今日から「ママ」のつく 1
カリカリカリカリ・・・うららかな午後の執務室に響き渡るのは、書類の上を羽ペンが踊る音のみ。
めずらしい・・・
いや、この音自体が珍しいと云う訳ではない。ここが執務室という性質上、常に響き渡る音であっていいのだが、
今回は出所が珍しいのだ。この出所が、仕事虫の摂政、フォンヴォルテール卿の机であったり、陛下のためなら
えんやーこーらの王佐・フォンクライスト卿の机あたりだったら当前の光景である・・・がっ。
珍しいというのは、残る一つの机からこの音が絶え間なく続いている事だった。
この執務室の、中央奥に据えられた一際豪華な机。ここの主は、自分を脳みそ筋肉族(略して脳筋族)と称し、
デスクワークを大の苦手としていた。やる気とはあるが集中力皆無である為、結果的に煮詰まって遁走〜!
おのずと机は空けられる時間のほうが多かった。
その、非常ーーにっ!珍しい場所から、ここ数日この音がしっぱなしなのである。とうとう、魔王としての自覚が
でたのか?いや〜人って(魔族だけど)成長するんですねv。
流石は、泣く子も黙る!へなちょこ大魔王渋谷有利ハラジュクフーリ陛下!よっ!27代目!ひゅーひゅー。
べきっ!
あ、今の音は大魔王様が羽ペンを折った音ねー。だめよ〜ゆーちゃん、物は大切にしなくちゃ〜。あはははー。
「ムラターぁ!!何が物を大切にだ!?そもそも、お前が変なナレーションつけるからだろう!?それに、
ハラジュクフーリって、変な呼び方するな!そもそも、原宿は余計だろう!?でもって、お袋の口真似で
ゆーちゃん言うな!気色悪い!!!」
「やーねー、ゆーちゃん、気色悪いんだなんてひどいわー、それにお袋じゃなくってママでしょ?マ・マ・v」
よよよと、ソファーに泣き崩れるフリをする大賢者は、それでも『本当のことを言ったまでだし〜』などと、
魔王陛下の痛いところを突く事を忘れない。したがって、魔王陛下のトルコ行進曲もヒートアップしていくのだった。
「男が泣き崩れるな!しなをつくるな!お袋の決まり文句までやーるーな!キーーモーイぃーー!
大体、お前なんでこんな所にいるの?大賢者が眞王廟にいなくていいのかよ?てか、気が散って仕事が
はかどらないだろう!?邪魔するならいっそ出てけー!!」
「うわっ!!来たばかりなのに出て行けだって〜、『わざわざ』親友に会いに『遠路はるばる』来たのに、
なんてこった、君はウェラー卿のギャグ並みに冷たい奴だな。渋谷くんってば、彼女ができた途端に、
男の友情を捨てるような奴だったんだ〜。へぇ〜。」
へぇ〜のあたりから、すっと、彼の纏う空気が変わった。確実に冷気を帯びている。
ーまさか、君がそんな薄情な奴だったなんて、流石の僕も見抜けなかったよ。ー
キラリッ!とメガネを光らせる大賢者に、魔王陛下の顔が引きつった。経験上こういう物の言い方をする
彼に逆らうと、ろくな事が無いのだ。それに、普段、眞王廟から出てこない親友が血盟城まで『わざわざ』出向いて来る
心当たりといったら・・・多分アレだろう・・・。いや、確実といって良い程アレだ・・・。
ちらり・・・と、先程からこちらの様子を伺っている王佐と摂政閣下を見てみる。
(目を逸らされたーーーーーーーーーーーー!!??)
どうやら、援護射撃は望めないらしい。自力でがんばれという事だ。自分は魔王で、国一番の偉い人(魔族だけど)の
はずなのに、などと思っても、相手が国一番敵に回してはいけない人(しつこいが魔族)と認識されている以上
仕方ないとも云える。
・・・・・が!とりあえず、反撃を試みてみる。多分、撃沈されるだろうが。あぅ。
「ううっ!エエ遠路はるばるって・・眞王廟ここから見えるじゃん。そ・・それに、仕事邪魔するし・・
それをコンラッドのギャグ並みってその表現どうよ?・・・・それに、俺・・彼女なんて・ない・し・しししぃ?」
あぁっ!声が変に裏返ってしまった。・・だって・・男の子だって怖いものはこわいんだもん。
メガネが光って表情が解らないのが余計に怖い!気のせいではなく、部屋の温度がぐんぐん下がっているようだ。
にっっと村田の口角が上がった!おもわず、びくりっ!と執務室にいる全員が身を縮こませた。
「ああ、そうだったね。『彼女』じゃなくって、『妻』だったね。で?その奥さんを『大親友』の僕には、
まったく!全然!紹介してくれない気かい?』
ーひぃぃぃ!!!!!やっぱりソレかーー!!!ムラタさーん、背後からなんか黒いものが出てますぅぅーー!
ダンっ!!と、全員(陛下・摂政・王佐)が一気に窓際まで後ずさった。
「いやぁ、驚いたよ。前回は、一緒に来なかったから、3ヶ月程こちらにいない間に、彼女いない暦=年齢なんて
いっていた『大・親友』の渋谷君が、いつの間にか妻帯者だったとはねー。それも、相手は自称婚約者殿ではなく、
慎ましやかで清楚な『女性』だって言うじゃないか。しかも美人?やるねー渋谷君?」
「は・・はい?」
「僕は、それを『本日!先程!偶然!』に、知った訳だけど?」
「えぇ〜と、ちなみに、どのような偶然で?」
「・・・・・ヨザックが今日帰ってきたらしく、さっき僕の護衛だって来たんだ。」
ムスっと、面白くもなさそうに話す村田。
あー、ヨザックね〜。帰ってきてたんだ。今度はどこに行っていたんだろう?それで、アレについて村田なら
知っていると思って口滑らしたんだな・・・グウェン〜、あなたの部下にきちんと口止めしておいてくれよ。
俺は目線に非難をこめて、隣で壁に張り付いている摂政をみた。あ・・眉間にしわが一本増えちゃったよ。
「彼、眞王廟に来る前に君の愛娘に会って、『これから、お父様の為に、お母様と一緒にお茶菓子作るの〜。』
って、言ってたって、お母様って誰の事っすか?聞かれてこの僕が返答に困ったよ。」
ーなにせ、まったくの寝耳に水だったからねぇ。ー
ヨザック・・・中途半端に、こいつの耳に入れるな。つーか、聞くな!敏腕お庭番なら自力で調べてきてーー!
と・・俺は、心の中だけで叫んでみた。成程、それで俺の口から吐かせるためにここにきたのね。
厨房行けば一発でわかると思うんだけどな、あぁ、だからヨザックいないのか?確認に行ったわけね?
だったら、俺から聞かなくてもいいじゃん、あーぁ俺も、手作り菓子食いに行きたい・・な・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん??
「えっ!何々?今日のお茶菓子って、グレタとコンラッドの手作りなわけー!?うわっ!めっちゃ、楽しみ〜!」
「はっ?ウェラー卿?」
意外な人物の名前が出て素っ頓狂な声を上げる大賢者を無視して、(というか忘れて)魔王陛下は
慌てて書類に戻った。(←ひどい)
「そうと知ったら二人が来る前に、これ終わらせなきゃ!あと、三枚だ!よーし、やるぞー!」
息巻いて書類決済に没頭するのはいいが、呆気にとられたというか、出鼻をくじかれた大賢者と、同じく
忘れ去られた王佐と摂政は途方に暮れるしかなかった。憐れ・・・。
そこへ、軽やかな足音と共に扉が開かれ、彼らの救世主とも言うべき少女が駆け込んできた。
「ユーリー!お茶にしよう〜!」
「グレタ!」
「おとうさま、お仕事終わった?」
「もちろん!可愛い愛娘の為なら、苦手な仕事だってがんばって終わらすさ!」
「じゃあ、一緒にお茶にしよ。今日は、グレタがお父様にお茶入れてあげるね。^^b」
「ぐれた〜ぁ!仕事に疲れた父親にお茶をふるまおうとは、うちの娘はなんて優しい子なんだー!」
そのまま、自分に向かって走ってくる少女を腕を広げて抱きこむと、お父様は感激デスー!とぎゅぅぅぅっと
抱きしめた。それに、うれしそうにグレタが笑う。何とも微笑ましい光景だ。
大賢者など微笑まし過ぎて、一気に脱力感に襲われた。そのまま、ずるずるっとソファーに倒れこむ。
あー僕、このまま寝ちゃおうかな〜〜・・・・色々疲れたし(精神面で)〜。(−−;)
「あ、ダイケンジャーだ。ねぇねぇ、ダイケンジャーも一緒にお茶しよ?」
「・・うん、そうだね、ご一緒させてもらうよ。」
最早、ぐったりとした大賢者さまは、ソファーに沈んだまま、浮かんできそうになかった。
「あのね、あのね?今日のお茶菓子はね、グレタがお母様と一緒に『ま〜ぶるくっき〜』作ったんだよ!」
がばり!!!
と、おもいきや?案外早く浮かんできた。体を起こすと、すぐさまグレタに向き直る。
どうやら、ターゲットを変えたようだった。にっこりと子供むけの笑顔を貼り付けると、
さりげな〜く話しかけた。
「グレタ、クッキーはお母様に作り方教わったの?」
「うん!お母様ねー!お料理も上手なんだよ!明日は、『きるっしゅとるて』って、ケーキ教えてもらうの!」
グレタは、お母様自慢がしたくて、うずうずしているようで、村田の話にくらいついてきた。
「そうか〜、それは楽しみだね。グレタのお母様は、とても素敵な人なんだね。^^」
にっこり!
母親を褒めてもらえて、グレタは、少々はにかむと母親自慢を続ける。どうやら、グレタはかなり
その母親を気に入っているようだ。この子は人の心に聡い、表面だけのつきあいでごまかされる子ではない。
『お母様』とやらは、本気で血のつながらない少女を愛おしんでいるって事になるという事か?
「えへへ〜、そうなの。あのね!あのね!お母様はね?」
「うんうん、なんだい?」
にこにこにっこり
曰く、お母様はお裁縫も上手で、取れかけていた彼女の洋服のボタンを付け直してくれただとか、昨日は
城下に一緒にお買い物に行って、こちらの世界で言う駄菓子や可愛い髪飾りを買ってくれたとか、
厩の老兵士に、生まれたばかりの子犬を見せて貰いたいといったら、汚れてもいいようにと、
城下の子が着る服を用意してくれたから、泥んこになって思いっきり子犬と遊べたとか、(どうやら、
前回グウェンダルの子猫と遊んだ時に、ドレスを汚してヴォルフラムにたしなめられたらしい。)
でも、その服についていた手製のハートマークのアップリケは、形が歪でよくわからなかった等など
を身振り手ぶりつきで語ってくれた。本当に、うれしいのだろう、瞳がきらきら輝いて楽しそうだ。
有利も、そんな彼女にそうかよかったな〜、などと相槌を入れて楽しそうに聞いている。あれは、頭の中が
可愛い愛娘でいっぱいになって、村田を誤魔化そうとしていた、なんて事も忘れているに違いない。彼が脳筋族でよかった。
そこまで、聞いていて、ハタッ!と村田の脳みそに、引っかかるものがあった。
あれあれ?料理裁縫がうまく・市井に詳しくて、グレタを溺愛していて、絵が下手で・・・???
一人該当人物がいるような・・・そういえば、さっき渋谷がコンラッドがどうのって??女性っていうから、
除外していたが・・・・まさか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
いや、この世界には、不可能も珍妙な高笑いと共に一蹴する赤い悪魔がいる・・まさか、渋谷の妻で、
グレタのお母様って・・・。
そこへ、コンコンと扉をノックする音がした。
「あ、お母様だ!」
グレタはうれしそうに、ぴょん!とソファーから飛び降りると、てけてけーと扉に向かっていった。
すると、有利はピッと背筋を伸ばして座りなおすと、そわそわし始める。
みかねた摂政閣下が「入れ。」と短く入室を促した。
扉が開かれ、お茶のセットとクッキーを載せたワゴンを押して、白いドレス姿の女性が入ってくる。
「お母様〜ぁ!」
女性は腰にしがみついてきた少女の脇に両手を入れると、ひょいっと慣れた手つきで自分の肩まで持ち上げると、
首に両手を回させ、腕を持ち替えてお尻の下に回して抱き上げた。所謂、子供抱っこである。
そのまま、片手でワゴンを押すと、そのままお茶の準備に取り掛かった。
そのスレンダーなみかけの割りに、結構な力持ちらしい。赤茶の髪は肩下10センチのロングで軽くウェーブがかかり、
グレタとよく似ている。薄化粧をした白磁の肌は艶めいて、口元の紅は大人の女性の気品を出していた。
少し長い前髪から覗くのは、薄茶の瞳。そしてその瞳には、見覚えのある銀の虹彩がーーー。
「!!う・・ウェラー卿!!??」
「はい、見つかっちゃいましたね。」
思わず指差して確認した村田に、爽やかにそれでいて悪戯を見つかった子供のような顔で、その人は答えた。
「あーあ、村田にまでばれちゃったな、コンラッド。」
「仕方ありません。恐れ多くも、大賢者である猊下に隠し事すること自体、無謀だったということですよ。」
これで、眞王廟まで話は広がっちゃいましたね。ちょっと恥ずかしいです。などと語る声は、普段の彼より
高く、少しハスキーな女性の声だ。顔も体も女性らしい丸みを帯びているし、− 何より恐ろしい事だが ー 胸もある!
そう、ウェラー卿コンラートは、只今女性で!(やりにくい事、この上ない。 BY長男)
しかもグレタの自慢の母親で!(えへへ〜、グレタ、やさしくって、綺麗で、強いお母様でうれしいな〜♪ BY愛娘)
でもって、第27代眞魔国国主・渋谷有利魔王陛下の淑やかなる妻になってしまったのだ!(俺の、つつつつつ、
妻のコンラートです。なんて言ってみたりして////ぐおぉぉ〜ぉ!恥ずかしい。 BY 浮かれる陛下)
「えっええぇぇぇぇ〜〜〜!!!!!」
執務室に木霊する大賢者の叫び声!本当に今日は、珍しい事にあふれていた。
今日からママのつく・・・・グレタ姫書きたさに始めたんですが、長くなりそうなので
長編にしました。ロイヤルファミリーネタというと、陛下・グレタ・ヴォルフでありますが、
お父様二人ではなく、お母様とグレタというのが欲しかったんですが、巷に中々無い。
でも、実のお母様っていうとスヴェレラの末姫で気さくで人気があったというイズラ姫ですよね。
コンラッドと共通点があるな〜〜なんて?それに、まるマの中で母親っていうと・・・ニコラ・・は
人妻。他の女性はお姉さんだし、一番しっくり来るのがコンラッドだよな〜。陛下に対す保護者ぶり
から、母親属性だし。それに、グレタの境遇からくる性格を、一番理解できるのも彼のでは?
ちょっと、ネタだけ書いたら面白くなってきて、ついでにサイトまで作ったと言う・・・。
行き当たりばったりで、どう転ぶかがわからないこの頃。あははは。まいったねこりゃ。ーー;
書き始めると、陛下が暴走するんで大変です。
それでも、よろしければ、この先もお付き合い下さい。
2008.4.4UP