陛下お誕生日フリー小説 第六幕 コッコッ! 「グリエか?入れ。」 夜の闇が広がる窓から、軽く叩く音がした。男は渋面のまま、入室許可を出す。 「今晩は〜親分。グリエがいなくて寂しかったぁ〜?」 「馬鹿言ってないで、報告しろ。」 「うんもう!つーれーなぁーいぃ、でもそういうところも、好・き♪」 「ぐりえぇぇ〜〜、今度それを猊下に言ってやろうか?」 ピクピクと、こめかみを引きつらせて一段と低い声でグウェンダルが言い放つと、ゲッ!とヨザックが青ざめた。 「申し訳ありません閣下!今の所、ウェラー卿の身辺に危害を及ぼす気配は有りません!」 「・・そうか・・引き続き、コンラートの警護を頼む。」 そういうと、グウェンダルは、深く椅子にもたれかかった。まったく、何であの弟は、まるでこの100年分 手のかからなかった分を、取り返すかのように、ここ数年で色々しでかしてくれる!心配するこっちの身にも なってくれ!と、胸の中でお兄ちゃんが文句を言っていると・・。ふと、ヨザックがまだ下がっていない事に 気付いた。不審に思って、視線だけで問うてみると。 「実は〜、危害の方は無いんですがー、別の気配の方はあるっつーか?あーその・・坊ちゃん達が・・」 ピクリ・・ 嫌な予感がする。確認しなければならないが・・したくないような。だが、真面目な彼に気付かぬ フリもできず。結果、一番聞きたくない報告を受けることとなった。 「坊ちゃん達…《達》だと?」 「えっと…、報告いたします!昨日、陛下と猊下が血盟城にお戻りになり、事の顛末を聞きつけ、本日 ハーバー卿の館に、コンラッドの結婚の阻止!及び奪還に参りました!いや〜、弟君モテモテですねっ!」 くらり・・・ 一瞬、このまま倒れられれば良かったと、思ったグウェンダルだった。 翌々日、ハーバー卿の館に、クラテンシュタイン卿が乗り込んでいた。もちろん、魔王に拝謁する為だ。 今朝方、滞在中のフォンヴォルテール卿に、とんでもないことを聞かれた。 「クラテンシュタイン卿、貴殿・・私に隠していることはないか?」 隠し事?あるにはあるが、それを目の前の御仁に言うわけにはいかなかったので、はて?ととぼけて見せると。 「本当だろうな?・・まぁ、いい、今日の午後にでも確認にいけば良いだけの事。」 確認?一体何を確認するというのだ?不審に思い、問いただしてみると、フォンヴォルテール卿の口から 出た情報に、クラテンシュタイン卿はただ驚愕するしかなかった。曰く・・。 ハーバー卿の所に、ウェラー卿の婚約を祝福しに、3日も前から陛下と猊下が滞在しているというのだ! 本当であったら、大変だ。ハーバー家の領地は、クラテンシュタイン家からの下賜したものであり、代々 ハーバーの家の者は、クラテンシュタイン家につかえている。云わば主家であった。その部下の領地に、 魔王陛下と大賢者猊下という国最高峰の貴人が滞在しているというのに、挨拶にも行かない等と いう事が有ってはならない事であった。 「ハーバー卿、陛下と猊下がこちらに滞在しているというのは本当か!?」 「クラテンシュタイン卿!何故それを!」 「〜〜本当だったのだな?何故それを私に言わない!?」 「そ・・それは、猊下より・・滞在の件は内密にと・・おっしゃられまして・・その。」 「兎に角、早く陛下と猊下に拝謁できるように手配するんだ!」 その頃、その陛下と猊下は、名付け親とその婚約者であるこの館の令嬢と共に、オレンジ髪の大柄な メイドが入れたお茶を飲んでの、優雅なティータイムを楽しんでいた。 「それで、陛下・・」 「むぅ〜コンラッド!今はプライベートなの!名前で呼べって名付け親!」 「でもですね・・」 「・・・・・じと〜〜〜。」 恨みが増し目で見られて、思いっきりコンラートが引いた。ぼっちゃーん!その目、魔王が入ってますよ〜? 「〜〜すみません、ユーリ。」 観念したコンラートが名前で呼ぶと、嬉しそうにユーリが笑う。それはもう、花も恥らうような可憐な笑顔だ! コンラートは軽く混乱していた。ユーリに嫌われたとばかり思って、彼の側から引く決心をしてみれば、 当の有利自らが追いかけてきたのだ。 それからと言うもの、有利はコンラートにべったりで、この2年がウソのように、昔と同じに・・というより それ以上に側にいる。腕を組んで散策したり、お茶の時間は、さり気なく隣に座って、果物を剥いてと 強請ったり、切り分ければおすそ分けと言って、コンラートの口まで差し出していわゆる、はい、あーん!で 食べさしたりと・・。これではまるで、有利の方がコンラートの婚約者のようだ。 流石に、これには アーデルハイドも困惑しているようで、心なしか表情が暗い。 それについて、大賢者もヨザックも有利を嗜めないどころか、それを推奨している節がある。 これは、一体?何なんだろう? まぁ、それはそうだろう、メイド姿のヨザックは、内心面白がっていた。自分達の方が親密なんだという事を 見せ付けたい有利は、普段の恥ずかしがり屋な彼にしては大胆に、コンラートに迫っていた。 あの、夜の帝王とまで言われた(って、吹聴したのはヨザックだが)幼馴染の男が、18歳の少年に 振り回される様子を見るのは、愉快で仕方ない。こんな見世物、見逃す手はない!というわけで〜♪ 止めるどころか、ヨザックは、煽る方にまわっていた。もう、嬉々として!! 恋人と親友が楽しそうなので、村田としても止める事もなく。コンラートの困惑は深くなるばかりだった。 さて、そんな所に、クラテンシュタイン卿クサヴァーが謁見の申し込みをしてきた。途端に、有利の顔つきが 魔王のそれへと変わった。ヨザックは、さっとテーブルの上を軽く片付けると、二人の後ろに控えた。 それを見て、村田もにやりと笑う。 「陛下・・猊下一体?」 「ウェラー卿、おれの後ろへ側近として立て。」 有無言わせない威厳に満ちた声に、コンラートは御意とだけ答えて、護衛の何時もの定位置につく。 アーデルハイドも、主家であるクラテンシュタイン卿が来た以上、そこに座り続けるわけには行かず、 一礼して部屋の下座、壁側に控えた。 やがて、ハーバー卿と共に入室を許可されたクラテンシュタイン卿が入ってきた。正面に双黒を抱く 二人の貴人。しかしその後ろに、見覚えのある二人を見て、一瞬男の顔が歪む。一人は、憎き 混血の象徴ウェラー卿コンラート、もう一人は戦争中、常に彼の傍らにいた混血の男。その二人が さも当然のように、至高の存在に寄り添っていた。 それを、苦い思いでクラテンシュタイン卿が見やるのを、ヨザックの目は捕えていた。さて、これから この男をどう料理するのか?猊下のお手並み拝見といきますか? 4つの漆黒の瞳が自分を捕らえると、その深さに吸い込まれそうになり、慌てて頭をたれてその場に膝まづいた。 上流貴族とはいえ、シュットフェルに属していた彼は、新王の戴冠と共に中央権力の場から追いやられ 直接拝謁できる機会がなかった。 「お寛ぎのところ失礼致します。陛下、猊下。こちらの方が、この一帯を治めている、クラテンシュタイン卿 クサヴァー閣下です。」 「お初に拝謁させていただきます。クラテンシュタイン卿クサヴァーと申します。この度は、 領内に御逗留されているとは知らず、ご挨拶が遅れ申し訳ありません。」 その言葉に、三人は頭を垂れているこの度の陰謀の首謀者を見やる。愁傷にかまえているが、純血魔族 の誇りを重んじるクラテンシュタイン卿が、混血である自分達にどう思っているかなど、大体わかるというものだ。 有利は、一旦その男を見はしたが、その横に控えるハーバー卿 ヨーゼフ に、にっこりと笑いかけた。 「ハーバー卿、今日のおやつの果物美味しかったよ。この領地で取れた新鮮な物なんだってね?」 「あ・・はい、朝どりの物です。」 「そう、わざわざ有り難う。」 「は、勿体無いお言葉、恐悦至極でございます。」 それに、鷹揚に頷いてみせる魔王。つづいて、大賢者が、口を開いた。 「ハーバー卿、ちょっとお願いが有るんだが?聞いてもらえるかな?」 「はい、どのような?」 「陛下は、尋ねてきた記念に、アーデルハイド嬢の手料理が食べたいとおっしゃっていてね? まだ、花嫁修業前だからって僕も言ったんだけどね?下手でも良いから、心の篭ったものが 食べたいとおっしゃるんで、どうかな?一品でいいんだけど、今日の夕食に作ってもらえるかな?」 「そ・・れは・・。」 チラリと娘を見ると、蒼白で首を振っている。今まで厨房にさえ寄った事のない娘だ。だが、断るというのも。 「あぁ、もちろん、料理人の手を借りて良いよ。いきなり作れといわれても大変でしょう〜。」 村田のありがたい申し出に、それならばと二人も頷いた。夕食となると早く始めなければならない。 アーデルハイドは、退出を願い出ると、慌てて厨房にへと向かった。 取り残された感のあるクラテンシュタイン卿は、居心地の悪い思いをしていた。先ほどから、 挨拶は出来たものの一向にお声がかけられない。これは、どうしたものか? 「ウェラー卿、陛下はお疲れだ、そうだな〜気分転換に庭にでも散策にお連れして。」 「・・猊下・・?」 スッと有利が立ち上がり、テラスへと歩き始めたので、コンラートも慌ててついて行く。 しかし・・猊下といいユーリといい、何かがおかしかった。 「さて・・クラテンシュタイン卿。君は確か、旧シュトッフェル派だったよね〜。だからかな?現魔王に 不満があるようだね〜。」 「いえ、滅相もございません!!」 双黒の大賢者・・4000年にわたる転生の全ての記憶を持つという、唯一眞王陛下と同等だという 伝説の賢者。見た目は、少年でも侮るわけには行かない。 「そう?その割には、今頃 拝謁って言うものなんだよね〜?普通はすぐ来るよね?」 「そ・・それは、ハーバー卿が申すには、滞在を内密にと猊下が仰ったと・・。」 「僕が?」 「は、ちがうので?」 「確かに、滞在しているのが、摂政にばれるとまずいのでね、あの兄弟と上王陛下には、しばらく 足止めにしてとは言ったけど・・、内密にとも、君に言うなとは、言ってないよ。ね?ハーバー卿?」 「え・はい。・・そういわれてみれば・・。」 二人の視線が集まるのに、冷や汗をながしながら、ハーバー卿ヨーゼフが答える。 「まぁ、不満がないならイイや。君が何時までも来ないからね〜、てっきり何かあるのかと陛下が 心配していたから・・うん、ただの行き違いか、偶然にもそんなこともあるんだね。」 だったら、クラテンシュタイン卿は、もう下がってもいいよ〜といって、村田が手を振る。ヨザックが 扉を開け、恭しく(←イヤミ)礼をすると、退出を促した。そうすれば、もうここにいることも出来ず、 クラテンシュタイン卿は、一人部屋を後にするしかなかった。 「で、本当はどうなんだい?ハ-バー卿?クラテンシュタイン卿は、純血主義者だ。それを主家と 崇めるハーバー家が、混血の代表であるウェラー卿に娘を嫁がせる?おかしな話じゃないか?」 本音は、嫁がせたくないんじゃないの? 「いえ、滅相もない!ウェラー卿は、上王陛下の血とシマロン王家の血を引く稀有なるお方。 その上、若くして2度も国を救った英雄。娘の相手として申し分なく、それどころか、こちらの方が 見劣りしてしまい申し訳なく思っています。」 恐縮して、ハーバー卿が頭を下げるのを、村田は光る眼鏡の下から見やると、そう?なら 良かったと、明るい調子でいう。 「だよね?彼は気立ての良い青年だし、魔王陛下も名付け親として彼を慕っているしね。彼の婚約話が 出た時にも、心底喜んで、こちらに駆けつけたくらいだ。だが、そこに、クラテンシュタイン卿の事が 耳に入ってね・・・もしかして、主家の影響でこの話が なくなりやしないかと危惧していたんだ。」 「いえ、そんなことは!」 「うん、だから。安心したよ〜。あ、そうだ。さっきの家に釣り合いって事だけど、やはり貴族間では 大事なのかな?」 「はい、え〜ま〜。」 村田の問いに、ハーバー卿の歯切れは悪い。だが、村田はそれに気付かぬフリをすると、なにやら 思案気に視線を中に浮かばすと、あぁ、といって いかにも良い事を思いついた!とばかりに、にっこりと いっそ可愛らしいともいえる天使の笑顔で、力いっぱい言い切った!(←本当は悪魔) 「決めた!だったら、王佐であるフォンクライスト卿の養女に出そう!そこから、輿入れすれば、 釣り合いが取れるよね?あぁ、もちろん形だけだから安心してね?」 「フォン・・クライスト・・卿?・・十貴族・王佐の・・?ですか!!!」 フォンクライスト卿ギュンター、フォンヴォルテール卿グウェンダルと並び、現魔王の政治を支える 両翼とも言える者。しかも、十貴族のフォンクライスト家の当主である。そこの養女に我が娘が? 「だって、君も言ったろ?釣り合いだって。ウェラーは、本当は真のベラール王家であり、眞王や大賢者と 共に創主をうちやぶりし後、唯一人の国に残った、いわば11番目の十貴族とも言うべき血筋だ。その血筋が 4000年を経て、眞王の元に戻った。それが、ウェラー卿コンラートだ。素晴しいじゃないか!ね!? その彼に釣り合うといえば、フォンクライスト家くらいはないとね!」 どうだい?とばかりに、輝く笑顔で言われて、ハーバー卿はとっさに言葉が出てこない・話はあまりにも 大きすぎて、思考が追いついてこないのだろう。 「猊下、思いつきでそのような・・ハーバー卿が戸惑われておいでですよ?閣下の親心もお考え下さい。」 そこに、僭越ながらと、猊下の護衛である男(メイド姿だが)が、進言する。すると、猊下はあっさりと 自分の思考の至らなさをお認めになった。 「あぁ・・父親としてはやはり寂しいかい?だよね・・いきなり変な事を思いついてすまなかった。 ・・うん・・だよね〜、形だけでもとはいえ、娘が十貴族になるのでは、やりづらいかもね〜〜。」 うんうん、ごめんね、僕ってば・・親の気持ちも考えないで・・・この話は気にしないでくれたまえ。 「いいえ!猊下!お待ちくだっさい!」 あっさり、くつがえすと、ハーバー卿は食らい付いてきた。娘が十貴族!?逸る気持ちを抑えて 務めて冷静な声を出そうとするも、流石に興奮で震えが来る。 「猊下の御心使い、いたみいります。・・た・・たしかに、娘を養女に出すというのは・・親としては 寂しいものですが・・それで・・娘の懸念が一つでも減るなら・・私の寂しさなど・・取るに足ら ないものでして・・。猊下がそう仰ってくれるなら・・そのお話、進めていただきとうございます。」 「そうかい?君の娘を思う親心・・僕は感動したよ。では、この件は僕に任せてもらおうか?」 「はい、猊下の御心のままに。」 ハーバー卿ヨーゼフは自室に下がると、興奮冷めやらぬ様子で部屋の中を歩き回った。 娘が、自分の娘が十貴族になるだと?なんてことだ!何て素晴しいことだ!! ウェーラ卿との結婚。最初は混血に我が娘をと思うと、正直良い気はしなかったが、よく考えて みれば、彼はただの混血ではない、現上王陛下の息子だ、元第二王子殿下で、しかも人間の 国の中でも大国であるシマロンの正当なるベラール王家唯一の直系なのだ。自身は、救国 の英雄で『あの箱の鍵』でもある。そう鍵を宿すのは、4000年前創主と、眞王陛下と共に戦 いし最も信頼の置ける臣下。つまり、彼はその末裔でもあるということだ。あの大賢者が自ら言って いた通りだウェラーこそ唯一人間の国に残った11番目の隠れた十貴族というわけだ。 (事実彼は、彼らと同等の身分を持つ。) 故に、この眞魔国に彼は係累を持たない。その彼が頼るとしたら?それは、己の血縁である 母親のフォンシュピッツベーグ・兄弟のフォンヴォルテール・フォンビーレフェルト・・そして妻の 実家である自分だ。という事は?あの十貴族と同等とまで行かないが、それなりの権力を得る ことが出来るのではないか?ルッテンベルクの利権などよりも、もっと大きな? その上、アーデルハイドが王佐であるフォンクライスト卿の養女ともなれば、もっと中央の仕事、 国の事業にも手が出せるのではないだろうか? 「こ・・これは、凄いことになったぞ!!うはっはは・・はははは!」 コンコン 自室の扉をノックする音に、ハッっと我に返る。しかし何だ?この気分の良い時に? 「ご主人様。」 「・・・ごほん・・なんだ?」 「クラテンシュタイン卿クサヴァー 閣下が御呼びですが。」 自分の主家である男の名前を聞いて、ハーバー卿の眉間にしわが寄る。猊下自らフォンクライスト家と の養子縁組を勧めていただいている今、陛下にも猊下にも印象の悪い彼とかかわるのは得策ではない。 彼は、我が娘アーデルハイドを自分の家の養女にしてから、ウェラー家に嫁がせ、中央権力への復帰を 狙っている。今となっては、かえって邪魔な男。しかも、彼はウェラー卿暗殺を狙っている。冗談ではない! 彼には生きてもらって、自分と国の中枢とのパイプラインになってもらわねばならない! 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・我が家は陛下と猊下を向かえて忙しい、お帰り願え。」 第七幕 ヨザックは、物陰から怒りに顔を歪ませた壮年の男が、屋敷を後にするのを人の悪い笑みを乗せて見やった。 そして、胸から鳩を取り出すと、空に向けて放ったのだ。 「陛下、一体何を企んでおいでです?」 コンラートは、厳しい目で主である少年を見た。再会して三年・・陰に日向になり守り続けた主だ。 誰にでも公平で寛大な心を持つこの少年にしては、先程のクラテンシュタイン卿への態度はおかしい。 「企んでなんてないよー、つーか、陛下って呼ぶな、名付け親。」 「では、隠し事ですね。言ってください陛下。猊下と何をしているのですか?大体、執務はどうしたのです。 こんな所にいる方ではないのですよ、。貴方は・・・。」 「だったら、アナタはどうしてこんな所にいる・・。あんたの仕事はおれの護衛だろう?側にいる事が仕事だ。」 「・・・・・・護衛の仕事は、別の者が付きます。陛下に信任して頂けるような者が・・。」 自分のように、信頼を失ったものでなく・・。誠実で 有利の側にいる事が 相応しい誰かが・・。 「コンラッドは、おれの護衛を降りるって・・こと?」 有利はどうにか震えそうになる声を抑えて絞り出す。 「・・はい、結婚した後は、ルッテンベルクに戻って、領内の発展につくすつもりです。元来、それが俺の 仕事ですし、ずっと人任せにした分、これからは領民のために生きていきます。」 淡々と、話すコンラートに、有利の不満が募る。 「どう・・して・・。」 「・・・護衛の仕事は、相手との信頼関係がなければ、成立しません。相手のスケジュールを把握し、 性格、考え方、行動パターンを掴んでこそ、いざという時に相手を守ることも出来るのです。それは、 陛下もわかってらっしゃると思います。」 「それは、わかっているけど・・。」 「では、もう一度聞きます。猊下と何をしようとしているのですか?」 「っっ!!何って・・・別に何も。」 真っ直ぐな視線に打ち抜かれて、有利は言葉に詰まる・・まさか本人に、アンタの結婚を阻止しに きましたなんて言えないし・・・。どうしよう? だが、そのためらいが、コンラートの気持ちを固めてしまった。 「・・・・これでわかったでしょう?貴方の護衛は、最早俺では勤まりません。いざという時・・・陛下の 信頼を失った俺ではだめなのです。」 「!!!っっ」 コンラートは、すっとその場に膝を着くと、臣下の礼をとった。 「陛下、どうぞ貴方の望む、平和な世界をお創り下さい。私も眞魔国の民の一人として、微力ながら 力をつくしたいと思います。」 頭をたれるコンラートの表情は、ユーリからは見えない。 「どうか・・お元気で。・・・・・・さようなら、ユーリ。」 ぶっちーーーーーーーん!!!!! 別れを告げるコンラートの台詞に、有利の中の何かが切れた。 「コンラッド!!!プレゼント禁止令を解いてやる。」 いきなり、怒鳴りつけられた内容に、さすがのコンラートも 一瞬面食らってしまう。 「え・・えぇ、ありがとうございます・・今度、ルッテンベルクの名産品でも・・」 「おれ欲しいものがあるんだ!あんた、15年贈れなかった分 贈りたいって言っていたよな? だったら、誕生日プレゼントにくれるだろう?」 「は・・い、俺が贈れる物なら何でも贈りますよ。」 「その言葉、絶対だな?」 「ユーリ?一体何を?」 「絶対だな!?」 「はい・・。」 「よし、その言葉しかと聞いたぞ。首を洗って待っていろ!!」 「渋谷・・それは、悪役に向けて叩きつける台詞だろうに・・・。」 こっそり、二人の様子を伺っていたというか、出歯亀していた村田は、ため息をつく。同じく出歯亀2号の ヨザックも・・首を洗ってって・・・死刑宣告ですか??と呆れ顔だ。 はぁ〜〜〜〜〜〜っと二人同時に、深っ〜〜いため息をつく、何でお互い好き合っていながら、ここまで 話をややこしくできるんだろう?互いの親友のためとはいえ、手に負えるか不安になる二人だった。 だが、怒りに燃えた。というか、ぶちぎれた魔王陛下は一味違った。 コンラートを手に入れるために、なりふり構わなくなったといえるかもしれない・・。屋敷に、グウェンダルと ヴォルフラムを呼びつけると、まずはヴォルフラムに正式に婚約の破棄を申し出た。 当然、怒り狂うヴォルフラムだったが・・相手が悪すぎた。この三年で王様としてスキルアップしていた 有利は、それに加えてコンラートの別れ台詞で完全に怒りに支配されていて、最早アレは気迫という より、『鬼迫』というのだろう。元々事故だった事は明白だ。兄であり摂政であるグウェンダルにも その事を確認すると、彼も認めた為にヴォルフラムの敗色は決定的になった。 「以後、おれの婚約者を名乗ることは許さない!おれは、おれの選んだ相手と結婚するからな!」 「まて、ユーリ。お前、誰と結婚するつもりだ!」 じろり・・・と、有利・・いや、魔王の目がヴォルフラムを貫く。 「猊下・・陛下がぶち切れると、マジこわいっすねー。グリエ、当事者じゃないのに泣きそう〜。」 「うわぁ〜、ウェラー卿が地雷踏みまくったからね・・。こうなると僕の出番無いかも・・。」 こそこそと、言い合う主従を、グウェンダルがとらえた。 「グリエ・・アレはどうしたんだ。」 「それはその〜。」 「コンラートがらみか?」 云い難そうなヨザックに、ずばりと心当たりの名前を挙げた。 「さすが、フォンヴォルテール卿。さっきね、とうとう護衛を離れるって言っちゃったんだよ。しかも 別れの挨拶までするもんだから、渋谷がブチギレしちゃって・・・これは、急いで仕上げないと そのまえに、全部まとめて上様が成敗しちゃうかも・・・。」 「ふ〜〜、まったく、あの弟は・・。猊下にも、弟の事でご迷惑を掛けて申し訳ない・・。」 グウェンダルは、今回の作戦を立てた彼に、すまない気持ちになる。それに、いいよと、この少年に しては、えらくあっさりとした様子で、手を振ってくる。 「こっちも、親友の為だしね。それより、そっちも動いてもらうよ。いいね?」 「わかった・・・。すぐにでも動こう。こちらは、グリエとコンラートがいればいいだろう・・あの分では 小僧・・いや魔王陛下だけで、事たりそうだしな・・・。」 「あははは、逆に陛下を止める方になりそうで、グリエ怖いわ〜。」 「危険手当を奮発してやる・・ガンバレ・・。」 「ほんとうっすよ!マジ、今回は危険なんですからねっ!!!」 涙目のグリエの視線の先には、鬼迫だけで人を殺せそうな魔王がいた。 クラテンシュタインの屋敷では、慌しく上王と二人の息子が出立の準備をしていた。 「これは一体・・、急な御発ちで。」 「あぁ、クラテンシュタイン卿、長々とご厄介になった。ハーバーの屋敷に陛下と猊下がやはりいらして いてな、私達も御身をお守りする為に、そちらに移る事となった。」 「そ・それは・・!」 「兄上!早く参りましょう。陛下と猊下がお待ちです。」 「うむ、では、クラテンシュタイン卿、失礼する。」 まだ、何か言い足りなさそうなクラテンシュタイン卿を残し、グウェンダルは馬を動かし始める。それに習い、 ヴォルフラム・・そして、上王陛下を乗せた馬車も城を後にした。 クサヴァーは、信じられない面持ちで一行を見送る、数日前まで、中央権力への道が再び開かれたと、 前途洋々であったのに!昔の仲間の諸侯も、まずはクサヴァーが返り咲き、次は自分達を呼び寄せて くれるようにと、彼の元を密かに訪れていた。そして再び、あの混血や若造達を一掃し、若い陛下の 側に控え、自分達が今の間違った政治をただし、今一度魔族の誇りを取り戻すつもりであった。 なのに!あのハーバー卿ヨーゼフが裏切るとは!自分をないがしろにし、陛下によもや取り入ろうとは 思わなかった。 「クサヴァー殿。」 呼びかけられて、振り向けば、昔の仲間であった旧シュトッフェル派の貴族達がいた。そう、これを気に 上王陛下に拝謁を願い、しいては魔王陛下にもお目通り願うつもりであったのだが、息子達のガードが 固く、中々接触できないうちに、その上王がハーバーの屋敷に移ってしまわれたのだ。 「これは、どういうことですかな?何故、上王陛下が出て行かれたのだ。」 「クサヴァー殿・・貴殿、魔王陛下と猊下のご不興を買われたとは真か?」 「どうしてそれを!!」 「本当だったのだな。先程、上王陛下のお付きの者たちが噂をしているのを聞いてな・・。しかも、 ハーバー卿の娘は、貴殿の養女ではなく、フォンクライストの養女に入るというではないか!?」 「なんですと!!」 「そんな事も知らないとは、最早貴殿に頼ることはできないようだな。」 「まったくです。我々は、ハーバー卿を訪ねるといたしましょう。」 「では、クラテンシュタイン卿・・失礼する。」 「くっ・・・・。」 上王陛下に続き、昔の仲間にまで去られ、男の自尊心は踏みにじられた。そして、その矛先は 己を裏切った。ハーバー卿ヨーゼフへと向かったのだ。 ハーバーの屋敷では、それはもう大変な騒ぎになっていた。主家筋のクラテンシュタインの城に滞在 していた、上王陛下と、その息子二人も移動してきて、そのおもてなしに、厨房はフル回転!メイド などの数も足りず、急遽領地から人を集めた。 また、忙しさに、輪を掛けたのが、陛下に拝謁をしたいという貴族達の訪問だった。自分より身分は 数段上の貴族が、彼にへつらい願うのだ。これに、すっかり気分を良くしたハーバー卿は、拝謁の 約束をすると、貴族達からは、お礼の品なる宝石や上等な酒、衣装などが贈られた。 その日の晩餐の折、ハーバー卿が恐る恐ると、陛下に謁見したい者たちがいるというと、フォンヴォ ルテール卿が、それはと制しかけたが、当人である魔王陛下があっさりと了承した。それというのも、 アーデルハイドが魔王の頼みを聞き入れ、不恰好ながらも夕食に一品デザートを作ったからだ。 「アーデルハイドさんへの御礼として、ハーバー卿の顔を立ててあげるよ。その貴族達、明日にでも 連れてきなよ。」 「はっ!有り難うございます。」 その様子を、コンラートが咎める様な目で見ていたが、有利はそんな彼と目をあわさず、他の面々 と、楽しそうに歓談しながら、夕食をとり終えた。 そして次の日の午後、3人の上級貴族達が、ハーバー卿に連れられ、魔王との謁見に望んだ。 魔王の横には、摂政と護衛が左右を固めた。コンラートは内心、舌打ちしたい気持ちになった。 どの貴族も、旧シュトッフェル派であり、純血主義・魔族至上主義の輩であった。 折角、有利の政策が軌道に乗り、人間と手を携えて生きていける世界が見えて来たというのに、 ここにきて、その流れと逆行する輩と、接触などさせたくはなかった。 しかし、有利は、自分の婚約者の父親という事で、ハーバー卿の顔を立ててくれたのだ。 これは、自分が招いた不始末。ならば、自分で有利の為にならない事は刈り取らねば!! 「ハーバー卿・・お話があります。」 「これはこれは、ウェラー卿。」 ヨーゼフの私室を訪ねてみれば、そこには、顔を赤らめドレスを鏡の前で当ててみているアーデ ルハイドと、口々にその様子を褒め称えるメイド達。それに、よく見ればその他にも、この家の格 では、手に入りそうに無い上等な上着やドレス・それに宝石類などがテーブルに積まれていた。 「これは・・・あの者たちから、受け取ったのですか?」 あの者達とは・・今日、有利に謁見をした者達の事だ。言葉に苦い物が混じるが、ハーバー卿も アーデルハイドもそれには気付かなかった。 「見てください、ウェラー卿。このドレスなら、十貴族として申し分ない装いだと思いませんか?」 「十貴族?」 「えぇ、ウェラー卿と比べて、うちのほうがどうしても見劣りして申し訳ないと申し上げましたら、ならば 十貴族のフォンクライストの養女に出してから、輿入れすればいいと、猊下がおしゃってくださいま して・・その話を致しましたら、彼らが慶事のことだが、十貴族になるのなら、それなりの準備が 必要だと、このようお心使いをくださいまして、いや〜、これでわたくしも娘に肩身の狭い思いを させないで済みます。」 ホクホク顔で、語るハーバー卿に、コンラートは益々困惑する。いつの間に、そんな話にまで発展した のだろう?しかも、猊下が言い出したことというのが引っかかる。 「コンラート様?このドレス似合いますか?」 レースが惜しげもなく使われたドレス、上等な品だろうが、アーデルハイドの素朴な感じに好感を 持っていたコンラートには、その派手な衣装は、あまりいい感じがしない。だとしても、そのまま言う わけにもいかないが・・。 「えぇ、アーデルハイド殿。そう言った服も、いつもと趣が違っていいかもしれませんね?ですが、色味が ちょっと・・貴女の魅力を引き出すには、もう少し淡く優しい色合いの方がよろしいかと思いますよ。」 「そうですか?」 アーデルハイドは、少し不満そうだが、コンラートはそんな事には頓着せずにいた。彼の気がかりに比べれば ドレスなんてどうでも良いというのが、本音だったからー。 「ところで、ハーバー卿。俺は家の格式などには、拘りません。折角今まで育てた娘さんです。養女に など出さずに、この家から輿入れさせたらどうですか?猊下には俺からいっておきますから・・。」 突然の申し入れに、ハーバー卿はあせった。何を言い出すのだろう?この若造は!折角のフォンクライ スト家との縁が出来るかもしれないのに、ソレを不意にしろというのか? 「し・・しかし、折角の猊下のご好意ですから・・。それに、ウェラー卿はおきになさらないかもしれませんが 他の方々が娘をどう思うか?親としては、娘の負担を一つでも減らしたいのです。」 そうですか?・・・コンラートは必死に言い募る男を前に、何かを見極めるかのごとくじっと見る。 「そ・・それでお話というのは?」 居心地の悪い視線に、コンラートの当初の予定を聞いてみた。確か話があると言っていたのだが。 「そうですね、ソレですが・・。」 何故貴方は、あの三人と陛下を引き合わせたのですか? 「そ・・それは、頼まれまして・・その・・。」 「彼らが、純血主義・魔族至上主義だというのは知っておられますよね・あなたの主家筋のクラテン シュタイン卿と同じ仲間の方々ですから?」 コンラートの視線が痛い。アーデルハイドもこんな厳しい視線をした彼を見るのは初めてだ。 「アーデルハイド殿は知っておられましたか?」 「え・あの・・その、クラテンシュタイン卿がそのようなお考えを持っておられる事は知っていましたが あの方々とお会いするのは今日が初めてでしたので・・。」 怖い・・そう思った。だから、言葉尻が段々か細いものになる。 「そうですか、ならば覚えておいて下さい。俺は、陛下に毒となるような者を近づけることは許しません。」 失礼。 そう短く言って、コンラートは退出して行った。 翌日、また別の貴族達がやってきた。前日に、コンラートから釘は刺されていたので、流石ハーバー卿も 断ろうとは思ったが、前日に引き合わせた貴族から聞き込んできたらしく、彼らがよくって何故自分達が だめなのだと、ねじ込まれると断るわけにも行かなくなった。 仕方ないので、まずは陛下にお伺いを立ててからという事になり、コンラートの視線を気にしながらも 昼食の席で、聞いてみた。すると、今度も陛下は、あっさりと了承してくれた。 「コンラッドがお世話になるんだもの。名付け子としては、そのくらいなら、してもいいよ。」 と、しかし、この台詞にますますコンラートの視線がきつくなる。だが、主が了承してしまえば仕方なく 今度も、護衛としてよからぬ事を吹き込まないようにと、彼らの動向を厳しい目で見つめていた。 「調べてくれた?」 夜の帳が下りる頃、村田は自分達に当てがわれた部屋の窓辺に立ち、そっと宙に向けて言葉を紡いだ。 「もうばっちり、この敏腕お庭番のグリエちゃんにかかれば、朝飯前デースv」 窓枠に手がかかり、大柄なそお体に似合わず軽やかな動きで、彼の護衛が帰ってきた。 軽口と共に渡された資料は、ここ最近ハーバー卿の所に出入をしている貴族達の動向が書かれていた。 とくに、クラテンシュタイン卿と一番最初に謁見を申し込んでいた上流貴族の3人は、逐一に調べてあった。 「クラテンシュタインは、やはりハーバーを調べているようだね、・・それにしても、謁見を申し込んできた 連中・・見事に現政権になった時に失墜した連中ばかりだね〜。しかも、無能・・・。」 「ハーバー卿の所へ土産がかなり舞い込んで来ていますね。あのおっさん、ウハウハデスヨー。逆に・・。」 「ウェラー卿の眉間の皺は、確実に増えているね〜、あ〜なると、長男そっくりだねっ!あははは〜。」 その、そっくりといわれた眉間の皺を寄せて、ウェラー卿コンラートは、ハーバー卿の私室を訪ねていた。 「俺が言った事を、ご理解できていないようですね?」 「いや・・だから、キミはそういうがね?最初の方々は、私から見れば身分がずっと上の方々なんだ。それを 断るだけでも、大変なんだぞ。少しは私の苦労も解ってくれたまえ!」 「苦労ですか・・。」 先程、訪ねた折に、この男が出てきた奥の部屋、ちらりと見えたのは御礼・またはお祝いと称して送られた 高価な物なのだろう。この男は物欲に弱すぎる。娘のアーデルハイドも、すっかり色とりどりのドレスや 宝石に目を奪われているし、このままでは、魔王の沽券に関る事態に陥りかねない。 「兎に角、断って下さい。いいですね。でないと、俺にも考えがあります。」 第八幕 何故だ!その男達は、青筋を立てて、この家の主に噛み付いた。それは、先日魔王に謁見を申し込ん だ者達だった。彼らは、今一度、魔王陛下への謁見を願い出たが、流石のハーバー卿も、アレだけ コンラートに釘を刺されれば、彼らを通すわけにはいかなかった。そこで、コンラートに止められたことを ポロリと言ってしまえば、彼らはならば尚更魔王に会いたいと強弁した。会って、自分達の主張を聞いて もらうのだと!だが、ハーバー卿にしてみれば、これ以上コンラートの気分を害し、婚約破棄にされたら それこそ意味が無いのだ。 「とにかく、魔王陛下との取次ぎはお断りいたします!帰って下さい!!」 だが、帰れと言われておめおめ帰るわけにもいかないのだ。この機会を逃したら、魔王との接触など あの三兄弟が許すとも思えない。特に、あの混血の次男だ。ハーバー卿が自分達を追い返したのも 彼の仕業である。返す返すも、あの混血め!許しがたい。そう、憎しみの矛先をコンラートへと向けて みるも、元々その彼の婚約者の父に取り入り、政界復帰を狙った時点で矛盾があるのをまったく 気づいた様子もない。物陰から彼らの動向を調べていたヨザックは、そのあまりの自分本位な思考回路に 嫌気がさす。そんなのだから、戦争の責任も取りもせず、のうのうとしていられるわけだ。 コレを期に、世代交代をしてもらう。 そう、村田は、この馬鹿々しい騒動を利用して、前政権において責任も取らずにいるくせに、未だに 権力への執着を見せる者たちを、少しでも片付けようと考えているのだ。現政権において、魔族至上 主義だの・純血主義だのに拘る輩は邪魔でしかないのだ。大体、至高の存在である双黒二人が混血 なのに、純血主義もないだろう。当然、フォンヴォルテール卿も、時代と逆行する考えを持つ、魔族 至上主義の輩には頭を痛めているわけなので、この村田の案には全面協力を申し出ている。 今回の作戦を知らないのは、上王と次男と三男だけであった。だが、次男は薄々感づいているようだが。 もっとも、三男も上王もここにはいない。元々、上王の旅行のお供として次男が付いていたわけだが この婚約話で足止めになっていたのだ。魔王のお出ましもあって、彼に後は任せて、元の予定通り 旅に出ていった。元論、お供が必要という事で、末の息子が付いたのだ。 彼らが接触を図ろうとするものを、魔王一人に絞らす為という理由もあるが、魔王と正式に婚約が 白紙に戻ったヴォルフラムの心の痛手を思っての、猊下の優しさでもある。 なにせ、彼はけっこうあの三男閣下で遊ぶのを気に入っている。・・・気にいる方向性が問題なので、 当人には嫌がられているけれども…。 思考におちいっている間も、敏腕お庭番は追跡の手は休めはしない。やがて三人は見慣れた 場所に入っていった。 「あ〜らら、ビンゴ♪」 猊下の読みどおりになったな・・・。 そういって、皮肉気にヨザックが見上げたのは、クラテンシュタイン卿クサヴァーの城であった。 ハーバー卿ヨーゼフは邪魔だな・・・。 クラテンシュタイン卿クサヴァーは、久々に訪れた主義を同じとする貴族達からの話を聞いてそう結論付けた。 「確かに、我々に必要なのは、アーデルハイド嬢だけだ。父親のヨーゼフは、魔王陛下に自分だけが取り 入ろうとしているに違いない。」 「それに、奴は我々の言う事より、あのウェラー卿の言うことを聞き入れおった。まったく許しがたい屈辱だ!」 憤慨する貴族達を見やり、我が意を得たとばかりにクサヴァーが、徐に切り出す。 「あの二人、どちらも邪魔だが、アーデルハイド嬢と籍を入れるまでは、ウェラー卿は生かしておかねばならない。 だが、ヨーゼフは違う。まずは奴を始末し、最初の予定通り、娘にはクラテンシュタインの家に養女に入ってもらう ・・・そして我々の復権に役立ってもらわねば・・・そう思いませんか?方々?」 彼らは視線を絡み合わせ・・・数秒後、意見の一致をみたのであった。 これ以上、側近が揃って城あけるわけにも、いかないだろうと、グウェンダルはギュンターに任せきりだった執務へ と戻っていった。陛下と猊下は、コンラートが帰る時に共に戻るということで、もう暫らく滞在する事となった。 あいかわらず、ハーバーの屋敷には、魔王陛下に拝謁を願うもの達が大挙して来たが、流石の魔王陛下も コレには弊癖してきたので、コンラートの一存で全てを断ろうとしたが。 「いいよ、全部断っちゃかわいそうだろう?中には城までこれない人だっているんだろうしさ。だから、必要な人は 入れてあげて。判断はコンラッドに任すから。」 「・・・! はい、陛下。」 結局、その日陛下に拝謁したのは、山向うの小さな村から来たという、村民代表のもので、谷にかかっていた 橋が嵐で落ちてしまい、隣村までわたるのに1日かけて山を下りまた登らないと行かないから、どうにか助けて 欲しいとの内容だった。有利は、現地にすぐ調査団を派遣し、速やかに橋を復旧するようにした。 魔王自らねぎらいの言葉をかけてもらったその者は、深く感動し、調査をする文官二人を連れて、また村へと 帰っていった。 また、街道沿いにでる山賊の討伐要請をもってきた、隣の領地の者や、村に医療所を作っていただいた お礼にと、野菜を持ってきた農夫。殆どが平民で貴族で会えたのは、戦争で夫をなくした婦人達の支援 組織を作りたいという、設備投資への資金援助要請を持ってきた、下級貴族が集まった有志団体の者 数名だけだった。ほとんどの、豪商や拝謁という名のご機嫌伺いにきた貴族などは誰一人会えなかった。 そうなると、泣き付かれるのは、屋敷の主人であるハーバー卿だ。だが、自分が魔王に意見など言えるわけも なく、とりあえず、娘婿になろうというウェラー卿に打診してみたが、一蹴された。 「コンラート様、どうかお父様の顔も立ててあげて下さいな。貴族といえど、城まで行って拝謁を申し上げ れる者は一握りの方々だけ、わたくし共のような中級貴族は、血盟城に上がることすらできないのです。」 アーデルハイドが見兼ねて、口ぞえするも、それは変ですね?と、逆に返されてしまった。 「陛下には、貴族はもちろん平民であっても、拝謁は許されています。現に今回も必要とあらば身分は 問わなく陛下はどなたとでも笑顔で接して下さっていますよ。」 コンラートの顔には、有利を誇らしげに思う気持ちが溢れていた。 『やっぱり、コンラッドに任せてよかった。ほら、おれって医療機関を作ったのはいいけど、王都の近くの割り と立派なのしか見たりできなかったから・・・小さな村でどんなにそれが嬉しいことかとか直接聞けてよかった。』 彼が届けてくれた野菜は、そのまま夕食に出され、有利は嬉しそうに食べていた。そんな有利の姿は、 館に集められた臨時働きの領民たちから、話が広がってゆく。下々の言葉に耳を傾けてくれる王など今まで いなかった。だから、名君と噂されていても、本当に自分達の声に耳を傾けてくれているか、半信半疑だった。 だが、今日のようなことが積み重なり、また有利の考えを理解してくれる民が増えていくのだ。 やがて、その彼を支えようとする力が生まれてくる。そして、いつか本当の平和な世界を作り上げていくのだ。 そう考えると、コンラートは、誇らしくてたまらない。 「貴方が言う王への謁見とはなんでしょう?華やかな舞踏会で、王に拝謁することでしょう?陛下が謁見を なされたいのは、世の中には王で無いとできないことがあり、それを陛下に聞いて欲しいと願う人々お言葉で あり心です。自分の欲望だけや利権を優遇して欲しいと願う様な、浅ましい願いではない!」 「そ・・それは。」 「だが、理想はどうでも、世の中には付き合いというのも必要で、全員に会ってくださいとは、言わないが 近隣の領主くらいいは会っていただけないだろうか?娘も言ったとおり、我々が陛下のご尊顔を拝せる機会 など、まずないのだから。」 コンラートは内心、ため息を深くついた。話が通じていない・・・。 「いいじゃないか、ウェラー卿。たしかに、彼にも一理ある。付き合いって言うのも大事だよ〜。近隣の領主 くらいなら良いだろう。その代りまとめてだよ。一人ひとりでは、陛下がお疲れになっているからね。だからといって、 人数が多すぎるのもね。代表で数名だね、あぁ、誰と会うかは君が選びたまえ。」 思いがけない援軍に、ハーバー卿がそちらをみれば、大賢者が夜の散策なんだ〜なんていいながら来た。 「さすがは猊下!わかりました。それでは失礼致します。」 思いがけず取り付けた約束を反故にされる前に、ハーバー卿とアーデルハイドはその場を立ち去った。 「何をお考えですか?猊下?」 「うん、それなりにね・・。まぁ、しいて言えば、有利のためかな?」 「ウェラー卿、僕は君は渋谷有利に不可欠な人間だと思っているよ・・。君の代わりは誰もなれない・・僕もね。」 「げい・・か?」 「じゃぁ、おやすみ〜。」 ひらひらと手を振ると、村田はまた元来た道を戻っていく・・。まさか、あれだけを言いに来たとか? まさかな・・。 だけれど、なんとはなく気持ちが軽くなった気がするコンラートであった。 翌日、陛下が直接自分たちの言葉を聞いてくれるという噂を聞きつけた民で、ハーバーの屋敷前は多くの民 が集まった。コンラートは、その一人一人と会い、言葉を交わし、本当に必要な用件のある者達だけを選出した。 やはり中には、陛下に挨拶できるとか?言葉を交わせるとか思い込んで、用も無いのに来た者も多くいたが、 コンラートはそう言った者も無下に帰すことはせず、一箇所に集めると、謁見というものは王の仕事であることを いい含めて、だから陳情などの用が無い場合は申し込むことは出来ない事をきちんと噛み砕いて説明した。 それから、ベランダからではあるが陛下のお出ましを願うと、有利は嫌な顔一つせず、ベランダから姿を現した。 そして、来てくれて有り難う!と、彼らに笑顔で礼を言う。彼らに降りそそぐ太陽の笑顔。それだけで、多くの民達は 十分満足して帰って行った。 「やっぱり、彼は有利に必要だね。二人が揃うことで、こうして平和への種がまかれていくんだ。」 村田は、満足げに笑顔で帰っていく民達の後姿を見ながら隣にいるヨザックに話しかけた。今この時、民の一人 一人が、何かあれば、王が自分達の声を聞いてくださるという希望を胸にした。そして、その希望という種は 彼らと触れ合った別の者達の胸にも蒔かれ、やがて平和と云う、かけがえのない花を咲かすだろう。 まだ見ぬ、だけど確実に近づいてゆくその世界が、かの賢者には見えるのだろうか?ヨザックが今まで見た中でも 一番穏やかで優しい微笑をその顔(かんばせ)にのせていた。 「貴方も、必要ですよ・・」 ヨザックは、まぶしいものを見るように目を細めて、知性の瞳を持つ少年を真っ直ぐ見つめた。 「その未来には、貴方の力も不可欠なんですから・・猊下。」 「・・うん///、わかっているよ。」 「こら、そこのバカッポー。何いちゃついてんだよ!」 ちょうど、そこにベランダから戻った有利に見られてしまった。 「ふん、キミだって、庭にいるウェラー卿と目を合わせて、ニヤニヤしていたくせに。」 「/// な・・ニヤニヤって!!」 ぎゃーぎゃー騒ぎながら、部屋に戻っていく双黒の少年達。その後姿を見ながら、自分も彼らを支える 一人に入っていることを、誇りに思うヨザックだった。 さて、謁見だが、まずはコンラートの選んだ民が、陳情に訪れた。魔王を前に、緊張のあまり言葉を失っても、 先に内容を聞きだしたコンラートが的確に、魔王に内容を補足する。それに、大賢者が助言をし、大まかな 指示が、報告書にしたためられて、まとめて鳩で血盟城へと飛んでゆく。 その後、休憩を挟んで今度は、ハーバー卿によって、拝謁を申し込んだ中から、数名の貴族が選び出されて 魔王陛下の前に並んだ。魔王の後ろを守るのはヨザック。手前で彼らを見張るのがコンラートだ。 村田は、影からこの様子を伺ってはいるが、出て行く様子は見られなかった。 ハーバー卿によって紹介された貴族達は、美辞麗句を並び立てて、いかに自分達が魔王に忠実な者かと 云う事や、双黒二人の素晴しさなどをまくし立てた。魔王の顔に笑顔はナイ。コンラートの目が厳しい光を もって、彼らと、ソレを連れて来たハーバー卿に注がれた。 やがて、貴族達の謁見も終わり、皆意気揚々と帰っていった。特に、ハーバー卿は、皆に礼を言われ 有頂天といったところだ。それを廊下に出て見送りながら、コンラートは一つの決意をした。 陛下にお茶でも入れようと厨房に向かおうとした途中、廊下が騒がしいことに気付いた。コンラートは、剣の柄に 手をかけるとそちらに向かった。誰かがこちらに無理やり来ようと言うのを、使用人が止めているらしい。 「どうした!何があった!?」 あ・・といって、使用人達の意識が、コンラートに向かった瞬間、捕まえられていた若い男は、彼らの手を 振りほどき、コンラートの前に手をついた。 「お願いです!どうか、魔王陛下にお取次ぎを!!!」 第九幕 取次ぎを求める青年は、ハーバー卿に頼み込んで謁見を申し込んだが、すげなく断られたという。 「今日の謁見は今しがた終わったところなんだが・・。」 「そんな・・、お願いです。貢物なら後で必ずお持ちいたしますので!」 「まて!貢物?何のことだ?」 「ですから、謁見を取り次いでもらうには、・・その・・金品とか・・ですが、わたくしの領地は今ひっ迫して いまして・・でも、私財を投げても必ずやお持ちいたします!ですから!どうか、我が領民をお助け下さい!」 は〜と、ここに来て何度目かの、深いため息がコンラートから漏れる。それに、びくりと青年の肩が揺れる。 貧乏貴族がと呆れられたのかとでも思ったのだろう。 「あのね・・。」 「は・・はい!」 「謁見に貢物のなんて要らないんだよ。」 「は?」 「謁見とは、王にしか出来ない事を、願い出る場なんだ。だから、今日だって普通の民が謁見したが、誰も 貢物なんて持ってこないよ。あぁ、昨日、村に医療施設を造ってくれたお礼といって、野菜を持ってきた農夫 が居たくらいだね。」 「は?農夫が謁見したのですか?やさい?というと、かぼちゃや茄子とか?」 「朝採りたてを持ってきてくれたって、陛下はそれはもう美味しそうに召し上がっていたね。」 「へ・・陛下が?」 「それで、領民を助けてとはどういうことかな?おれは、ウェラー卿コンラート。一応陛下の側近だから、 事によっては、あわせてあげられるよ。」 「う・・ウェラー卿コンラート閣下!?」 一応どころか、側近中の側近の名前に、青年貴族はあんぐりと口を開けた。 「水源が?」 「はい、陛下。彼が申しますには、彼の領地の水源となっている泉に先日の嵐で多量の土砂が流れ込んだ ようなのです。その水源を使っている村は5つ。幸い、農作物には使えるため野菜などから水分は摂取 できているようです。」 コンラートは、魔王陛下どころか、大賢者猊下までいる席に引っ張り出され、しかも何故か一緒にお茶まで 飲む自体に、すっかり緊張して紅茶でむせる始末だった。なので、コンラートが事のあらましを魔王陛下に 説明しているのだ。 「でも、コンラッド。水が無くちゃ生活が困るだろう?井戸を掘るとか出来ないの?」 「あの地は、地下水が深くて脆い所を通っているので、迂闊に掘れないのです。それより湧き水が豊富な 泉がありましたから、そこから皆生活用水を引いていたんです。」 「村田、ろ過装置とか出来ないかな?」 「だとしたら、フォンカーベルニコフ卿の出番だね。彼女に行ってもらおうか?」 「あぁ、アニシナさんなら大丈夫だねっ!!」 ごきゅ!! 目の前の青年貴族の顔色が変わった。喉から変な音がでている。まぁ、仕方ない、彼女の存在に慣れて いる者でも、赤い悪魔の名には慄くのだ。一般の者ならこのくらいですんだなら、まだましな反応だ。 「では、早速鳩をアニシナに送っておきましょう。たしか、今領地に戻っているはずですから。」 青年のなんとも複雑な視線の先で、無常にも白い鳩は飛び去ったのだった。 また、当分の間、近隣から、水を運ぶよう手配がされるようになり、また収入も減るだろうからと、減税の 調査に、城から文官数名が派遣されることも決まった。青年は、何度も礼を述べると、領地へと知らせる 為に戻っていった。 それを、窓から見送りながら、ポツリと、コンラートが言った。 「ユーリ、城へ戻りませんか?」 「・・・・アンタが帰る時に帰る。」 だが、頑固として有利の主張は変わらない。おれは!コンラッドとじゃないと帰らないからな!と、ここ数日 この繰り返しである。 「えっと、俺はまだすることが有りますので、先にー。」 「一緒じゃないと帰らない!」 「……はぁ〜。頑固ですね。」 「アンタがだ!!」 がう!と吠えた有利の前髪を一掬いすると、恭しく唇を寄せた。 真っ赤になった有利だが、逃げていく様子はない。 「逃げないんですね。前は、触れただけで突き飛ばしたのに・・。」 「う・・反省したんだ。おれの態度のせいで、アンタ おれに嫌われていると思っているだろう。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え、違うんですか?」 「やっぱりか!!違うに決まっているだろう!反対なの反対!好きだから恥ずかしいんだろ!」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いま・・・・・・・・なんて?」 「・・・・・・・・へ・・・・・げげっ!しまった、つい言っちゃった!・・・ああっと・・・・ええっと!」 あたふたとする有利、援軍を頼もうとすると、すでに村田もヨザックも姿が見えなかった。覚悟を決めて 告白をしろということだ。 「ユーリ?」 「あ、アンタずるいぞ、何小首傾げてかわいこぶってんだぁ!」 「ユーリ・・。」 「・・・・・・・・・・・・・・・うう。」 「有利。」 ピクッ! 「今、有利って・・・。」 びっくりする有利を、その腕の中にしまいこむと、コンラートは愛しげにその名前を繰り返す。 「有利・・有利・・有利・・。」 万感の思いをこめて・・。 「コンラート。」 やがて、有利の両腕が上がり、そっとその広い背中に回る。 一番好き・・デス 小さく・・消え入りそうな声で紡がれたその音を、コンラートはしっかりとその耳で拾い、心で受け止めた。 途端に、自分の中でずっと疼いていた・・彼に厭われたという傷はふさがっていくのがわかった。 変わりに、告げることは無いだろうと覚悟して秘めた思いが、溢れ出し口を突いて零れ落ちた。 俺も、有利が一番好きです。愛しています。 窓辺で抱き合う二人、それを見ていた者がいた・・・アーデルハイドだ。 たまたま、庭に出ていた彼女は、見上げた先に二人がただならぬ空気を纏って、寄り添うのを見てしまった。 「なぜ、コンラート様と陛下が抱き合っておいでなの!?」 信じられないものを見た彼女は、父親の元に向かって走り出した。そこで、もっと信じられないものを 見るとも知らずにーーー。 バン!! 「お父様!聞いてください!・・・あっ・・・・。」 父親の部屋に飛び込んだ彼女は、今まさに暴漢に襲われようとしている父親の姿を見た。 「アーデルハイド!逃げるんだ!」 「きゃ・・!うぐぅ!!」 必死にハーバー卿ヨーゼフが娘に逃げるように言ったが、足のすくんだアーデルハイドは、悲鳴を上げ ようとしたところで、背後から口を塞がれてしまった。 「アーデルハイド!!娘は・・娘だけは助けてください!クサヴァー閣下!!」 「!!」 父親が叫んだ言葉に、アーデルハイドは必死に背後を振り返り、自分を捕まえている男を仰ぎ見た。 その顔は確かに、ハーバー家の主家であるクラテンシュタイン卿クサヴァーであった。 「もちろんだ。彼女には、まだして貰わなければならない事がある。死ぬのは、私達をコケにした 貴様だけで十分だ!!」 血走った目が、ヨーゼフを捉える。その鬼のような形相に、ひぃっと小さく悲鳴を上げてヨーゼフは 震え上がる。先程まで、貢物に貰った酒を片手に、色とりどりの宝石や、上等な衣装などを眺めて 悦に入ってたというのに、突然彼らが乱入してきたと思ったら、テーブルに叩きつけられたのだ。 丁度そこに、娘が現れて二人そろって捕らえられてしまった。 「代々このクラテンシュタイン家に仕えてきた身でありながら、主家の当主である私を裏切り、 あまつさえ、笑いものにするとは・・貴様だけは許せん!!」 「ひぃ・・そんなつもりは・・!」 ガタガタと震えながら、どうにか弁解をしようとするヨーゼフを今度は、押さえつけている 二人の男が叱咤する。 「その上、我らから品物だけもらって、後は取り次ぎさえもしないとはどういうことだ!」 「そ・・れは、ウェラー卿が、拝謁目的だけの謁見は断れというので・・・。」 「だったら、何故、今日は他の貴族が謁見できたのだ?どうせ、より多く金品を巻き上げようとした のだろう!」 そういうと、テーブルの上にあった、上等な酒に手を伸ばす。 「これ一本で、下々の民など一年暮らせるという酒だな・・・。中々、イイご身分ですな・・ ハーバー卿ヨーゼフ閣下?」 ダン!!と、肩を乱暴に打ち付けられ、痛みにヨーゼフの顔がゆがむ。 「おい、早くしないと、陛下に気付かれてしまうからな。あの煩い護衛が来てしまうと厄介だ。」 (そうだ・・コンラート様なら!!) その言葉に、アーデルハイドは、一抹の希望を抱く。ウェラー卿コンラート。ルッテンベルクの獅子と謳わ れた剣士、彼ならばこのくらいの者などねじ伏せられるのではないか! しかし、拘束された体は動かず、助けを呼ぼうにも出来ない。そうこうしている内に、残りの一人が 先程の酒に何かを入れ、ヨーゼフの口元へ持っていこうとする。 「安心しろ、それは即効性でな・・苦しまずに、心の臓をとめてくれる。お前が病死した後は、娘御は 私が後見人として、きちんとウェラーに嫁がせてやるわ。そして、あの男もすぐに後を追わせてくれる!」 (そんな!?おとうさま!!) 今まさに、毒を飲ませようとした所に、バーータン!!と扉を蹴破って、カーキ色の風が流れ込んできた。 キン!っと剣が弧を描き、毒の入ったグラスが宙を舞った。続いて、アーデルハイドは自分を拘束している 男の力が失われたことを知った。 「大丈夫ですか?お嬢さん?」 くらりと、バランスを崩した彼女を受け止めたのは、オレンジ髪の青年・確か猊下の護衛という青年だ。 クラテンシュタイン卿クサヴァー は、この青年の手によってだろう?倒された後、なぜかメイド達に取り 押さえられている。 一瞬、ほっとしかけたが、すぐに父親の事を思い出して、そちらを振り返ると、すでに父親は助け出され 彼を拘束していた二人は、一人は顔を抑え、一人は腹を抑えて床に伸びていた。毒を飲ませようとし ていた男も、腕を切られてヒィヒィ呻いている。 そういえば、さっきバキッ!ゴキッ!という、鈍い音がしたような・・・。 「大丈夫でしたか?アーデルハイド様?」 なぜだか、今は爽やかなその笑顔が怖い。だって、そう言いつつ、ぎゅうぎゅうに男達を縛り上げているんですもの。 「はい・・大丈夫ですわ、コンラート様。」 コンラートは、縛り上げた貴族達をメイドに渡す。よくみれば、領内から臨時に雇った者たちだった。 「いや・・助かりました。流石は、ウェラー卿。あやうく、逆恨みで殺されるところでした。」 ハーバー卿ヨーゼフは、痛む肩をさすりながらコンラートに近づいてきた。 「逆恨み・・ですか?」 「そうです、なにせ、我が家は、娘が貴方と婚約し十貴族の養女に決まり、しかも魔王陛下までご滞在されて いますからな〜。クサヴァー閣下は面白くなかったようです。この方々も・・。」 といって、何故かメイド達に引き面れて行く上級貴族の三人を見やると、少しだけ声を落とし、 「貴方に言われて、謁見のお取次ぎをお断りしたので、自尊心が傷ついたのでしょう。なにせ、元々は 中央権力にいた方々ですからな〜、いや〜私も彼らの申し出を断るときは苦労いたしました〜。」 「あなたは、これが本当に逆恨みだと?」 「え・えぇ、そうです。他に理由などありませんよ〜。」 「いい加減になさったらどうです!これは、貴方の態度が招いたことです!」 何時になく荒々しいコンラートの声に、ハーバー卿ヨーゼフが後ずさった。 「・・な・・なにを!私は被害者なのですよ!!」 「いいえ、貴方は加害者です。貴方は、娘の婚約を使い、陛下が名付け親である俺に気を使うのを よいことに、よりによって魔王陛下への謁見を取り次ぐ代わりに、貢物を請求していた事は判っている のですよ!」 「そ・・・それは勝手に・・。」 「勝手に持ってきたのなら、お断りすれば言いだけです。なのに貴方はより金品を差し出したものを 陛下に謁見させましたね。そして、水害で苦しむ領民の為に陳情に来た青年貴族を、金が無いからと 追い返した!そういった者こそ、優先して謁見につれてくるべきでしょう。貴方のせいで、水源が だめになった5つの村の民が死ぬところだったんですよ!」 コンラートは手厳しい。もし、あの時、かの青年が自分の身を省みず、領民の為に騒がなかったら 水の無い村は、数ヶ月もしない内にそこでの生活が出来ずに村を出るか、そこで死ぬしかないのだ。 「お・・お父様・・なんてことを・・。」 あまりの内容に、アーデルハイドが口を両手で追って震えだした。 「しかも、許しがたいのは、それによって陛下の名に傷がつくことです。今まで、どんなに陛下が頑張って この国を良くしようとしてきたか、その努力が貴方の傲慢さによって、民を見殺しにした王とされる所 だったのですよ。貴方の罪は重い。」 「わ・・わたしは・・。」 「ハーバー卿・私は陛下に毒となるものを許しはしません。・・アーデルハイド嬢との婚約は破棄させて いただきます!」 「ま・・それとこれは、関係が・・。」 「あるからお断りするのです。」 コンラートの目には、有利の努力を無にした男を許しはしないという、殺気にも似た気迫がこもっていた。 「アーデルハイド様・・貴方には申し訳ないが、陛下の側に権力や金に左右されるものを置く事は出来ないのです。」 「そ・・そんな・・。」 ふるふると、彼女の目から涙が溢れたが、コンラートはすみませんと、一言謝ると彼女の脇を通り過ぎようとした。 「く・・・混血ぶぜいがえらそうに!折角、娘をくれてやろうというのに、何たる屈辱だ!!」 「それがアンタの本性?」 反発したハーバー卿がコンラートを罵ると、それにかぶせたように第三者の声が上がった。まだ、 大人になりきっていない少し高い少年の声。 「へ・・・いか・・・・」 そう、それは双黒の少年王。27代魔王陛下がカツカツと、ハーバー卿の前まで来ると ビシィィ!! と、男に向けて指を刺し 「その混血ぶぜいいよって、甘い汁を吸おうとした奴が言うことではないだろう!」 「な・・なにを・・」 「まず最初に言っておく、コンラッドの婚約は無効だから。」 無効?解消じゃなく? 「コンラッド、この前の約束覚えているか?おれに15年分の誕生日プレゼントをくれるって言ったの。」 「えぇ、俺が贈れるもんでしたら・・?」 「おれね、おれ・・。」 おれ、コンラッドが丸ごと欲しい! 「・・・・・・・はぁっ!?えぇ!!」 「生まれてから15年分だから俺のほうに優先順位が有るということで、はい、この婚約はコンラッドの 所有者であるおれの許可が無いんで無効でーす!と、いうことで、アンタの計画はおじゃんだな!」 ぎくり・・ 「い・・あ・・計画とはなんの・・?」 この期に及んで、まだ白を切り通そうと言うオッサンに(←オッサン扱い決定)魔王陛下の 気持ちのいい啖呵が飛ぶ! 「オッサン!おれが知らないと思ったか?おれはね!コンラッドを暗殺計画から守りに来たの! あんたが、コンラッドと娘を結婚させて、ルッテンベルクの農場の作物の横流しを計画していた事も、 あのクラ・・?しゅたいん?とかいうオッサンと子供が出来たら、コンラッドを殺してルッテンベルクと ウェラーの名前を奪う目的であることも知っていたんっだよ!どうだ、参ったか!!」 両手を腰に当て、えっへんと胸を張ろ有利に、魔王らしく素晴しくカッコイイ(可愛い)です、陛下! と、何故か拍手をするウェラー卿コンラートとメイドさん姿の実はお庭番衆。 「えっと、ウェラー卿聞いていた?君の暗殺計画があったんですけど・・。」 流石の村田さんも、この反応にはちょっと引いた。しかし、聞いてはいてくれたようだ・・別の人物だが・・。 「何ですってぇ!コンラート様を 暗殺 ですって!?」 一体どういうことですの!お父様?アーデルハイドは、怒りの形相で父親の胸倉を掴むと、ユサユサ揺 らした。あれは、有利がヴォルフラムに良くやられる、脳みそシェイクだ。 「え・・いや・・そそそ・・・れれれれ・・・はははは・・・・きゅう〜。」 「きゅうじゃわかりませんことよ!!さぁさ!とっとと白状なさい!!!」 「わー!!アーデルハイドさん、おっさん!脳震盪おこしているから、離して離して!!」 「えぇ!素直に話さないとひどいですわよーーー!!!」 「だから、ちがうってー!!」 なおも、凄い形相で、意識を手放す父親の両頬をパチンバチンと、往復ビンタで起こすという荒業 までする貴族の令嬢に、その場にいた全員が固まった。 「なんで・・こんなことに・・。」 有利としては、真実を叩きつけて、成敗へと持っていきたかったのだが・・・アーデルハイドが凄い勢いで、 父親を締め上げるので、思わず止めに入ってしまった。 「さっさと、白状なさーーーい!!」 「わーーーアデルハイドさん!!!首を絞めるのだけは、やめて〜〜〜〜!!!」 「ヨザ・・・この国の令嬢って・・皆、あーなの??国を離れていた4000年は長いよな〜。」 「猊下・・・中には、まともなのもいますよ・・・・多分・・・・。」 しみじみと、アニシナだのギーゼラだのアーデルハイドだのを思い浮かべて、女性って元気だな〜なんて トホホ気味にぼやく村田。彼女等の居るこの国をまとめる一人である大賢者に、慰めにならないようなことを 言うお庭番だった。 まぁ、とりあえずは一件落着のようだ。目的であった、コンラートの結婚の阻止も奪還も出来たようだし・・。 村田は、なおも父親を締め上げ、魔王に止められるアーデルハイドを見ながら、今回の首謀者でこのウサは 晴らさないとな〜と、心の内でそっと思ったのだった。 さぁ、陛下お持ちしていましたよ!と、ギュンギュン閣下が嬉しそうに積み上げた書類の厚さを見て 有利は、うげぇ!!!と蛙がつぶれたような声を出した。 「あぁ、やっと陛下がわたくしの元に戻られて、しかも二人っきりでのし・つ・む♥ ぶは〜〜!!」 ギュン汁噴出の前に、コンラートが慣れた手つきで、ギュンターの向きを扉に向ける。びちゃりと扉に かかった水音に、廊下で執務室の扉を守る衛兵が、ぎくりと身を強張らせた。 「コンラート!何故貴方がここにいるのです。今日からの執務は、私が陛下にご説明申し上げて ふたっりっきりv で!執り行えば済むものです!さぁさ!貴方は別の仕事でもしなさい!」 「と、言われても、俺は丸ごと陛下に差し上げたので、陛下の許可がないと離れられないんだ。」 「な・・なんですってーーー!!」 「そ♥15年分の誕生日プレゼントに貰ったんだ〜。だから、おれの側から離れちゃダメだぞ!」 「はい、陛下。」 「陛下もなし。」 「はい、ユーリ♥」 「うん!」 じゃぁ、仕事するかーー!有利は腕まくりすると、早速仕事に取り掛かった。コンラートもそんな主 の為にお茶の準備にとりかかる。そこに、グウェンダルが入ってきた。手にはアニシナからの手紙を もっていた。例の水源が土砂で濁った泉に到着し、早速魔道装置を使ってろ過をするというのだ。 ついでに、色々することがあるので、暫らく帰ってこないそうだ。 それに安堵するグウェンダル。 「よかったね、ユーリ。これであそこに住む民も安心だ。今回は、猊下が『動力』をアニシナに送った みたいだから、彼女も安心して装置の製作が出るしね。」 追加予定もあるみたいだよ。 ぴくり・・・と、グウェンダルの眉が上がった。今、不穏な響きが・・そういえば、今回の騒動と なった上級貴族どもは、猊下が去勢施設に入れるとか言っていなかったか?・・まさか 施設ではなく・・装置・・いや!!・・突っ込むと自分の身が危ないかもしれない・・・・ 久々の平和を満喫したい摂政閣下は、弟の不穏な発言は聴かなかったことにした。 久々に活気に満ちる執務室。 約一名・・・・何故だか真っ白になった王佐を除いて・・・・。 サイト名 das Schlafen von Löwen (和訳 眠れる獅子) 作者 神咲 颯凛ーKAMISAKI SOURINー URL http://conrad.is-mine.net/ サイトに掲載する場合は、上記・当サイト名(ドイツ語表記がわからない場合は、和訳でもOK)・ 作者名・このサイトのアドレスを明記して、この作品がこちらの著作物とわかるようにして下さい。 でも、まだ書いている途中で続くんですよ〜。29日までには終わります。 設定的にはマニメ沿いです。原作だと次男が帰ってきていないんですからね。 2008年7月22日第六幕UP 7月26日第七幕UP 7月27日第八幕UP 7月28日第九幕UP完結です! 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