長編パラレル ママシリーズ 狂想曲


狂想曲 第弐幕  始まりは競技会



「ねぇねぇ?今度の祭りの競技会は、誰が優勝すると思う?」
「そうね、きけば、西の国の名門、 ビスマルク家のがバルバラ嬢が参加するとか?素晴しい才女だそうですわ。」
「いえいえ、美しさと知性を兼ね備えたといえば、プロイス家のアグラーヤ様も有名ですわよ?」
「でも、やっぱり、我が校きっての才女と名高い、セロシア嬢ではないかしら?」

そう囁きあうのは、10代の少女たちだ。ここは、カヴァルケードにある、良家の子女に色々教える学校の
ようなもので、地球で言うとフィニッシングスクールである。社交界デビュー前の8歳程度の子女から
花嫁修業にくる20歳までの子女が集まっていた。最近の彼女らの話題は、近々このカヴァルケードで開催
される、とある競技会である。競うものそれは「美」である。

古来より、女性達が追求するものであるソレを競うこの競技会は、なによりも規模が違う。世界中から
美しさに自信のある者達が集い、それを競うのである。これに優勝すれば、文字通りの世界一の美女
とされるのだ。

これは、4年に一回各国持ち回りで開かれていて、100回記念大会の今年はカヴァルケード番であった。
そして、今大会から一つだけ追加されたものがあった。それは・・・。


「いえ、わたくしは、グレタ姫の母君だと思うわよ。」
噂話を咲かせる一段に、新たに加わったのは、もう少し年少の少女達。
「私も!だって、グレタ様からお話を聞くと、とても素敵な方だと思いますもの!」
それに、先に話をしていた者達も、そういえばと、最近話題に上がっている女性の事を思い出す。
「あぁ、そういえば!わたくしも絵姿を拝見したけど、楚々とした美しい人でしたわね〜。」
「えぇ、いいな〜、あたくしはまだ拝見したことがなくってよ。」
「今年から眞魔国も参加できるようになったんですもの。ぜひ、出ていただきたいわ〜。」

そう、今大会から眞魔国が参加することが決まったのである。魔族の、とりわけ貴族の美しさは定評が
あり、『美』を競うなら、彼らの参加が必要だろうという、カヴァルケード国王代理のヒスクライフ殿下の
発案だ。

「出られたら、きっと優勝候補に名を連ねるに決まっていますわ。それに、とても親しみ深い方だとか?
あぁ、ぜひぜひ、お会いしたいわ。凛々しくもお優しいお姉さま
「ですわよね・・。お出になられたら、絶対応援しに行きますわ!いくら美人でも、あの・・あっ・・。」


「いくら美人でもなんですの?」
ピクピクと引きつる口元を扇で隠して現れた少女を見た途端、噂話に花を咲かせていた少女達が
引きつった笑いを浮かべて、押し黙る。現れたのは、ウェーブのかかった金糸のような髪をなびかせ、
青い少しきつめの瞳を持った18歳程度の美しい少女と、彼女を取り巻く貴族の子女たち。
みな、一様に美しい、とりわけ中心にいるこの少女は、文句なしの美少女であり、後数年すれば
名だたる美女の一人として社交界に知れ渡るだろう、惜しむらくは、その気位の高さを表す表情
であるが、彼女は大公家の息女、逆にその気位の高さが貴族としては当然であり、落しがいも
あると、近隣の国から絶えず縁談お話があるくらいだ。

「セ・・セロシアさま、ご機嫌麗しゅう。」
「えぇっと・・私達は・その・・。」

「なんなの、はっきり仰いな!」
「大体、あなた方、同じ学校から出場が決まっているセロシア様より、出るかもわからない女を応援
するのね?けっこう、薄情なのね〜。レイオット国の方って。」
取り巻きの少女達が、魔族の女性を応援すると発言した年少の少女二人を取り囲む。
他の少女達は、彼女らを見たとたんに逃げ出していた。少し離れて、その様子を見守っている。

まだ11か12くらいの少女を、17・18の少女が取り囲むのだ。小学生を高校生が取り囲むようなもの、
幼い少女達は、もはや涙目で怯えている。

「なにをしているの?」

そこに、幼いながらも気丈な声がした。囲まれている少女達より、また小さい少女だが、彼女が歩くと
道が開くように、周りの子女達が引いていく。


ベアトリス様!グレタ様!!


彼女を見た少女達が、安堵の声を上げる。ベアトリスと呼ばれた少女は、このカヴァルケードの
時期女王であり、例え年上であり、また大公家のセロシアでさえも、そうやり込めることは出来ない
厄介な相手だった。その彼女は、もう一人の友人と共に、騒ぎの集団の中心にやってくると、その
ビー玉のような、大きな目でキッ!!と年上の少女達を睨んだ。

「二人とも大丈夫?」
そういって、ハンカチを取り出し、二人の涙をぬぐってあげるのは、赤茶の髪の少女。この世界で
一番の大国である眞魔国の王女だ。
「グレタ様。」

「セロリアさま?これは一体何の騒ぎでしょうか?(まったく、こんな廊下で騒ぐんじゃないわよ!
いい年して)。」

ひくり・・。

「ほほほ、ちょっとお話をしていただけですわ。(関係ない小娘は引っ込んでなさい)!」

ピクリ・・。

両者に火花が散るのを、周りの少女が固唾を呑む中、ヤレヤレという風に、グレタがため息をつく。
実はこの二人、ハブとマングースのように仲が悪い。どちらにとっても、互いが天敵で、気に食わな
い存在なのだ。セロリアは(半分崩壊した大シマロンと魔族である眞魔国を抜かせば、)人間の国の
中でも1・2を争うオッフェンバッハ大公国の大公の娘であり、この学校の中でも一番身分が上だった。
加えてその美貌と才能で、この学校の中で君臨していたといっても過言ではない。そこに現れたのが、
国王の死去に伴い、その国王の兄(出奔して商人の家に婿に入ったという変り種)の娘ベアトリスで
ある。元々は商人の娘として、生を受けたにも拘らず成人の後、一国の女王となることが決まった少女だ。
そのうえ、魔族と交友の有ったこの親子は、よりによって眞魔国の王女グレタを一緒に、この学校に
入れたのだ。


眞魔国・・人間とはちがう魔族の国。だが、27代に代替わりしたことで、人間との協調を打ち出し、
友好国を増やした国。恐ろしい化け物が住み着き、夜しかないと言われた国だが、蓋を開けてみれば
、活気に満ちた明るい国で、豊かな風土と優れた技術。長い間、同じ人間の国にでありならが大シ
マロンという大きな国に搾取され続けた国々を救い、手を差し伸べてくれる優しい国だった。
そして、その大シマロンが半崩壊している今、この世界で一番大きな、そして力を持った大国。

その王女・・最初は、どんな化け物がくるかと恐れていた者もいたが、実は廃国ゾラシア王家の生き
残りの人間の少女であり、健康的で明るい少女であったので、あっという間に周りに人が集まり
今では、勝気なしっかり者のベアトリスと明るく気配りのグレタのコンビは、年少の者を中心に、
信奉者を増やしていった。

当然、その動きはセロリアが気に入るわけもなく、最初は何かにつけてグレタに絡んでいたのだが、
それを庇うベアトリスと衝突するようになり・・・現在では、事有るごとに・・この有様だ・・。

「グレタ様・・ベアトリス様は大丈夫でしょうか?」
「うん、ベアトリスなら大丈夫だよ。それより、どうして囲まれていたの?」

実は、といって言い難そうに事のあらましを話す。
「えぇ、グレタのお母様の話で、こんなことになちゃったの?」
「グレタ様・・お母様は競技会に出ないんですか?」
「う〜〜ん、美しさを競うなら・・出るなら、もう一人のお父様の方かな?ヴォルフなら、きっと優勝しちゃうよ。」

その一言に、セロシアの周りの少女が、眉を吊り上げた。
「なんですって、男にセロシア様が負けるというのですか?」
「いくら、大国の王女だからといって、そんな侮辱的な!!」
「え・・でも、ヴォルフは・・正当派美少年だってユーリが言っていたし、顔だけだけど・・。」
それは、褒めているのだろうか?貶しているのだろうか?どうも、このグレタという、お姫様は少しズレている。


「でも、二人とも出ないから大丈夫だよ。きっと、セロシアさまが優勝できると思うな。」

本人は、きっと本心から、セロシアの美しさなら優勝できると褒めているつもりだろう、しかし!

天然とは恐ろしい!!その瞬間!周りの少女達は全員思った。ワナワナとセロシアの
唇が慄き、バキリ!!と、手にした扇が真っ二つに割れた。思わず取り巻きである少女達も
ずっささっさーーー!!と、一気に5Mは離れた。

「なん・・ですってぇぇ〜〜。」
「え??」
「良くぞ言ったわ、グレタ!そうよ、あの美しい方々が出場なさらなければ、万が一優勝もありえ
ますわね〜セロシアさまぐらいでも!
「えっえっ??」
「キィ〜〜〜よくも言ったわね!だったら出場してみなさいな、そのお母様とお父様とやらが!」
「えぇ!必ず出場してもらいますわよ!グレタの両親を見て、逃げ出さないでくださいね!!」
「えええええ???」


カーーン!!と、どこかでゴングの鐘が鳴った。 




成り行きに呆然としていたグレタだったが、はっと我に返ると、ベアトリスの腕をとると、廊下の端まで
引っ張った。そして、小声で抗議し始める。
「ベアトリス!ヴォルフは兎も角、お母様がコンラッドだって知っているでしょう?普段はカッコイイ男性
なんだから、こんな美人コンテストなんて出てくれるわけ無いよ〜ぉ!」
「だって・・悔しかったんだもの。世の中、上には上がいるって事を思い知らせてやりたいのよ!」
拳を掲げて力説しても、これだけはグレタも譲れない。
「だめったらだめ!!お母様は出場なんてさせないからね!!」
つい、声を大きくしてしまうと、周りから一斉に、ええ〜〜!!と抗議の声があがった。

「グレタ様お願いです!だって、グレタ様のお母様は、美人で、優しくて、博識でらっしゃるそうじゃ
ないですか!」
「それだけじゃないのよ。剣を取らせても、その辺の男なんかよりお強いわよ。」
「ベ・・ベアトリス!」
「「「きゃぁぁあl!すてきーー!」」」
「どこかの顔だけがご自慢の方と違って、中身も素晴しい方ですわよ。あの方こそ、私達が目指
すべき女性ですわ・・えぇ、どなたかとちがって。」


だから、お母様は、おとこなんだってばーーーー!!!


グレタの心の叫びは、暴走したベアトリスには通じなかった。それどころか、セロシアもヒートアップ
していく。
「ふん、それだけ言うなら賭けをしませんこと?そのお母様とやらが優勝したら、あなた方の勝ちと
いう事で、わたくし何でも聞いて差し上げるわよ?ただし、わたくしが優勝したら・・そうね・・・
まさか次期女王様に召使の真似事はさせれませんから・・そこの二人・・彼女らにわたくし達の
為に色々働いてもらいましょうか?もちろん、ベアトリス様もグレタ様も何をさせようが口出し
無用ですわ!」
指定されたのは、最初に絡まれていた二人組み。びくりと二人が不安そうな顔をグレタに向けた。
「そ・・・それは!」
さすがに自分のことではないと知ると、ベアトリスも躊躇する。
「どうしたの?やはり口先だけのようね。だいたい、グレタ様ご自慢の母君らしいですが、本当に
血が繋がってもいなければ、王妃でもないのでしょう?ようは、ただの女官・・その女官無勢に
私が負けるとは思いませんわ。」

ほーほほほほ!


(ちがうもん、お母様は元プリだもん・・しかも、シマロンの本当の王家の唯一の直系だもん。)

だが、それは言うわけにはいかない。そんな経歴を持つ人間は、この世に一人だ。彼女が
コンラートの仮の姿だとばれてしまうかもしれない。

「まぁ、どこぞの大国の王女といえど・・本当は小さな廃国の皇女でした方には、
その程度の母親もどきで十分ですわね!!」






ぐしゃり・・・。


アニシナは、カヴァルケードから届いたという手紙を思わず握りつぶした。

どうりで、いつもは冷静な彼が、怒りもあらわに地下研究室に入ってきたと思った。
その手紙は今しがた、かの国の王女ベアトリスからウェラー卿コンラートに届いたという。
それを読むやいな、彼はそのままここに、乗り込んできたのだ。だとしたら、彼の用件はわかっている。
アニシナは、棚から小さな小瓶を取り出すと、コンラートに渡した。

一瞬二人の視線が絡む、お互いの瞳の中に怒りの焔を見つけると、不適に微笑みあう。
男女の視線が絡まったというのに、二人に甘さはない。むしろ、これから同じ戦いの場に出る
同志のような連帯感があった。


コンラートは、手元の小瓶の蓋を開けると、中身の確認もせずに、一気に毒女特製のその毒を
あおったのであった。





7月30日UP
企画に手間取って書けないでいましたが、やっと更新です。小説中の人物名地名は
ドイツの人名地名から適当につけました。また、セロシアはCelosiaで、日本で言う
ヤリ鶏頭の花ですね。花言葉が気取り屋ということでつけました。
   フィニッシングスクール(finishing school)は、調べたら・・・若い女性のために
社交的なお付き合いのために必要な文化的な教養(グルメ、挨拶、映画、アート、音楽、
その他)やマナー、化粧、ウォーキングなどを教える学校の事。だ・・そうです。