよ〜、だって、賢者ちゃんが待っていてくれてるからー」 当たり前さ!君みたいな、お気楽で自分勝手な奴、待てるのなんて僕くらいなんだからねっ!! 「そうですか?」 そうだよ、感謝してよねっ!仕方ないから、帰るまで待っていてあげるよ 「そうですか、それは感謝しないといけませんよね〜。」 ほんとうだよ・・・ 「ですね・・だったら、待っていてくださいね・・俺が迎えにくるまで・・。」 「お〜い!人形屋、頼んでおいた白雪のドレスは入ったか?」 「これは、お客様・・えぇ、先日届きましたよ。いま、奥から持ってこさせますから。」 店主は、奥に声を掛けると、自身は客のために、紅茶を入れる。 このお客は、此処の常連で、この町で宝石商を営んでいる。白雪と言うのは、彼の観用少女であり、 今日は彼女に似合うドレスを注文してあったのを、取りに来たらしい。 この、江戸っ子とナニワ商人と中国人の血の混じった生粋の商人は、こと自分の観用少女の事に なると、ねじが一本飛ぶ、今の店主の青年を捕まえて、うちの白雪のどこが愛らしいとか、綺麗だ とか並べ立てている。 店主も、すっかり茶飲み友達と化したこの男相手では、いつもよりくつろいで応対している。 そこへ、大きな箱を持った少年が入って来た。 「あれ・・人形屋?おまえさん、店員でも雇ったのか?」 「いえ、彼は預かり物でして・・・買主が迎えに来るのをここで待っているんですよ。」 「買主・・ってまさか!?」 そのとき、テーブルに荷物を置いた少年が、顔を上げた。それは、とても美しい顔立ちでーー 「この少年・・観用少女(プランツドール)か!?」 ガガガガガッ!!! 機関銃の音が荒れ狂う中、迷彩服を着込み、オレンジの髪を同じ柄のバンダナを巻いて隠した格好で ヨザックは、激しい戦闘で瓦礫と化した市街地を走り抜けていた。 「ち・・全く、今度の司令官はつかえねぇな・・だから、貴族のボンボンはダメなんだよ。」 一人愚痴りながら、ベストから手榴弾を取り出すと、ピンを抜いて思いっきり投げ込んでやる。 爆発音と共に、物陰から飛び出して走る。本体とはぐれたのは、まずった!それもこれも、指揮を する、ぼんくら貴族が、敵の陽動とわかりやすい挑発にのって下さったからだ。 折角、自分が敵の配置情報などを掴んできても、運用するほうが馬鹿ではどうにもならなかった。 案の定、囲まれた彼の部隊。ヨザックは仲間をたすけるために、一人囮となって退路を作ったのだがー 「いや〜〜、そこまでは、俺様ってば、カッコ良かったんだけどね〜。」 自分一人、この地区に残されてしまったようだ。 援軍要請はしたけれども、来るまで自分はもつ事は出来るのか・・? ふっと・・脳裏に意地っ張りな笑顔を思い出す。 真っ黒い瞳を潤ませながらも、自分をずっと待つといってくれた、少年・・。 「いけね、俺はまだ死ねないんだった。賢者ちゃんが待っているから。」 初めてだ、自分ではないといけないなんて、求められる事はーー。 自分はしがない一兵卒で、戦場では貴族の家の坊ちゃん達の盾になる事を共用されたこともしばしば。 向うは何代も続くお家の坊ちゃんで、自分を何処の馬の骨とも知れない身でーー。 ずっと、取替えの聞く部品のような扱いであった。 その自分を、彼ではないとだめだという存在が現れた。 そう、彼には自分でナイといけないのだ。自分はこの世に一人で、換えはきかない。 「だから、必ず戻りますよ。へへっ」 その時、カチッと銃のセーフティーが外される音が事情からした。 反射的に振り返った先には、真っ黒い銃口を自分に向けている敵兵。 だめだ!・・だって自分は・・帰るのだからーー 拭き荒む風が瓦礫の街を通り抜ける。 その音に混じって、パーン!という乾いた音が一発、瓦礫に響きわたった。 黒髪の少年は、その理知的な瞳を、扉に向けた。 そう、彼は待っている。ここでーー 夕焼けと青空の、二つの空の色を持つ男が、その扉をあけて、自分を迎えに来る日を。 「おまたせ〜、迎えに来たよ〜。」 そういって、もう一度彼がこの扉を開けてくれたら、自分は彼とここを出てゆくのだ。 新しい世界へと・・ 風が、ふわりと少年の頬をなでた? ヨザック? 一瞬、待ち人の声が聞こえた気がした?いや、そんなはずはないか・・・ 彼の人が帰るのは、まだまだ先の予定だ。 その日まで・・僕はずっと待っているよーー 2008年10月30日UP リクエストにあったプランツドールです。コンユとユコンでしたが、まずは、コンユというか ヨザケン発進です。うふ・・うちは、コンユがあるとヨザケンがセットなんです。 |