陛下お誕生日フリー小説
第一幕
7月29日は、我らが魔王陛下のお誕生日である。即位して3年。毎年、この時期になるとギュンターが、
異様に盛り上がって、ヤレ生誕祭だ、豪華な舞踏会だ〜と開催しようとするので、庶民派魔王といたし
ましては、自分が生まれたことの為に、そこまで国庫から出費するのが申し訳なく。今年は前もって
『国庫から俺の誕生日に出費するくらいなら、児童福祉に回してよ。』
と、血盟城内に働く主婦の皆さんにの為に、託児所を造る案を出してみた。
このような概念は眞魔国には無かったらしく、何故かギュンターではなく、アニシナを大いに喜ばせ、
あ…という間に話がとんとん拍子に…。どうせなら、王都にもつくり、評判が良さそうなら地方都市にも
広げようという話にまでなった。
ギュンギュン閣下は、物足りなさそうだが、毒女の前にそういう訳にもいかず、泣く泣く諦めてくれ
たのだ。実際に、祝われる立場の魔王が、アレだけ嫌がってるのだから開催しても意味ないだろうに・・。
さて、華やかな舞踏会からは逃げられたわけだが、せめて何かお祝いをしたいというギュンターに、
迫れらた魔王陛下は、仕方ナシに身内のものだけの小さなお祝い会だけは許してくれた。
しかし、そうなると、贈り物が必要になるのだが、それはユーリが激しく辞退した。
まぁ、血のべっとりついた妄想日記や、臭い絵の具でかかれた狸の絵や・・何だか解らない編みぐるみ
は、もういらないという陛下の気持ちもわからないではない。
「と、いうことで、今年は贈り物は一切いらない!どうしてもというなら、お祝い会も中止、その分
を、託児所のおもちゃ費に当てるぞ!」
と・・ここまで言われれば、側近の面々も押し黙るしかない。
「でも、ユーリ。俺としては、15年間可愛い名付け子に、贈り物も出来なかったんだから、せめて
近くにいる間だけでもさせて下さいよ。」
コンラートがそう云うと、僅かだが有利の顔が歪んだ。でも、それは一瞬で、瞬きもしない内に、
呆れ顔に変わっていたけど……。気のせいか?
「野球場に、芝までプレゼントさえたら15年どころか、一生分だよ…。もう、コンラッドは、
名付け子にプレゼントは一生禁止。あんた、その分、自分の事に使ってよ。」
え?……
なんと、コンラートには、今回だけでなく一生プレゼント禁止令が出てしまった!
それは、自分からは、もう 何も欲しくないってこと?
顔には出さないが、この言葉に、コンラートは激しく動揺した。
「はぁ、で?こんな所で自棄酒ね〜。」
珍しくも幼馴染から、酒に付き合えと言われて一緒に城下に繰り出してみれば、誘っておいて
自分だけが ばがばと酒を飲んでいく男に、呆れたようにヨザックは首をすくめた。
すでに、コンラートの前には、お値段も度数も、目一杯高い酒が4本転がっている。
あきらかに、飲みすぎだ。
「別の事に使えと言われても、俺には欲しい物等無いし…。」
まぁ、そうだろう、コンラートほど物欲の無い男も珍しい。女にもモテルが、一方的に言い寄る
中から、後腐れが無さそうなのをえらんで、一夜の相手をするぐらいで、恋人と呼べる程、深い
関係の女性はいない。身分なんていうものには、苦しめられた記憶しかないので、執着する
わけがないし、お金・・も、剣一本有れば暮らせると言う旅暮らしに慣れた身には、別段
どうでもいいようなものだ。この男が執着したもの、それは唯一 ・・・・。
あの、可愛い魔王陛下だ。
― いや、正確に言うなら、あの可愛い渋谷有利という少年だけだ。
彼の為なら、本当に、例え火の中水の中!何をしてでも、この男は駆けつけるだろう。
そのくらいに、心酔・・いっそ、溺愛していると言っていい。その可愛いかわいい…(以下略)・・・
有利から、 アンタからは何もいらない と突き放されてしまって、コンラートは思った以上に
ダメージを受けてしまった!
「俺はユーリに・・嫌われたのだろうか?」
「あんた…酔って、思考が自虐的になってきたな・・。」
「ユーリに嫌われたら…俺はどうしたらいいんだ・・。」
「あのなー、別に嫌われたわけでも ないだろうによ〜。」
「はぁ〜。いっそ、また旅にでも出ようかな…。」
「おいこら、そんな事したら、坊ちゃんが 悲しむからやめてくれよ!」
冗談ではない!彼が敵国から帰ってきてくれて、心底喜んだのは、その渋谷有利だ。今度こそ
自分の側に居てくれると信じている彼の前から、またこの男が消えたら・・・有利の受ける衝撃は、
生半端なのもではない。前回は、何とか堪えてくれた…でも、もう一度は耐えれるかどうか?
「なんでだ…?ユーリは おれが嫌いなんだぞ?」
いつの間にか、嫌われたことは 決定事項になってしまっている。酔っているとはいえ、これはまずい!
「あぁ、もう!帰るぞ!アンタ呑み過ぎだ!」
「やだ…まだのむ・・。」
・・・・どこの、ガキだコイツは!
「と、いうわけなんですよ猊下〜。俺はその後、散々ごねる奴を城まで運んで、ベットに
蹴り込んできました。そのくせ、二日酔いもしないで、朝になると陛下とロードワークにでかけるし、
後ろから短剣 投げてやろうとかと思いましたよっ!」
つい、本音が出たヨザックを、よしよしと猊下こと、村田健が頭をなでてやる。
しかし困った。ヨザックではないが、本当に彼が旅にでも出られたら困る。コンラートの中で
有利に嫌われている事が、決定事項になってしまっていたら……できれば酔いに任せてその場だけの
思考でいて欲しい。が…相手はあのウェラー卿コンラートだ。有利の為なら、何でもしてしまう彼。
有利に不快な思いをさせる 自分などの始末くらい 朝飯前の男だ。
大体、何でいきなりプレゼント一生禁止令なんて出すんだ?あの親友の事だから、その場の勢い
という可能性も有るが、ここは一度呼び出してみるか?
どうも、面倒になりそうな予感を覚えた村田は、騒動になる前に、原因の魔王陛下を呼び出すことにした。
第二幕
「だって、コンラッドのくれる物って桁違いなんだもん。しかも・・俺には、あいつの誕生日も祝わせ
てくれないんだぜ!せめてと思って、俺の誕生日を名付け親記念日にして、祝おうとしたら毎年
毎年・・ギュンギュンが、張り切って邪魔してくれるし・・もう!俺が貰いっぱなしって、不公平だろう!
そ・・それに、アイツ・・名付け子にっていうしさ・・だったら、名前付けてなかったらおれの事はどうでも
イイのかと思ったら腹たっちゃって・・つい・・。」
呼び出してみれば、なんてことはナイ。つまりあれだ、恋する乙女的な状態の有利の地雷を、
コンラートが踏んだのか?あははは、なんだ〜・・って言うと思っているのかい?
「うわ!待って村田!何怒っているの??」
「まったく、君ってやつは・・君って奴わ!きみってやつわーーー!どーして?他の事には
猪突猛進なくせして、ウェラー卿が絡むとそう乙女なんだい!そうやって、八つ当たりしている
暇が有ったら、さっさと告白して、くっついちゃいなー!!!」
ゼイゼイ、ハァハァ まったく、一気に話すと息が・・あ〜〜もう、苦しい。
「はい、猊下大丈夫ですか?これ飲んで下さいね?」
「うん、有り難う。」
グリエちゃんが、甲斐甲斐しく村田の世話をするのを、有利はいいな〜といって、眺める。
「は?何言っているんですか?隊長なんて、もっと甲斐々しく陛下のお世話をしているじゃないですか〜?」
「そうだよ、甘いなんてもんじゃないだろう!君たちがお互いに向けるバカップル光線は!」
「はぁ?光線?何のことだよ〜。」
「チッこの無自覚天然垂れ流しコンビが・・・。」
「猊下・・御口が悪くなっていますよ。^^;」
「じゃなくってー!コンラッドのは、親ばかなの!おれがいいなーっていったのは、村田とヨザックって
ちゃんと 恋人として、いちゃついているんだろー、いいな〜おれも、恋人になりたい////。」
真っ赤になって、照れている有利・・大変可愛らしい姿だ。この姿を見せて告白すれば一発で話は
まとまるはずなのに・・。と、思わずには、いられないヨザックであった。
「ヨザ・・僕は今とてもショックだよ・・あんなに無自覚でいちゃつくバカップルにしか見えない奴らの
片割れに、普通にしていたのに、『いちゃついている』・・なんて言われたよ。」
「え〜、グリエわぁ〜、恋人にみえてうれしい〜って、痛い!痛いです!ケンちゃん、脇をつねるのは
ヤメテクダサイ!」
「うるさい!」
「おまえら、十分バカップルだぞ・・。」
「君に言われたくないよ!」
とにかく、陛下。奴にきちんと今と同じ台詞を言って、一生贈り物禁止令をとくか、告白でも
なんでもして、くっつくか?どちらかしてください!じゃないと、アイツとんでもない事を
思いつくかも知れませんよ〜。と、ヨザックに言われて来たものの・・・。
「とんでもない事って何だろう?」
「何がです?」
眞王廟から戻ってみれば、コンラートは城下に出かけていて いなかった。そこで、厩舎で待つ
ことにしたのだが、いつの間にか思考に沈んでしまったらしい。思わず呟いた一言に、聞きなれた声で
返事があった。
「コンラッド!」
ノーカンティーをなでながら、すぐ後ろにコンラートが立っていた。どうやら、馬の足音にも
気付かなかったらしい。
「えっと、おかえりコンラッド。」
「はい、只今戻りました陛下。ところで、こんな所でどうしたんですか?また、供も付けずに
来ちゃったんですね。」
「ムッ…いいじゃん、ここは俺んちの庭なんだしさ。」
「でも、誰でも出入できる所ですよ。供は必ず付けて下さいって、いつも言っていますよね?」
「うー、もう!コンラッドの説教なんて聞きたくない!」
有利はそのまま城の方角へ駆け出してしまった。いつもならコンラートが追うのだが…その日、彼は
追っては来なかった。
それどころか、その日から姿を消してしまった。って、本当に消えたわけではなく、先日城下に
出向いたのは、実は、ツェリ様が立ち寄っていたからであり、そのまま母親のお供で出かけて
しまったのだという。しかも、うっかり
「あーもう、結局・・禁止令解くことも告白も出来なかった・・ていうか、微妙に喧嘩別れ
しちゃったし〜〜。」
などと、眞王廟で愚痴ってみれば、そんな不安定な心が招いたのか?いきなりスターツァーが
始ってしまった。そして自宅の風呂に、村田共々戻ってきてしまったのだ。
これでは、きっと向うに帰ったとき、誕生日は過ぎてしまっているはずだ。さぞ、ギュンターが
がっかりするだろうが・・・。まぁ、いいか。
この時、呑気に、そんな事を思った自分を、有利は消滅させてしまいたい思いに
囚われる事になったのは、眞魔国に戻ってきてすぐの事だった。
地球で誕生日を無事過ごし、村田と共に再び国に戻ったら、前回から半月が流れていた。
案の定、久々に眞魔国に還ってみれば、誕生日はとっくに過ぎてしまい、ギャンターに出迎え一番に
泣きつかれた。いつもなら、ここで助けてくれるはずの人物がいないので、有利はギュン汁まみれに
なってしまったのだが?おかしい、名付け親どころか、自称婚約者もいない。
「あぁ、彼ら三人は今、コンラートの婚約者の所に挨拶に行っているのですよ。」
え?・・・。
「そうそう、陛下からも祝辞を贈って下さい。コンラートは、陛下にとっても一番の側近な訳ですし、
きっと向うの家も喜ぶに違いありません。」
「ちょっと、フォンクライスト卿?ウェラー卿が何だって?ちゃんと説明して!」
立ち尽くす有利の変わりに、村田がギュンターを問い詰めた。
「ですから、先日 上王陛下がこられた折に、コンラートがお供して立ち寄った館の娘が、彼に
一目ぼれを致しまして、恋焦がれるあまりに倒れて床に伏してしまったのです。その情熱的な所が
上王陛下に気に入られまして、ツェリ様の計らいで、コンラートとの婚約が決まったらしいのです。」
それで、鳩が届いて、兄弟である二人も急遽そちらに挨拶に向かったというのだ。
「ヨザック!ヨザックいる?」
「あ、猊下、ヨザックでしたら、グウェンダルの言いつけで任務についております。」
「こんな時に!?すぐに呼び戻して!!僕の用事が先だよ!」
「は・・はい!只今!」
ギュンターが慌てて出て行くと、村田は有利に向き直った。
「渋谷?しぶやってば??」
「あ?・・む・・ら・・た・・?」
生気の無い目で、村田を見返す有利・・まずい。
「しっかりして、有利!まだ、決まった訳じゃない!まだだ!いいかい?あの、君の事第一のウェラー卿が
君に黙って婚約なんてありえないよ。いいから、君はしっかり気を持って、いいね!僕が真相を付きとめる
まで、誰の言うことも信じちゃダメだ。いいね、僕の報告が有るまで、誰の言う事も信じちゃダメだよ?」
こくり・・と、有利は頷くも、一抹の不安はぬぐえない。そう、自分はヨザックに言われた事をどちらもしていない。
一生贈り物禁止令を解いてもいないし、告白もしなかった。自分がしたのは悪態をついただけ・・。
アイツとんでもない事を思いつくかも知れませんよ。
ヨザックに言われた言葉が重く圧し掛かる・・
もしかして、おれは取り返しの付かないことをしてしまったんだろうか?
だとしたら・・・?
オレハ イッタイ ドウシタライイ ・・。
胸の中に呟いた問いに、答えるものは誰もいなかった。
第三幕
そのまま伏せってしまった有利に付きっ切りで、村田は眞王廟に行かず、魔王部屋に篭っていた。
「おそい!何やっているんだ!」
村田はいきなり窓に向かって叱咤した。
「ひどーい、猊下。これでも、鳩を貰ってすぐに駆けつけてきたのに〜。」
窓から現れたのは、オレンジ頭のお庭番こと、グリエ・ヨザックだ。
「早速だけど、ウェラー卿の婚約なんて馬鹿話の真相を探りに飛んでもらいたい。」
「その必要は有りません、俺が調べていたのは、まさにそれですから。」
「へぇ、流石フォンヴォルテール卿・・で・報告してもらおうか?・・いや、ここではまずいね。」
ちらりと見やったのは、ベットの中でうずくまるように丸まって眠る有利。まるで、赤子のようだ。
「結論から言うと、婚約は本当です。」
隣の部屋に移って、お庭番の言葉を聞いた時、さすがの大賢者も耳を疑わずにはいられなかった。
「馬鹿な・・だって彼は!」
「えぇ、本当に馬鹿ですよ・・。アイツは陛下に嫌われたと思っています。だから、自分を周囲に不振がられず、
なおかつ陛下の名前に傷がつかない方法で、側から遠ざけるつもりです。」
「いなくなるだって!」
「えぇ、結婚を期にルッテンベルクの領主として戻る。よくある話ですよ。だれも、祝福はしても非難はされない。」
ある意味、完璧ですよね。ただ一点を除いて。
そう、魔王の名前に傷はつかない・・しかし、渋谷有利の心には、多大な傷を付けるだろう。確実に!
ウェラー卿コンラートは、自己評価が異常に低い。これは、彼自身が自虐的な性格と言うわけでもなく、
幼少の頃から蔑まれ、命を狙われ、排他され続けた結果だ。そう家族でさえも……。
故に彼は、親兄弟を愛してはいるが、愛されようという発想がない。
だから、コンラートは、自分が有利にとって…どのくらい必要かも、大切かも根本的な所で解る事が
出来ないでいた。…100年かけてそうなった彼を、治すのは至難の業だろう。だが、有利ならば、
いつかコンラートにそれを教える事が出来ると、密かに周りの者は期待していたのだ。
そして、もう一つ、彼が常人と大きく違うところが有る。普通、人は何かを判断する時に、自己を
中心として考えるが、コンラートの場合これは、有利だ。
有利に、どう関係するかが基準で、その際自分がどうなろうと、気にしないのだ。コンラートにとって
自分とは、何時捨ててもいい物で、有利だけが絶対不偏の者なのだ。
ある意味、大きく有利という存在に依存して生きているのが、ウェラー卿コンラートという男だ。
だから、今回も有利を不快にさせる自分を処分しようと考えた。そして見事、王という彼が傷つく事無く、
己を排除した。きっと、彼女の事は渡りに船だったのだろう。その相手になる彼女は可哀相だが、代わりに
手に入れられ男の価値を考えれば、些細な代償だ。コンラートは、穏やかで女性に優しい性格の持ち主だ。
最初のきっかけはどうであれ、きっと大切に扱ってもらえるだろう。きけば、それなりの領主の娘だと言うが、
十貴族に準じる身分を持つ、ウェラー卿の妻となれば、身分的には大出世だ。
「それでも、意味がないよ。こんな結婚、思いあう二人が離れて、みすみす不幸になるなんて…。」
「そうでしょうか?」
意外な答えが返ってきて、村田はヨザックを信じられないような目で見た。
「・・ヨザックは、止めなくていいとでも、いうのかい?」
「猊下も今言ったじゃないですか、最初はどうであれ、コンラッドの性格なら妻を大事にするだろうって。
俺もそう思いますよ。最初がどうであれ、幸せになれるなら別に構わないと思います・・第一、婚約は
正式になされたもので、コンラッドが納得している以上、どうにも出来ませんよ〜。」
そういって、ヨザックは飄々と手を横に振ってみせた。一体何を考えているのだろう?この男とその幼馴染は、
考えていることが解らない事が良くある。所詮、自分は4000年の記憶を有していても18歳の少年に
過ぎない事は、村田はよく知っていた。決して、生き易かったと言う訳でもない100年を、生き抜いた男達。
敵う訳はないが、だからといって、引き下がるわけにもいかない。自らのプライドと親友の為にも。
「では、君は、ウェラー卿がこのまま結婚して、渋谷の側から離れてもいいと?あれ程、渋谷の側に
いる事が、幸せだと言っていた彼が 『ここ』 に戻れなくなるんだよ?」
「その幸せを、手放すのには理由がある。ただの、すれ違いだとしてもね。すれ違ったまま放置
したのは誰です?アイツが、坊っちゃん第一で自分を省みない性格だって知っていたでしょう?
えぇ、馬鹿な事を考え付いたアイツが一番の大馬鹿ですがね!」
ほんっと、殴って蹴飛ばして簀巻きにして、崖からぶら下げたいくらいっすよ!
村田は呆気に取られた。ヨザックは飄々として、ウェラー卿とは別の意味で感情を表さない男だ。
その男が、怒りも顕わに悪態をついている。
ヨザックとコンラートは、互いに助け、助けられて生き難い時代を駆け抜けてきた。
だから、やっと手に入れた互いの居場所…コンラートは有利の側に、ヨザックは村田の側に居られる事を、
何よりも喜び合っていた。なのに!やっと100年生きて手に入れたその場所から、コンラートは
退く決心をした。― いや、してしまった!
それが、ヨザックには、腹立たしくもあり、悲しくもあり、怒りを覚えずにはいられない。
そんなことを思いついてしまったコンラートに、そしてそれをさせた有利にも。
「俺の言葉は通じなかった・・今の奴に通じる言葉を持つのは一人だけですよ。」
そういうと、ヨザックは戸口に向かって声をかけた。
「陛下!あいつを止めれるのはアンタだけだ。…どうするつもりですか?」
「え?渋谷?」
村田が振り向くとそこには、青い顔色をした有利が立ちすくんでいた。
第四幕
「どうって…おれにはどうすることも…。」
そう、コンラートが本当に自分から離れるというならば、有利には止めれる権利などなかった。
「あぁ、そうですか・・わかりました・・じゃぁ、祝辞でも書いてくださいよ。俺が届けて差し上げますよ。」
「ヨザ!!」
「え〜だってぇ、そんなに簡単に諦められるなら、アイツを好きだといった彼女に譲ればいいじゃないですか〜?
ほら、愛する人より愛してくれる人と結ばれた方が、幸せになれるって〜いうじゃない?」
村田の短い叱咤が飛ぶが、空色の目に 怒りを滲ませたヨザックは怯まない。口調はグリエちゃんだが、
どこか挑戦的な目で 有利を射抜くのだ。
祝辞?コンラッドが 俺の側に離れるのに?それをおれが祝うのか?なんで?だって・・コンラッドは
おれの側にいてくれるっていつも言っていたじゃないか?それが幸せだって・・。
その人が居なくなるのに、離れるのに? ・・おれは本当にそれでいいの?
頭の中に浮かぶのは、いつでも優しい眼差しで 自分を見守っている人。彼が見ていてくれるから
自分は 何処までも行くことができた。何時でも彼が有利を信じて、後ろから守っていてくれたから
自分は前だけを見つめてこれた。その人が…イナクナル?
「簡単になんて・・諦められない・・。」
ぐっと拳に力をこめると、有利は絞り出すように言を紡いだ。入れすぎて、掌に爪が食い込むが構わなかった。
ヨザックの目が今度は面白そうに細められた。
「簡単になんて、譲れるわけない!!」
「じゃぁ、どうします?取り戻しに行きますか?」
「当然だ!」
「相手の女に罵られますよ?」
「かまわない!」
「コンラッドが帰れといったら?どうします?」
「・・・・・・・・・そ・れ・・は・・。」
「彼女と結婚するから、祝ってくれと言われたら?」
「ヨザッ・・君は!?」
有利を追い詰めるヨザックを村田が責めようとすると、目線だけで黙らされた。賢い獣・・彼の事を、昔そう
言ったのは、有利だった。それをきいて、村田はヨザックに興味を抱いた。だが改めて今の視線だけで、
彼の本質を思い知らされた。決して飼い慣らせない獣。忠誠を誓った今でも、相手にその価値がないと
見るや、その牙で主を食いちぎるかもしれない、危険な・・・・。
「それでも・・・おれは・・こんな事でコンラッドを失ったり出来ない。我が儘でも、傲慢とでも罵られたって
いい・・それでコンラッドがおれの側に居てくれるなら・・おれは何だって対価を支払う・・何を失っても・・。」
もう、おれは、コンラッドを失うことは出来ない。
じっと、有利が獣を見返す。ヨザックもじぃっと見つめ返し・・有利の目に迷いがない事をみやると・・・。
「よかった・・坊ちゃんがそう言ってくれて・・。」
心底嬉しそうに笑った。その笑みを見て、村田は人知れず詰めていた息をはいた。有利も全身の力を抜く。
「じゃぁ、そうと決まれば乗り込みましょうか?」
「え、ヨザック連れて行ってくれるの?」
「もちろんです、夜の闇を走りますが?いいですかい?」
「うん!早くコンラッドの所に行きたい!!」
「もう〜!坊っちゃんたら〜、その勢いでコンラッドを取り戻してくださいねっ!」
「うん・・・色々有り難うヨザック。」
「いやん、坊っちゃん可愛いぃ〜〜。」
「ぐぇ!ぐるじぃ〜!」
「こら、ヨザ!渋谷がつぶれちゃうって!!」
いきなりグリエちゃんに、抱きつかれた有利が悲鳴を上げる。慌てて止めに入った村田のおかげで、どうにか
潰されずにすんだが…。とりあえず、寝巻きで出る訳には行かないので、有利が着替えに寝室に戻ると、
村田は おもむろに自分の恋人に向き合った。
「けっこう、君も人が悪いね、わざとあんな煽る様な事言って、渋谷に嫌なことを突きつけて、それで彼の
気持ちを試そうなんてさ。」
そう、ヨザックは有利が立ち聞きしていることを気付いていて、ワザと色々いって、有利が見たくないだろう
現実を突きつけたのだ。それでもし、有利がコンラートを諦めないというなら・・全面的に協力するつもりで。
「でも、諦めないでいてくれてよかったですよ。もう、坊っちゃんの言葉しか奴には通じません。あの方が
諦めたら・・・本当にやつは失われてしまう。」
「そうか、ありがとう、ヨザックも彼を引きとめようとしてくれたんだね?」
「・・・・ものの見事に通じませんでしたが・・・。」
そういうヨザックは、少し辛そうに苦笑した。村田は彼の頭に手を伸ばすと、よしよしとなでてあげる。
いつだかも、そうしたように。すると、ヨザックは、少し紅くなった目元を隠すように俯いた。普段は冷たい
物言いの癖に、いつでもこうやって自分を甘やかす恋人。この人のおかげで自分は救われた。
だから、同じように有利の存在のみで救われる幼馴染の心情をおもうと、冷静ではいられない。
「ケン・・俺は貴方から離れたり出来ませんから・・。」
「いいさ、そのくらいの我が侭はきいてあげるよ。」
ヨザックは、自分に甘い恋人をそっと抱きしめた。大切に大切に腕の中に閉じ込めるように・・。
「ええっと・・おじゃま?」
いつの間にか、着替え終わった有利が、寝室の扉から少しだけ顔を覗かせてお伺いを立ててきた。
「うわ!渋谷!!ちょ・・ヨザック離して〜!」
「いやーん、坊っちゃんのエッチ。」
「・・・・・・・・・・・。」
このバカップルと一緒に出かけるのかと思うと、一抹の不安を覚えるユーリ陛下だった。
月明かりだけが照らす中、有利はアオにまたがり、ヨザックに先導されて街道を疾走した。
さすがに、数年王様業をしていると、馬で駆ける事も出来るようになっていたが、何分夜に
馬を走らすのは、有利も村田もあまり経験がない。ヨザックの先導がなければ、走りきれ
なかっただろう。
やがて、夜も遅いと言う頃になり、目的の館がみえると、何故かヨザックは馬をおり、近くの
木に繋いで隠すと、屋敷の塀に開いた穴を通り抜けて忍び込む。それに続く、有利と村田。
なぜ、正面からいかないのかと、不振がるもヨザックのすることに おとなしくついていく。
暫らく物陰に潜みながら移動をしていると、ヨザックが明かりの漏れている部屋の下の窓から
中を覗き、おいでと手招きをするので近づいていくと、中からは中年の男性らしい声が二人分
きこえた。
「ヨザック?コンラッドは?」
おかしい?自分はコンラッドに会いに来たはずなのに、中の声からして別人だ。
「しぃ〜、いいから、よ〜く 中の会話を聞いてくださいよ?」
「??」
中から聞こえる声は二人。上機嫌で酒を飲み交わしているらしく、二人とも声が少し大きいうえに、
饒舌のようだ。
「それにしても、アーデルハイド嬢は良くやった・・あのウェラー卿を射止めたのだからな。」
「我が娘を、混血にくれてやるのは惜しいですが、代わりに クラテンシュタイン卿には中央への道。
わたくしには、ルッテンブルクにあるという 魔王陛下専用農場の作物の利権が転がり込んでくる
と思えば、よしとしましょう。」
「何、ウェラーを継ぐ者は奴一人。アーデルハイド嬢が子をなせば奴を始末し、その子をルッテンべルクの
領主にすえてしまえばいい・・さすれば、ウェラーもルッテンベルクもハーバー卿の物であろう?」
「そ・・れは・クラテンシュタイン卿?」
「まぁ、それは、こちらに任せておきなさい。ハーバー卿は、一刻も早く娘御に子を成して貰うんですね。」
なっ!!??
思わず叫びだしそうになった有利の口をヨザックが押さえつける、村田は厳しい目で中の様子を覗き込んでいた。
「ふ・・ん、そう云う事ね?・・ヨザ・・これを僕らに聞かせたくって、夜道を走ったわけかい?」
ヨザックが無言で頷く・・その目には、村田がこれからどうするか?面白がる色があった。
「よし・・とにかく、ここで見つかるのはまずい。移動しよう。」
「はーい、ケンちゃん♪」
「もが〜(はなせ〜!)!」
馬を繋いである所まで来ると、やっと有利は口を外してもらえた。
「ぷは〜!何で止めるんだよ!あいつら、コンラッドを始末なんて・・まるで物のように扱いやがって!」
「まぁまぁ、落ち着けって、それは結婚したらの話だろう?させないから、大丈夫だよ。」
「あ・・・村田(じーん)」
「ヨザ!証拠は?」
「はい、ばっちり ^^b 」
「そう・・では、取らぬ狸の皮算用・・反対に狸じじぃの皮を剥いでやろうか・・くっくっく。」
きらり・・と、村田大賢者様のメガネが光る・・。
「いや〜、さすが猊下・・こわいわ〜。」
「うんうん。夏なのに、この辺一帯、冷えるよな〜。」
思わず手を取り合って、村田から後ずさる陛下とお庭番。
「ところで、村田?どうやって、コンラッドの結婚を阻止するんだ?」
それでも、有利は頼もしい大賢者に、肝心なことを聞いてみる。彼がそう豪語するからには、きっと素晴しくも
おそろしーぃ計画とかが有るに違いない!期待に、キラキラした目で見る有利は、反対に呆れた目で
みられてしまった。しかも、お庭番にまで!?
「どうやってって・・キミがウェラー卿に結婚を申し込めば済む話なんだよ?」
「そうそう、坊っちゃんが好きとか、抱いて?とか言えば、一発で隊長が堕ちますよ〜。」
すき・・ダイテって・・・は?おれが?おれが言うのぉぉ? ぎゃぁぁぁ!うそーーー!!!
「「本当。」」
あまりのことに、身悶えるおれ・・。思わず草の上を転がったり、頭抱えてしまったりしていたら・・・。
二人分の笑い声が聞こえてきた・・・・・おのれ!騙しやがったな!?
「いや〜、騙してないよ〜。告白くらいはしてもらわないと話は進まないけどさ〜。それに、ゆくゆくは彼と
結婚するつもりなんでしょう?渋谷は?」
結婚・・コンラッドと・・・。
「うっわーどうしよー!朝から晩まであの銀の星入りの目で見つめられちゃったら!俺の心臓持つかなー?」
うっひゃぁー!はずかしーぃぃ!もう、何、想像させるんだよムラタぁ〜。ぐっふっふふ♥
「・・・きみ・・彼との結婚で心配なのはそんな事?」
「さすが、坊っちゃん・・乙女の鏡ですね・・。」
「まぁ、この勢いでぶつかれば、ウェラー卿のほうは落ちるから問題ないっと・・あとは、奴らをどう始末するかだよね?」
「はーい、グリエとしてはぁ、地の底まで落ちてもらえればいいかなーって?」
「いや〜、グリエちゃんに、そういわれちゃー、僕も頑張らないとね〜。」
「おまえら・・こわいな・・。」
魔王に恐れられる主従コンビ・・・有利とコンラッドが最強カップルなら・・こちらは最凶カップルというところか?
「さて、では、作戦を練ろうか?」
ハーバー卿は、屋敷がやけに慌しい喧騒に包まれている気配で目を覚ました。昨日は、夜遅くまで酒を
飲んでクラテンシュタイン卿と話し込んでしまった為に、寝不足だというのに・・。
そこに、執事が慌てて飛び込んできた。
「大変です!ご主人様!ままま・・・!」
「ままま?何を慌てている・・。」
ふあ〜と大きなあくびをすれば、執事は一度息を吸い込むと、主人に来客の旨を知らせた。
「先程・・ま・・魔王陛下が・・!魔王陛下が!ウェラー卿を尋ねてまいりましたぁぁ!!」
んあ??あまりの事に、ハーバー卿は欠伸で開けた口をそのままに執事をふりかえった・・・。
ま・・魔王陛下ーー!!!???
第五幕
「おはようございま−す〜、すいませんが勝手にお邪魔するよ〜。」
「おい、村田、勝手に入っちゃダメだろう?」
「大丈夫ですよ、陛下と猊下をしめだすなんて、不敬罪なんで、ありえませんって!」
早朝、呑気にかけられた声とともに、入ってきた3人。慌ててた使用人たちが見たものは、全身黒に
身を包まれた麗人2名とその護衛だ。黒・・魔王とその近親者にしか身につけることを許されない貴色。
しかも、二人とも髪も眼も黒い双黒となると!?
一気に、屋敷の中はパニックとなった。(まぁ、あたりまえだ、双黒と言えば、この国最高峰に
位置する二人しかいないのだから)
大騒ぎの後、貴人たちは早速上等な部屋に通された。そして、当然この人が駆けつけたのだった。
「陛下!?なんでここに?」
そう、有利の一番の目的であるウェラー卿コンラート、その人が。
「まぁまぁ、ウェラー卿・・渋谷はわざわざ君の婚約を祝福しにきたんだから、そうめくじら立てないで。」
ぴくり・・と、有利の眉が上がったが、何とか自制で笑顔を貼り付けた。
『ぼっちゃん、その調子〜ガンバ~』
こっそり、ヨザックがコンラートから見えないように、ユーリを励ます。
・・そう、敵を欺くのはまず味方から、というわけで、有利は名付け親であるコンラートの婚約を祝福
しに駆けつけた事にしようと決めたのだ。がまんがまん!
「そ・・れは、ありがとうございます。陛下。」
「うん、おめでとう、ウェラー卿。あとで、婚約者を紹介してね?」
「!!・・っ・・・は・・い、それは・・もちろん。」
「じゃぁ、下がっていいよ。僕達、馬を飛ばしてきたから疲れているんだ〜。暫らくほっておいて。
あぁ、食事はこちらに持ってきてくれるかな?なにぶん、疲れたから!」
あぁ、それと、僕達がここに滞在していることは、キミの家族には知らせないで、確か彼らは、
クラテンシュタイン卿の城に滞在しているんだったよね?ハーバー卿に言って、しばらく彼らが
こちらに来ないように足止めしておくようにも言っておいてね〜。
さすがに、コンラートといえど、大賢者である村田にそう云われては下がるしかなく、外に控えていた
この家の執事に猊下の言葉を伝えると、与えられた部屋に戻った。
「ウェラー卿か・・。」
思った以上に動揺したらしい、ふっと気付くと握った手のひらが真っ白になっていた。解っていたことだ。
だけど・・彼の護衛にヨザックがつき、相談役には猊下がいる。自分がいなくても、あぁやってユーリは
立派に王として過ごしていけるだろう、その事を改めて突きつけられると、 ― 辛い。
それも仕方ない・・。自分は・・一度彼を裏切った、それでも、もう一度側に置いて頂けただけでも
幸いなはずだった。
だけど…戻ってから暫らく経ったころからユーリの様子がおかしくなった。
どこか、前と違ってぎこちない。
最初は、気のせいかと思ったが、ふとした時にユーリは さり気なく俺を避けた。
スターツァーで 地球から戻ってくるのは、水をかいしてで、お風呂に入っていたら呼ばれたと文句を
言う有利に、いつものように引き上げて、バスタオルでくるもうとしたところ…凄い勢いで魔王風呂から
追い出されてしまった。
それから、俺は彼が帰ってくるときは、風呂の外で待機し、タオルは中に常時置いておくことにした。
ロードワークの時も、前はたわいもない話をしながら走ったのに、今では前を走る彼の背を見て走る。
城下に行く時も、人の流れに攫われそうになるユーリの腕を掴んで引き寄せたら、突き飛ばされた。
それから、なるべく陛下に知られないように、警備の人員を増やして、自分は少し離れて彼について
いくようになった。少しづつ、彼との距離が遠くなる。
それも、自業自得だと・・仕方ないと思っていたが、あれから2年…今も彼の態度は変わらず・・いや、
酷くなってきた様な気がする。そこに、あの禁止令だ。
きっと優しい彼の事だ、俺に不審を抱いても、ずっと言い出せなかったのだろう?
もう、この辺りで 自分が引くしかなかった。
「でも、本当は・・一生、貴方の側にいたかった・・。」
もう、叶いはしないだろうけど・・・。
「ぼっちゃーん、さっきのアレはきつかったんじゃないですか?」
「アレ??」
「『ウェラー卿』発言ですよ。」
ヨザックは、部屋の周りに他人の気配がしなくなると、そう言って有利を見た。部屋から出るときの
コンラッドの青ざめ表情が脳裏によぎる。
「だって、おれの『コンラッド』に、ウソでもおめでとうなんて言える訳ないじゃん!『ウェラー卿』におめでとう
だって、十分譲歩してるんだぞ!」
「・・・はぁ??・・・って・・はぁぁ〜、そういう意味でしたか・・俺はてっきり、コンラッドに厭味で言ったのか
と思いましたよ〜。」
「と、いうか、完全にウェラー卿の方は、そう思っただろうね〜。」
「うえぇぇぇ!!???」
「まぁ、いいんじゃないの?馬鹿なことを考え付いてくれた罰って事で。」
何気に、振り回されている村田さんはご立腹であったようでした。
「よくない!おれがコンラッドに嫌われたらどうするんだーー!」
「その時は振られるんだね〜。(そんな事あるわけないけど・・)」
「ぎゃぁぁぁぁ!!!」
付きあってられるかとばかりに、村田は親友を突き放した。
さて、お疲れの魔王陛下ご一行と、やっと午後になって面会を許されたのは、ウェラー卿の婚約者となった
ハーバー卿アーデルハイドのみであった。父親のハーバー卿は、猊下の言いつけでクラテンシュタイン卿
の城に出向いている。今頃、例の魔族ホントは仲好しだね3兄弟の残り二人と母親を足止めしているはずだ。
アーデルハイドさんって、コンラッドに一目ぼれしたんだよね?ねぇ?どこに惚れたのかな?
にっこりと、それはもう可愛らしく小首を傾げて問う魔王陛下。そこのいた全員がぽっと頬を赤らめてしまう程に。
「あ・・はい、それは綺麗な瞳でお優しく微笑まれたお顔が素敵で・・その紳士とした身のこなしも・・もう・・
なんて素敵な方だろうと。」
そのときの様子を思い出したのか?ぼうっとした視線でアーデルハイドは、うっとりと横に居るコンラートを見つめた。
「うん、そうだよね?おれも最初助けてもらったときは、白馬に乗った上様・・もとい、王子様登場かと思った
くらいだもん。実際に元王子様だけど。」
うんうんと頷く有利に、コンラートのほうは居心地の悪い思いをする。なにせ、兄弟の中では一番地味なほうだと
自覚しているだけに、容姿を褒められるというのも気が引けると言うか・・それに、微妙にだが・・ユーリから
上様の気配が漂ってくるような?だがまさか・・なにせ、彼が上様化する要因などどこにもないはずだ。
首をかしげている間に、有利とアーデルハイドの会話は、弾んでいく。
「ウェラー卿といえば、救国の英雄として御高名かつ、十貴族とも同等な身分をお持ちの方、そんな、華々しい
方に、わたくしのような中流貴族の娘が、お相手になれるなんて夢のようですわ。」
彼女のうっとりとした目には、これからのばら色の生活が浮かんでいるのだろう。なので、その後に陛下から
言われた言葉に反応が遅れてしまった。
「でもさ、コンラッドって、お料理も家事も一切できるから、アーデルハイドさんも楽だよね〜。」
「え・・・家事って・・ウェラー卿が?・・そんな事は召使にさせれば、いいだけでは?」
「でも、コンラッドってば、普段はルッテンベルクの館にいないから、館守の一家がいるだけ出し、ちょくちょく
旅にも出るし、そんな時は自給自足も良くあるから、自然と身についたんだよ『ねっ?』」
なんだか、ね・・に有無言わせない力が篭っていたような?とも思ったが、コンラートとしては、有利の意図が
わからない上に、それが真実でも有るので、
「ええ、まぁ、はい。」
としか答えられなかったのだが。こう、ひしひしと、上様の気配が有利の言葉の節々からぶつかってくる?
そして、おかしいのが猊下だ。いや、おかしいというか、妙に生き生きとしていると言うか?このような時の
彼は要注意だ。短い付き合いの中でも、コンラートはそう『正しく』認識していた。
「いやだな〜、渋谷、もちろん当分はウェラー卿が作るんだよ、彼女はこれから覚えるんだよね?」
「あぁ、そうか!これから花嫁修業なんだ。がんばってね!アーデルハイドさん。」
陛下と猊下二人にっこりと、修行を言い渡されてしまったアーデルハイドはとまどった。
「は・・い。がんばります。」
どういうことだろう?アーデルハイドは中流とはいえ、貴族の娘だ。ふつう、貴族の娘が家事なんてことは
しない、それは召使ががすれば言いだけの事、というよりも、しないことが一種のステータスだ・・なのに、
自分より上の身分であるはずの彼と結婚することで、それをしなければならないとは?一体、どういう事
なんだろうか?
一抹の不安が、彼女の胸に残った。
「さて、予想通りだね。あの娘さん、ウェラー卿の外見とその身分で、巡るめく上流社会の生活とか
思い描いてみたいだね〜。実際は、彼ほど慎ましやかな生活をしている人はいないのにね〜。」
「アイツ軍隊生活が長いから、王子様なのに部屋の掃除から全部自分でやりますからね〜。」
くっくくと、人の悪い笑みを浮かべるのは、村田とヨザックの主従コンビだ。
「しかし、宅のゆーちゃんも、よくやるよね〜。かわいこぶっちゃって、有無言わさないあの『ね』は、
良かったよ〜。」
「うるさぁい!」
「まぁまぁ、猊下。坊ちゃんにとっては、彼女は恋敵なんですし、仕方ないじゃないですか。」
「・・・だって・・アノヒト・・コンラッドの隣に当然みたいに座るんだもん・・。」
「当たり前でしょう、婚約者なんですし。」
うぐっ!
ソファーにクッションを抱きしめて、しゅんとなる有利。うなだれる様子が、小さなわんこみたいで、とても
愛らしい。本当に、この坊ちゃんはコンラートが好きでたまらないんだな〜。
なのに・・あの馬鹿・・・。
「問題は、やはりというか、ここの館の主じゃなくてもう一人のほうだね。クラテンシュタイン卿は、れっきとした
上流貴族だし、この辺りの領主だ。ハーバー卿は、クラテンシュタイン家からこの辺りを拝領したいわば下っ端!
彼はどちらかと言えば商人タイプだしね〜精々ルッテンベルクの魔王専用農場の珍しい作物の利権とかくらい
しか考えてないようだしね〜。」
そういわれれば、昨日もそんな事をいっていたっけ?魔王専用農場って言えばアレだよね?コンラッドが昔、
地球から持ってきた種から育てた、向うの野菜。確かにこちらでは珍しく、殆ど農場周辺で消費されて
いるから、精々血盟城にしか納品されていないやつ。アレに何の利権??
「だから〜、坊っちゃんのせいですよ。ほら、魔王が美味しいって食べるから、評判が先行しちゃって、
でも現物は中々無いでしょう?闇市場とかでたまに高値で売買されるんですよぉ〜。」
「えぇぇぇ!?!?」
「だから、横流しして密かに儲けられれば、結構な収益だよね〜?」
対して、クラテンシュタイン卿は違う。コンラートの暗殺を持ちかけていたのも彼だ。旧シュトッフェル派に
属し純血主義・魔族至上主義・などを掲げている。多分、フォンヴォルテール卿も何かを感じ取っ
たのだろう?だから、この館が上王陛下のみならず、現国王の側近であり、元王子である二人をも
もてなすには、少々手狭だというのもあることを理由に、上王を連れてクラテンシュタイン城に滞在
してるのだろう。その証拠に、ウェラー卿はここに残している。あちらに連れて行けば、逆に危険と
言うことだ。
「さすが、グウェン、弟思いだな〜。」
「そこに坊っちゃんが飛び込んだのを知れば、探っていることが無駄になるって怒られること必死ですね!」
うぐっ!!!
旧シュトッフェル派に取っては、ルッテンベルクの獅子ウェラー卿コンラートは、彼らの失墜の象徴だ。
ただの人間の剣士の子供。魔王陛下の血を引いてなければ、貴族の末席にもいられないような・・
そんな見下した存在が、実は箱の鍵である、眞王と共に創主と戦いしベラール王家の真の末裔で、
彼らの言う血統と言う意味ではまさに、魔王とシマロン王家両方の血を引いた稀有なる高貴な存在
という事になってしまった。
しかも、彼は現魔王の側近中の側近!忠臣であり寵臣でもあるのだ。本人に言わせれば、ただの
護衛なのだが、周りから見ればそう映る。となれば、昔の権力に未練の者達からすれば、妬みの
対象であり、つまり。
「それって、八つ当たり?」
「うわ〜、・・・この陰険な謀略を一言・八つ当たりで片付けちゃったよ。」
「さすが坊っちゃん・・・。」
「改めて許せん!俺のコンラッドをそんな所にお嫁には出せません!絶対阻止だ!」
「いや・・ぼっちゃん、お嫁に行かないから・・。」
「何気に、ウェラー卿と反応が似てるよね・・似たもの親子か・・。」
「コンラッドを、取り戻すぞ!エイエイオーー!!」
「うぁぁ!坊ちゃーん!敵の懐で騒がないで下さい!!」
「渋谷・・・なんで恋愛にまでスポ根入れんの?この、脳筋族・・。」
有利のやる気に、不安だらけの魔王一向。
コンラッドの胸にやるせなさを
アーデルハイドの胸に不安を
そして、有利の胸には決意を
それぞれ、抱え込んで、夜は更けていくのであった。
サイト名 das Schlafen von Löwen
(和訳 眠れる獅子)
作者 神咲 颯凛ーKAMISAKI SOURINー
URL http://conrad.is-mine.net/
7月一杯のフリー小説です。ご自由にお持ち帰り下さい。ただし、著作権は放棄していません。
サイトに掲載する場合は、上記・当サイト名(ドイツ語表記がわからない場合は、和訳でもOK)・
作者名・このサイトのアドレスを明記して、この作品がこちらの著作物とわかるようにして下さい。
でも、まだ書いている途中で続くんですよ〜。29日までには終わります。
設定的にはマニメ沿いです。原作だと次男が帰ってきていないんですからね。
2008年7月11日一幕UP
7月12日二幕UP
7月13日三幕UP
7月15日四幕UP
7月19日五幕UP
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