今日から『ママ』のつく 10
思ったとおりだ、月夜に浮かび上がる肢体のなんという艶かしさだ。走り回っって、しっとり汗をかいた肌の感触は、
また一段と男の嗜虐心を煽った。指先に下着の紐が当った。これだけの美形だ、どうせならじっくりと視姦しながら
脱がしてやろう。いかにも、好色そうに笑うと、馬乗りになり、女のドレスに手をかけたとき・・。
カチッ。
頭上で軽く音がしたかと思ったら、次の瞬間、首に何かが巻きついた。ぎゅうっと締め付けられていることに気づいて上げた
視線の先には、しっかり目を開けている女の顔が! コンラートは、ブリーゲル卿ハーラルトが近づいた気配を察知すると、
気づかないふりをして、奥へと誘い込んだのだった。ある程度奥に来ると、わざと炎術が使いやすいように、少し開けた所
で襲わせて、火球が来た瞬間、その身を爆発にあわせて茂みの方へ飛んだ。それにより、爆風の勢いをし逸らしつつも、
茂みを壁兼クッションにして、相手にわからぬように落下時に受身をとって衝撃を抑えたのであった。
気を失ったふりをして近づいてきたところを、ブレスレットを解除し、ムチに変形させて締め上げたのだった。
これでは、炎術の詠唱も出来まい。
「女性をふき飛ばした上に、気を失ったところを襲うとは、仮にも『卿』がつくものが!貴族として恥ずかしくないのか!?」
先程からさんざん足を触られて、相当気持ち悪い思いをしたコンラートは、苦しさにもがく相手をそのまま一喝した。
こうなったら、存分にアニシナに可愛がってもらおう!二度と魔力が使えない位、搾り取ってもらえ!
怒りもあらわに締め上げるムチに力を加えていく。あと少しで、相手が落ちるという時に、視界の端で何かが動いた。
咄嗟に、手近なモノ(ちょうど締め上げてたブリーゲル卿)を盾にして飛んできたものを防ぐと、その際、うぎゃとか盾が言ったが、
気にはしない。素早く物陰に隠れて、飛んできた物と方向を確認する。飛んできた物は拳くらいの氷・・・とすると?
「やぁ、お嬢さん、またお会いしましたね。」
やはりというか、暗闇から姿を現したのは、ゲルリッツ卿ヴィルフリートであった。氷をぶつけようとしておいて、
また会いましたね?と、きたか・・・結構、この男・・食わせ者らしい。猊下といい、この男といい・・・今日は、
腹に一物ある連中と縁がある厄日か!?思わず、今日という日を呪いたくなったコンラートだった。
ひゅん!と飛んでくる氷の塊を剣で払う。先程から、氷つぶての攻撃に防戦一方のコンラート。さて、どうしようか?
水を氷に替えての攻撃。小石くらいの氷でも、速度が乗ればかなりの痛手となる。とりあえず、当らぬように障害物の
多い所を選んでいるが、いつまでもこれでは埒が明かない。コンラートはネックレスから宝玉に見せかけた玉を一つ外すと
ゲルリッツ卿に投げつけた。彼は反射的に玉を氷礫ではじくと、その衝撃に玉が弾けた。途端に回りを毒々しい赤い煙が
多い尽くす。どうやら、投げたのは煙幕用の煙球だったようだ。
「な・・なんだこれは、毒か!?」
袖で吸わない様に口元を隠すが、目にしみた。そこへ、ヒュン!!と空気を切り裂く音と共に、しなやかな鞭が飛んできた。
振るうのはもちろん、コンラートだ。ビシィィ!!と小気味いい音がして、ゲルリッツ卿の腕に鞭が炸裂する。
「っ!」
続いて、背に・足に・頭にと手首の返しをつかった、鮮やかなムチ捌きが決まる。
「くそっ!」
ゲルリッツ卿も、鞭が飛んでくる方向にむかって、氷礫をとばすが、視界が利かないうえ、目が痛んでうまく集中できない。
それにしても、コンラートのほうも、この煙幕で視界が利かないはずだが、的確に鞭が飛んでくるのはどうしてなんだ?
ビシィィ!ビシィィ!ビシビシビシ!だんだん、慣れてきたのか?鞭の感覚が細かくなってきた。しかも、連打だ。流石に、
こうなるとゲルリッツ卿のほうは、呪文を詠唱する暇も貰えない。
やがて、煙が晴れてきた頃には、綺麗だった衣装を鞭で所々破られ、血が滲んでへたり込んでいる男と、
鞭を掲げる女がいた。その口元は、ドレスの切れ端で覆われ・・・しかもその目は閉じられている。
『この女!目を閉じて戦っていたのか!?』
そう、コンラートは、煙を吸い込まないように、すかさず口元を切れ端でマスクし、目を閉じて気配を読んで、あの正確無比
な攻撃を仕掛けていたのだ。なんて女だ・・・。この若さで戦慣れをしている。相当な場数を踏んでいるに違いない!
ここにきて、ゲルリッツ卿は、自分が恐ろしい相手と対峙している事を悟った。だが、少々手遅れだったようだが。
コンラートは、ゆっくりとした足取りでへたり込む男まで来ると、おもむろに、そのしなやかな足を一閃させた。
ばきぃぃ!!!!
ゲルリッツ卿は、最初の望みどおり、コンラートの足を存分に楽しむことになったが、その楽しみ方は希望とは、
かけ離れていた。見事な蹴りを食らった、その体は宙を飛んで、どごぉ!と重い音を立てて横たわった。
完全に白目を剥いている・・・。南無さん。
「あっ、しまった、コイツはアニシナ用だった・・・まぁ、しかたない・・ギーゼラにまわすか。」
あーあ、失敗したな。と、一人ごちてみた。つい、鞭が楽しくなってしまった。やはり、あの母の血かな〜?
きっと、彼の幼馴染がいたら、こう返してくれたろう。
-- ええ、多分、お母様の血でしょう。美熟女戦士ツェツィーリエさまは、見事な鞭使いでしたから、と。
ふっと殺気を感じて、コンラートは飛びのいた。先程までいた地点が燃え上がる。振り向くと鬼のような形相のブリーゲル卿
ハーラルトが両手から火球を生み出すと、コンラートめがけて襲い掛かってきた。
「娘!許さぬぞーー!」
鞭で締め上げられ、盾にされたことで相当自尊心を刺激されたらしい。ポンポン火球が生み出され、次々と投げつけられ
る。次第に、コンラートの周りには、炎の障壁が出来つつあった。このままでは、逃げ場が無くなる!
一瞬、退路を探す為に視線を外したところを狙われた。熱い!と思ったときには、手にしていた鞭は弾き飛ばされて
しまっていた。剣は、最初に火球で弾き飛ばされた時に、手放してしまっている。あと、残っている武器といえば・・。
ネックレスに少々残った玉と・・・・靴に仕込んだ刃のみ・・玉の方は投げつけた瞬間に、火球で燃やされれば意味を
成さない。だからと言って、靴に仕込んである刃では、かなり近づかないと攻撃できない。どうするか?
迷っている間にも、炎の障壁はだんだん包囲網を完成させようとしている。壁が無い所と言えば、ブリーゲル卿
ハーラルトの真後ろのみだ。ポンポン火球を生み出す相手を正面突破は難しい。
「どうした、娘?反撃はしないのか?だったらこちらから行くぞ!」
ブリーゲル卿ハーラルトの手に一段と大きな火球が生み出される。流石に、この状況で次の攻撃を受ければ、ルッテンブ
ルクの獅子でさえ、重度の火傷は免れまい。一歩まちがえれば、死だ。
「私を侮った罪!命であがなえ!」
ひぃーははは!!と高笑いをすると、50センチほどの大きさに成長した火球を投げつけようと、両手を高々とあげた。
『くそ!殺られる!』
炎で赤く染め上げられた男が、今まさに火球をながようと、振り下ろそうとした時、その背後から小さな影が飛び込んで
きた!影は、思いっきり、そのまま男に体当たりすると、転がった男に馬乗りになり、持っていた何かをかざした。
「お母様をいじめる奴は、グレタが許さないんだからーー!」
ぷしゅーー!とかけられたのは、アニシナ特性唐辛子スプレー。顔に思いっきりかけられた男は、ぎゃぁぁ!!と無様な悲鳴を
上げると、力任せに馬乗りになっている少女を払った。
「きゃぁぁ!」
男の大きな手で、顔を払われたグレタは、悲鳴を上げると土の上に倒れた。ぐったりとしたグレタを、ハーラルトはわしづかみ
にすると、ううっと、痛みに少女の顔が歪んだ。
「ぐれたぁぁ!!」
コンラートが、悲壮な悲鳴をあげる。何故、こんなところに彼女が?
「ぐむぅぅ、顔が・・かおが・・焼けるように痛い。許さぬ・・・女お前も!この餓鬼もだ!」
顔にかけられた辛子スプレーで、目や唇などは腫れあがり、口からは泡を吹くように、唾液を飛ばしてさけぶ。
もはや、上級貴族の面影はない。血走った物言いが、コンラートに危険を知らせる。このままでは、グレタがどんな目に
合わされるか解らない。
「父上ぇ!」
そこへ、息子のループレヒトが走ってきた。多分、魔術を察知してきたのだろう。新たな敵の出現に、コンラートは舌打ちし、
父親の方は歓喜した。息子の声に、少し理性が戻ったのか?ハーラルトは、息子のほうを振り向いた。
「おおぉぉ〜〜、ループレヒトきてくれたのか?ループレヒト・顔が・・顔が焼けるように痛い。」
「おいたわしや父上、今私が治して差し上げますから。」
そういうと、ブリーゲル卿ループレヒトは、魔術で癒しを行いはじめた。やはり、息子も魔術を使うのか?コンラートは、
せめてどうにか、グレタだけでもと、逃がさなくてはと、首本に手を伸ばした。今なら、この玉に仕込んである睡眠薬で
眠らせられる!流石に、この近距離だと自分もグレタも眠りに付くだろうが、これだけ派手にやったのだ。かならず、ヨザックが
近くに来ているはずだ。
「すみませんん、父上、私の力では、ここまで治すのが精一杯です。」
「おお、息子や・・大丈夫だ、痛みがひいたぞ・・。」
それでも、顔の痛みは取れたのだろう。ブリーゲル卿ハーラルトは、ほうっと息をついた。さぁ、これで顔を拭いてください。
そういって、ループレヒトは、ハンカチを差し出した。父親がそれを受け取るのにあわせて、グレタの腕を彼から引き離すと、
そっと距離をとり始めた。そのまま、グレタを抱えてコンラートの元に走る。
「何処に連れて行く!その餓鬼は、私の顔に変な毒をかけたのだぞ!」
「しかし、父上。このような小さな子供に、暴力を振るうのはいけません。この子とて、そこの彼女を救おうとしたのでしょう、
その心に免じてお許しください。父上。」
ブリーゲル卿ループレヒト、父親の方はどうしようもないが、息子の方はまともだったようだ。グレタをコンラートに渡すと、
父が酷い事をしましたと、二人に深々と頭を下げた。
だが、息子の言葉に、態度に、父親の方は忌々しげに舌打ちする。
「まったく、お前は、そのように綺麗事ばかりいいおって!だから、世間知らずだというのだ!私がいなくては、娘一人嫁にも
できぬ若輩者の癖にっ!」
息子にまで歯向かわれて、ブリーゲル卿ハーラルトは、キレたらしい。なんと火球を息子に向けて投げつけ始めたのだ。
「ちちうえ!?」
だが、火球は息子までは行かない。手前ではじかれていた。土の障壁だ。彼は、土の要素と契約しているのか?
「さぁ、キミ。この子を連れて、早く逃げて。私が壁で弾いているうちに。」
あまり、もちそうにないんだ。そう、申し訳なさそうにいうと、ループレヒトはコンラートに謝った。癒しの術を使い、
いつの間にか炎の障壁さえもおさえて、元々多くは無い彼の魔力は付きかけていた。
「ありがとう、ブリーゲル卿ループレヒト様。」
「さぁ、早く行って!」
短く礼を述べると、コンラートは、グレタを抱えて走った。きっと近くまで、自分の部隊の者かヨザックがいるはずだ。
しばらく走ると、背後で、どぉぉんと腹に響くような音と衝撃が聞こえた。キレた ブリーゲル卿ハーラルトは、
とうとう息子までを巨大な火球で吹き飛ばしたようだ。 きっと、すぐに自分を追ってくるだろう。
今、腕の中にはぐったりとしたグレタがいる。この子だけは、なんとしても守る!
「・・おかぁ・・さま?」
「グレタ・・いいかい?しばらく、ここに隠れておいで、ヨザか城の誰かが迎えに来るまで、じっとしてるんだよ?」
コンラートは、そっと少女を木々の中に隠した。自分が囮になって、彼女を逃がすつもりだ。
「いやだ、お母様と一緒じゃなきゃ、グレタいやだよ!」
だが、聡い彼女は、コンラートから離れようとしない。
「グレタ・・いい子だから・・ね?」
「嫌だ!グレタに、またお母様を亡くせと言うのぉ?」
目に涙を為って訴える少女に、コンラートは、ハッとなった。そうだ、この子は既に一度親というものを亡くしている。
今、自分は、この子の母親なんだ。ここで自分まで、何かあったらこの子はどんなに傷つくだろう・・・。
コンラートは、グレタを抱えなおすと、再び走り始めた。
だが、少し時間を食っていたようだ、すぐ背後まで火球が飛んできた。コンラートは、咄嗟に催涙弾を投げた!
しかし、やはりというか、爆発する前に火球に飲み込まれてしまった。じゅっという音ともに消滅した。
だったら、これでどうだ!コンラートは、耳飾の裏のボタンを押して、落とすふりをして爆弾を仕掛けた。
ちゅどーーんと、先程よりは小さな火柱が上がったが、怒りで増幅された彼の魔術は、火柱さえも飲み込んでいく。
火球はさらに勢いを増し、二人の背後に!再び迫った火球めがけて、もう一方の耳飾を投げつける。火球に飲み込
まれた爆弾の爆発に、炎同士がぶつかり合い、相殺されて消えた。
「おのれ、ちょこざいな!」
だが、それがさらにブリーゲル卿ハーラルトの怒りを煽った。再び大きな火球を両手に出現させると、
振りかぶって二人めがけて投げつけた!コンラートは、咄嗟に地に伏して、腕の中の少女をその体で庇った。
「姉上ぇーーー!!炎に属する全ての粒子よ!創主を屠った魔族に従えぇ!!」
間一髪その場に飛び込んだヴォルフラムは、咄嗟に呪文を詠唱し、込めれるだけの魔力を放った!すると、ブリーゲル卿
ハーラルトに従っていた炎の要素たちは、上位術者のヴォルフラムの呼びかけに従い、彼の元へと集まった。
「大丈夫か、コンラッド!姫さん!」
二人の前には、剣を携えてヨザックが滑り込む。
「ヨザ・・ヴォルフ・・ありがとう、助かったよ。・・・グレタ大丈夫かい?」
コンラートは、ほっと息を吐き出すと、腕の中の愛娘に声をかけた。
「うん、お母様が庇ってくれたから、グレタは大丈夫。」
「グレタも・・助けに来てくれて有難う。」
ぎゅうっと強く抱きしめると、グレタが小さく震えて泣き出した。それを、やさしく宥めるようにぽんぽんと背中をたたいてやる。
「くそーー、あと一息だったものを・・。」
まだ怒りが収まらないのだろう、ギラギラした目で、ブリーゲル卿は、二人を睨みつけた。
「あんたねーー、お偉いお貴族様か知らないけど、血盟城ですよー、ここは。しかも、あんたが襲ったのは、グレタ姫ですよ。
魔王陛下のご息女・・この眞魔国の王女殿下だ。」
「なに!?くそ!謀ったな女!」
謀るも何も、コンラートは何度もグレタの名前を呼んでるし、それに気づかないのは、そっちが馬鹿だからだろう・・・。
かなり呆れるコンラート・・・もちろんヨザックも、あらかさまに、お前馬鹿?という目で見た。その視線が、気に触ったのだろう。
今度は、ヨザックにむかって、罵倒を始めた。
「貴様・・見覚えがあるぞ・・・そうだ!混ざり者部隊にいたウェラー卿の配下のものだな!」
「へーへ、そうですよ〜。でも、その混ざり者部隊に、戦時中、助けてもらった上に、手柄まで横取りしたお人に、言われる筋合いはないね〜。」
それに、ヨザックは、皮肉という棘を、た〜っぷり混ぜて返してやった。
「調子にのりおって!混血や人間ごときが、この血盟城で大きな顔すること事態が許せぬはっ!」
「へーー、それって、俺が魔王やっていることも許せないって事?」
そこに現れた第三者の声。月に照らされて光輝くのは、黒を纏った麗人。冷たい声色で、告げたその人は、ゆらりと魔力を
立ち昇らせながら、彼らに近づいてきた。夜よりも尚深い闇を纏ったその人こそ、この国最高峰に位置する魔王陛下だ。
5月15日UP
はい、変なところで切ってしまった為に、コンさんのピンチに萌えた方々、すみません。
しっかり起きてました〜!しかも助けに間にあったのは、グレタ・・・。ヨザック何してた〜?
グリエちゃんの見せ場が出来ずに、すいません。・・・コン暴れすぎで無くなりました〜。
ゆーちゃん、やっと登場です。次回で夜会編終わりです。
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