10万打記念企画
逆転劇的・君の名は?




うんしょっと!

「ついたーーーー!!」
少年は、丘の一番上まで階段を上りきると、思わずガッツポーズを決めた。

「うわぁあ〜〜!すっげー!本当にお城と王都が一望できる!」
有利が今しがた登ってきた階段を振りかえれば、眼下には眞魔国の王都がひろがる。

そして、その向うには、魔王がおわす血盟城が聳え立っていた。

「あれが、血盟城・・コンラート陛下がおわす場所・・。」


おれが、目指すべき場所だ!!



少年が、一人感慨にふけっている時であった。すぐ側から、いかにも あったまワルソーな声がした。

「よーよー、色男さんよ、こんな所で寝ていたら、襲われちまうよ?」
「そうそう、俺らみたいなのにね?」
「それとも、襲われるのを待っていたりして・・美人さんよ?」

振り返れば、卑下した笑いを浮かべて、ならず者らしい男が三人、若い男に絡んでいた。
「大変だ!」
少年は、咄嗟に駆け出した!



「ハァ〜〜〜〜。ヤレヤレ。」
コンラートは、ため息を深々とついた。つかれているのに、こんな奴等の相手をしなくてはならないなんて、
でも、放っておく訳にはいかない。

ここは、大切な場所・・ここには・・・


「こらーー!お前等!ここは英雄の丘だぞ!戦争で身を挺して戦ってくれた人達を祭ってあるんだからな!彼らの
前で、カツアゲなんてするんじゃねー!ここでの不埒な行動は慎めよなっ!!いや、ここ以外でも駄目だけど!」

突然、3人のチンピラと、コンラートの間に 赤茶の髪の少年が乱入してきた。

「おいおい、誰が生意気なことを言ったのかと思ったら、可愛い坊やじゃねーか?中々お前も綺麗だな。
よし、お前もまとめて可愛がってやろう。」
「そうそう、俺達はカツアゲなんてより、もっといいものが欲しいのさ・・」
「そうだぜ、可愛い譲ちゃん?」

ピキ・・・ピキピクゥーーー!!
少年のこめかみが引きつった!彼は、拳を固めると、怒りでフルフルと震えだした。

「今・・言ってはならないことを言ったな。人が、気にしていることをぉぉ〜〜。」

ブッチリ!!

オマエラ!体型の悪口はいっちゃいけませんって、おふくろさんに習わなかったのかぁぁーー!

怒髪天を抜くというが、今の少年の様子はそれそのものだろう?
突然、少年は構えを取ると、拳を繰り出した!あれは!?

「ウィンコット拳闘術!!」

高速で繰り出される拳が、このタレ目!とか、この出っ歯!とか、この鼻ぼくろ!とか・・的確な相手描写を
交えて的確な急所を捉えてゆく。

「おめぇのほうが、よっぽど人の身体的悪口を言っているじゃねーかっ!!」

意外に。繊細な心を持っていたようだ。身体的ダメージより、精神的ダメージでボロボロになりながら、
男達はスタコラサッサと退散ていったのだった。

あっという間に、三人を倒した少年。彼が使った拳闘は、ウィンコット領に伝わる拳闘術だ。
しかも、まだ若いのに中々使える。これは、相当しごかれたな?

「まったく!口ほどでもないんだからっ!」
ぷんすかと、怒る仕草の可愛い少年だ。弟のヴォルフと同じくらいか?もう少し下かな?
70歳〜80歳という所だろう。

「ありがとう、おかげで助かったよ。」
「いえいえ、おれってば、こういうの、見過ごせない性質でして・・・。」
くるりと、振り返った少年に、一瞬、既視感を感じた。いや、そんなわけがないのだが?
すろと、少年の方も、コンラートをじっと見つめて・・おもむろに口を開いた。

「アンタ・・・前に会った事があるかな?」

少し考えて、コンラートは首を振る。

「・・・いや、でも、俺も今会った事があるような気がして・・・。」

「「・・・うーーーん・・・・。」」

どういうことだろう、お互いに会ったことなどあるはずがないのに、知っている気がするなどと?

「あ、そうだ!名前!お互いに自己紹介してみようか?もしかして、知っているかもしれないし。」
「名前・・ですか?」
イマイチ、気乗りしないコンラートに気付かず、少年はいかにも良い事を思いついたと意気込んだ。

「まず俺からね!俺は・・あ・・・!」
「あ??」
「え??あぁ、えっと・・クルーソー!今日、北のグランツ領から、王都についたばかりだ。」
「クルーソー?」
「そう、クルーソー!!」

-- ふ〜〜ん、・・クルーソーね?・・やはり、偽名なのかな?

いかにも、嘘をついています!というように、名前を名乗る時に、妙に目線があっちこっちに行ったのを
彼は見逃さなかった。そのあとは、割とスムーズに言えたところを見ると、後は本当なのだろう?
だとしたら?何故名前だけが偽名なのか?

まぁ、いいか・・自分も、本名を言うわけにはいかないし・・ね?

「クルーソーか、おれはジークフリートだ。一応王都生まれ、途中で他の土地で育ったけれど、
今はここで暮らしている。」

「ジークフリートか、うわっ名前も、かっこいいんだね?よろしく。」
「どうやら接点はなさそうだけど、助けてもらったお礼に、食事でもいかがですか?」
「え?まじ?よかったーー!実はおれ、結構おなかすいていてさ〜。あ、もちろんお金は自分で出すから!!」
「いいですよ。お礼なんだから・・それに出てきたばかりじゃ、お金も要りますよ?節約しないとね?」
「あ・・・そうか、そういえば、まだ仕事も決まってないんだった。」
「ほら、だから行こう。  ノーカンティ!」

彼が一声賭けると、栗毛の馬がやってきた。それに颯爽と跨ると、ジークフリートが手を差し出す。
クルーソーは、少しだけ躊躇って、その手をつかんだ。ぐいっと引きあげられて、その時クルーソーは
この青年に、助けがいらなかったことを悟った。

剣ダコのある手、発達した筋肉。・・・それなりの剣の使い手であることは間違いない。

-- うわ〜、もしかして、おれ必要なかった?ハズカシー! でしゃばっちゃったかな?でも、それなのに、
そんな事おくびにも出さないで、お礼を言って食事をおごってくれるって、なんかこの人、オトナだよな〜。

前に座らされたクルーソーは、ジークフリートに自然と身体を預ける形になるのだが・・・あれ??

「なんか、この感覚知っている気がする。」
「なんですか?」

ついその声に、青年を間近で見てしまって、胸が大きく波打った!初めてみた時から、かっこいいとは
思っていたのだが、側で見れば、中々の迫力美人だ。薄茶の髪に、薄茶の瞳は良くある色彩であるが、
彼には内面からにじみ出る精悍な気があり、それが妙な貫禄を出している。
きっと名のある剣士に違いない!

「うん?どうしたの?」
「いや・・あんた・・間近で視ると美人だな。」
「美人?それはクルーソーのほうでしょう?俺は、家族の中で一番地味なんだけどね?」

そう、まだ幼いが、成長すれば美人になるだろう顔立ちをしている。今は、可愛らしいという印象を
受けてしまうが、あと20年もすれば、男女から求婚の嵐を受けるだろう。
赤茶の髪の毛は、多少パサついているが、サラサラだし、同色の瞳はこぼれるばかりに大きい。

「おれが?まったまたー、美人って言うのは、アンタみたいな人さ。おれはただの拳闘小僧さ。」
拳闘小僧に、プッ!っとコンラートは笑った。

「さっきのは見事だったね、いい師匠について相当しごかれた?」
「あ、わかる?そうなんだ、すっげーーしごかれてさ。でも、必要なことだから覚えなさいって」
「必要なこと?」
「あぁ・・うーーーん、そこはあまり深く考えないで。」
「いいが・・。」

やはり、この子は何かを隠している。


久しぶりに、いきつけの食堂に顔を出すと、あ・・の形で、親父の口がぱっかり開いた。
「ひさしぶりだな?上いいか?」
「は・・はい!お久しぶりです!!どーぞ、もちろん、いつ来られてもいいようにあけてありますから!」
親父さんは、食堂にいたお客をほっぽり出して、ジークフリート達を二階へと案内する。

「突然でわるいが、この子に ご飯を食べさせたいんだ。適当に見繕ってくれるか?」
「この子??隊長・・この子は?」
「あぁ、英雄の丘で、ゴロツキたちを退治してくれた子さ。」
「英雄の丘・・あそこに行ってらしたんですか?・・・あいつ等、喜んだでしょう?」
「どうかな?」

一瞬、コンラートの瞳が翳った。親父さんはそれを見逃さなかったが、それには触れず、わざと明るく
少年に向きなおった。

「あそこを守ってくれたなら、俺にとっても恩人だ!坊主、腕によりをかけてもってきてやるからな。」
「え・・いや、そんな・・でも美味いのは嬉しいし・・」
「あっはっはっはは!正直な子だね?隊長が気に入るわけだ。ちょっとまっていなよ?」
豪快に笑うと、親父さんは階下へと降りていった。

「ジークフリーさんって、軍人?今の親父さんが隊長って?」
「元かな?」
「あのさ、軍人さんならわかるかな?おれ!王城に勤めたいんだけど、どうすれば入れるかな!?」
「血盟城に?・・あぁ、それは無理だな。」
しごくあっさりと、コンラートは否定した。

「何で!?やってみなくちゃわからないだろう!おれ、やる気はあるし、何でもやるし!せめて
オーディションだけでも、受けさせてもらえれば!」
クルーソー少年は、思わず噛み付いた!
「君、紹介状は持っているの?」
きょとん?としている所を見ると、もってはいないらしい。コンラートは、コクンと紅茶を口に含んだ。

「だからね?地方から、城勤めを夢見て出てくる、そういう子は沢山いるけど、ちゃんとした身分証明を
してくれる保証人か、紹介状でもない限り、王城勤めは出来ないんだ。だってそうだろう?あそこは、国の
重鎮が揃っている所だし、国家機密も扱っている。そんな所にふらりときて、なんでもいいから働かせてくれ!
なーんていって、情熱ややる気で人を雇うようなら、その国の危機管理はお粗末過ぎる。その人のやる気が
じつは、国家の情報を盗む気満々とか?要人の暗殺に向いていたらどうする?」

「あ・・。」
思い当たった事実に、クルーソー少年は、顔を真っ赤にした。

「かといって、紹介状があっても、権力者のパイプとか付随品があると、その人からパトロンに、中央情勢の
情報が筒抜けるからだめだしね?下働きといっても、厨房係でもメイドでも皆、あの城に上がるまでに何十年と
修行を積んでいる人たちばかりだ。その人を押しのけて、入れるだけの 強力なコネとかあるの?」

「有ったら聞くかよ・・・そうか、だよな?でも、そんなにむずかしいんだ。」
ぷくっと膨れた顔が愛らしくって、コンラートは食事を勧めた。

「まぁ、国の最高機関だからね〜。」
「せっかく、成人したから、陛下のお役に立とうと上京してきたのに・・。」
「陛下のね〜?・・・うん?成人?」
「あ・・・、えっと、ごめん言い忘れていたけど、おれって混血らしいんだ・・だから、今16歳。」
「じゅ・・じゅうろく??」
「はい、先日、成人の儀を終えたばかりです。・・・あの、もしかして、混血と食事するのいや?
だったら、おれ でていくけど・・。」

じゅうろく、まさかそんなに若いとは!?そう驚いていると、少年は自分が混血であるから引かれたと、
思ったらしかった。しゅーんっと、項垂れる姿に少しあわてた。

「あ、いや・・いいよ、それは大丈夫、俺も混血だよ。」
「!!ジークフリートさんも!マジ!!すっげーーおれ!自分以外の混血に会ったの初めて!」

クルーソーは、興奮して身を乗り出すと、コンラートの手を握って、ぶんぶんと振り回した。

「何しているんだ?二人とも。」
そこに、親父さんが、両手いっぱいのご馳走を持ってきてくれた。

「あぁ、クルーソー君が、自分以外の混血は初めてだと。」
「なに?坊主も混血か!?この店にいるのは、殆ど混血だぞ?かく言う俺もさ!」
「おじさんも!?すっげーー、さっき下にいた人も?流石王都だね・・グランツとは違うな〜。」
本当に、嬉しそうにキラキラと目を輝かせている。

「なぁなぁ!じゃぁさ!ここにると、もしかしてウェラー隊の人と会えるかな!?憧れちゃうな〜
ウェラー隊っていえば、ルッテンベルク師団で陛下の右腕だったグリエ隊長が率いる、剣豪集団!」

かっこいいなー!!

キラキラうっとりと興奮する少年に、親父はフクザツそうな表情をした。
「可哀相(?)に・・夢見る少年ですね・・・良かった・・今日は奴がいなくて。」
コンラートも、苦笑するしかない。

「きっと、素晴らしい人なんだろうな!なんたって、コンラート陛下の幼馴染で親友なんだっていうし、
おれの目標の人なんだ!!!」

「「え?・・目標・・それは止めた方が・・。」」
なぜか二人して止められた。

「何で?あのコンラート陛下の、無二の友人だって聞いているよ?コンラート陛下の友人ならきっといい人
だって!」

「いい人・・というか、気のいい奴ではあるけれどな・・・。というか、坊主コンラート陛下のファンか?」
「えっ・・えへへ・・ファンというか、陛下のお役に立つのが、俺の人生の目標だし。陛下はおれの命の恩人
なんだ。だから、グリエ隊長みたいに、陛下に信頼される人ってすごいなーって。」
「信頼・・信頼はしているな・・・まぁ、たしかに・・。」

信用という意味では、色々難のある人物では有るが・・・。心の中で、コンラートは、オレンジ頭の幼馴染を
思い描いた。子供のときから、お互いに色々知っているので、互いに受けた被害もしっかり記憶にある。

「?あのさ、さっきからグリエ隊長のこと、知っているみたいだけど?も・・もしかして知り合い?」
「知り合いというか・・・腐れ縁ですね。」
「うぉ!! おれすっげー!王都に着いたばかりなのに、混血にはあえるし、その人がグリエ隊長と知り合い
なんて!なんか、おれきて良かった!やっぱり、陛下のお膝元だな、よし!仕事探して、がんばって働いて、
いつか王城に上がるぞ。それで、いつか陛下のお役に立つんだ。」

夢見る少年は、すっかり舞い上がって、血盟城方面に向かって拳を上げている。

まさか、その陛下が目の前にいるとも知らないで・・・。
親父さんは、その陛下をみる。いいんですか?教えなくって?といっているようだ。
コンラートは、流石に苦笑し、クルーソーと偽名を使うが、素直そうな少年に向き合う。


「クルーソー君、まだ仕事も泊まる所も決まっていないのか?」
「いったろ、おれ王都についたばかりだって・・それで一番最初に英雄の丘に行ったんだから。」
いただきまーーす!と、礼儀正しくご飯をほうばる。

「うまーーい!おれの親父の飯も美味かったけど、ここのもおいしい!この料理は始めてみた。」
「そりゃそうさ、これはルッテンベルク料理・人間の国から移住してきた連中が眞魔国の料理と合せて
生み出した料理でね。また、魔族の料理とは一味違うだろう?」

「ルッテンベルク!!いいな〜おれも一回行ってみたいな・・。そこなら、混血がいっぱいいるん
だろうな。友達も出来るかもしれないし・・。」
「グランツでは、友達が出来なかったのかい?」
「差別とかじゃなくさ、ほら魔族の成長と混血の成長って、子供の時ほど顕著じゃね?おれの小さい時の
友達はまだ小さくて・・かといって、見た目同じくらいだと、60くらい歳が離れているし・・皆良くして
くれたけど・・やっぱり、子供のときは、友達が離れてゆくのが寂しかったよ。」

あ、でも、そのかわりといってはなんだけど、母さんが拳闘教えてくれたし、親父も料理を教えて
くれたんだ!おかげで、このふたつはけっこうできるんだぜ!

「親父が料理で?お袋が拳闘・・・それ逆じゃないのか?」
「うち・・母親は家事とか一切出来なくって・・案外不器用なんだ。その分、親父がそういうのが
好きな人なんで助かったよ・・。」


明るく言ってはいるが、やはりそれなりの苦労はしたようだ。しかし気になる点がある。

「まさか、家出とかじゃないよね?」
「うぐっ!!」

「「なんてわかりやすい・・。」」
食べ物を喉に詰まらすという、古典的な解かりやすさを有する少年に、呆れを通り越していっそ感心してしまう。
よくここまで、素直に真っ直ぐ育ったものだ。

「坊主、家出少年なんて、どこでも雇ってくれないぞ。早く家に帰りな。」
「だめ!だって、おれがいたら、いつまでたってもあの夫婦、子供を作ろうとしないから!!」
「といっても、キミは16だろう?魔族だと20年くらい年が離れても・・あぁ、そうか?片親は人間なんだっけ?」
「・・・ううん、うちの両親は二人とも魔族だよ。おれは、ある人から1歳の時に預けられたんだ。
でも、おれがいると、二人は自分の子供を持とうとしないんだ。なんか、悪いなって・・・。」
「そうか、そういった事情か?ところで、ある人って?」
「え、えへへ・・おれの名づけ親。」
そう言った時の、クルーソーの顔は、誇りに満ちていた。彼にとって、名づけ親は、世界一素晴らしい人、
否、魔族なのだ。


「あれ?」

グランツにすんでいて、混血で、1歳の時に名づけ親から養子に出されたという人物に、コンラートは
心当たりがあった。
それは自分の名づけ子のユーリだ。魔王になる際に、グランツに嫁入りするフォンウィンコット卿スザナ・
ジュリアに養子として、泣く泣く出したのであった。ちなみに、ジュリアは盲目であるが、拳闘の達人である。
でもって、夫のグランツの若大将こと、アーダルベルトは、料理が得意だと聞いたことがある。


まさか、この子は、ユーリか!?


どうりで、会ったことがあるような気がしたはずだ!そう思ってよくよく見れば、幼い時の面影がある。
髪と目は染めているのか?コンラートが看取った母親の面影もある。
魔族の血は、魔力が強いほど成長を遅くする。混血とはいえ、巨大な魔力を有するユーリは、その法則に
のっとって、五歳前後くらいの姿をしているのかと思っていた。魔力のない自分でさえ12歳程度までしか
人間のスピードでは成長しなかったのだから・・・。

その思い込みが、人間並みのスピードで16歳を迎えたユーリと、記憶の中のユーリを結び付けなかったのだ。
・・・しかも、家出をしてまで自分の役に立ちたいとやってくるなんて・・。

ちょっと・・いや、かなり?・・いっそ!すこぶる嬉しい♪コンラートであった。

まてよ?だとしたら・・・今頃、ユーりを探しに、あの二人が、こちらに向かっているかもしれない。
折角ユーリと再会できたのに、すぐに連れて行かれるのは、嫌に決まっている。元々、この子は自分が
育てていて、本当だったら今も育てているはずの子供なのに・・・。

当時、母上とジュリアに、半ば強引に説得された感がある・・。
あの時、どんなに辛かったか!それでも、我慢をしたのは、ひとえに この子の幸せを願ってのことだ。

なら、今度は、向うが我慢する番ではないか?


「・・・よし、手元に置いておくか?」
「なに?」


家出人は、速やかに家に帰すところだが、ユーリとなれば話は別だ。本人も言っている様に成人なのだし、
折角、自分の役に立ちたいと言っているのだ。ここは本人の意思を尊重しよう。(←ずるい)
自分の中で、言い訳というか整理がついたらしいコンラートは、にっこりと名づけ子と判明した少年に
微笑みかけた。それはもう、慈愛たっぷりの特上の微笑でv

幼馴染が見たら、何か悪いものでも食べたかと心配するほどの、笑顔の絶賛!満開ぶりだぁ!!


「いいよ、わかった。そこまで、決意があるなら、俺が紹介してあげるよ。」
「え?なになに?仕事?紹介してくれるの?どこの、あ、おれなんでもやるよ!一生懸命働きますから!」
「うん、ちょっとまっていてね?」

コンラートは、親父さんに言って紙とペンを借りて、スラスラとなにやら書き始めた。それを、乾かすと
綺麗にたたんで封筒に入れて、なにやらしるしのような物を書く。それを自称・クルーソーに渡す。

「血盟城へは、目抜き通りを真っ直ぐ進んで、一本道だからわかるね?」
「しろ??」
「それをもって、城の門番にヨザックを呼ぶように言えばいい。あとは、その中に書いてあるから。」
「ヨザックって・・グリエ・ヨザック隊長?ウェラー隊の?」
「憧れは敗れるかもしれないが、城勤めは保障するから・・。」
「ジークフリートさん!!あ・・ありがとう!」
「俺はついていけないけど、ご飯を食べたら行くといいよ。」
「え?・・・ううん、こんなに良くして貰って十分です。本当に有難うございました。」

クルーソーは、席を立つと深々と頭を下げた。
その髪に、コンラートは手を滑り込ませて、優しくなでた。

「がんばって。」
「あ・・・」
どうしてだろう?そうされると、やはり知っている気がするのだ。

「はい、がんばります。ジークフリートさん。」







親切な青年に言われたとおりに、クルーソーはお城の門番に言って、グリエヨザック隊長を呼んでもらった。
封筒の表に書かれた奇妙な絵のようなものを見ると、最初は首をかしげていた門番も、何か思い立ったようで、
あわててクルーソーを中に入れてくれた。

そして、なぜか応接間のような場所に通されて、お茶まで出されてしまっている・・。

「なんで?」

自分は、仕事を貰いにきたはずだ。下働きか何かをやるつもりで来たクルーソー少年は、高待遇に首をかしげた。

コンコンと扉を叩かれて、思わず入っていまーーすと答えてしまった。

「えーと、こんにちは。なんか、俺宛の封筒をもってきたって言うのは、坊ちゃん?」
入ってきたのは、カーキ色の軍服にオレンジの鮮やかな髪の青年だ。クルーソーは、その見事な筋肉に
思わず見惚れた。制服の下からでもわかる見事な上腕二等筋!こんな筋肉があったら、おれももう少し
拳闘が強くなれるのに・・・。思わず、ウットリとその筋肉を眺めそうになって、ハタッ!と、きがついた!

あれ、俺って今 言ったよね?まさかこの人!

「あ・・あの、はじめまして、ウェラー隊のグリエ・ヨザック隊長でいらっしゃいますか?あの、おれ!
じゃない、えーわたくし、クルーソーと申します。以後よろしくお引き立てのことをお願いしマッスル!」

うわぁぁーーマッスルってなんだよぉぉ!!

緊張のあまり、とんでもないことを口走る、この口が憎いぃぃ!!

「プッ!マッスルって・・いや〜俺も筋肉は好きよ。ところで、手紙って?ちょと見せてくれるかい?」
ニカッと、わらうと、人懐っこい顔になる。良かった・・やっぱりいい人みたいだ。

クルーソー少年は、町で貰った手紙を渡した。

その表面の印を見たとたんに、なぜかグリエ隊長が『げっ!』っと、言ったのを、少年は聞き逃さなかった。
しかも、なにか、恐ろしいものを開けるかのように、恐々と手紙をひらくと・・・。

クルーソー少年を見て・・手紙を見て・・ふかぁぁ〜〜く、ため息をついた。

「また、アノヒトは・・・仕方のない人だ。」
「え??ええ?あの、ジークフリートさんって・・知り合いなんですよね?」
「え?ジークフリート?・・あっ!あぁ〜〜・・・友達??かな〜〜?」

なんで、そんなに疑問詞ばかりなんだろう?



『ヨザ・・この手紙を持っているクルーソーと名乗るのは、俺の名づけ子のユーリだ。本人が隠しているので、
クルーソーとしてお前の方で雇え、でもって、ユーリなのだから、丁重に扱え。なお、俺のことはユーリには
話すなよ。親切なお兄さんで通すのだからな。』



丁重に雇うってどうやるんだよ?、その前にどの面下げて、親切なお兄さんだ!内心でツッコミたいこと
満載だが、要は、危なくない場所で働かせろと、いうのだろう?一番危なくないのは、自分の侍従だが・・

そんな事をさせたら、笑顔5割り増しで切りつけてくること受けあいだ。

『ほう?俺の名づけ子を、お前ごときの身の回りの世話をさせるだと?ふーん、ヨザ?お前も出世したなー。』
とか何とか言って、その日のうちに、鬼軍曹の元に送られるようになろう・・。

いや〜ん、そんな事をされたら、グリエ!泣いちゃうぅ〜。


「とりあえず、了解した。アイツの紹介なら間違いないだろうし、そうだな〜?得意なものとかあるかい?」
「はい!拳闘と料理は得意です!」
「はぁ、拳闘・・うちは荒くれだが、拳闘が出来るなら大丈夫だろう。そうだな、坊ちゃんには寮の食堂の
下働きでもしてもらいましょうか?料理が得意なんでしょう?」

「寮って言うと、もももしかして、ウェラー隊の?まじ!やったぁ!!」
諸手をあげて喜ぶ少年に、ヨザックも好感を持つ。それにしても・・この坊ちゃんも数奇な運命だね?


魔王陛下を名づけ親にもち・・育て親は、拳闘の達人・スザナジュリア様とフォングランツの当主、
若旦那のアーダルマッチョか・・。


ヨザックも一度だけ、引き取られる前のユーリを見たことがある。双黒の可愛い幼児であった。
コンラートが溺愛していて、引き取られてゆくのを最後まで見送っていた。その割りに、引き取られて
からは、自分が行くと折角向うに馴染んでいる有利の邪魔になるからと、会いには行かなかったが。

あの頃は、まだ魔王に就任したてで、情勢が不安定であったのもあるだろう。いくら、強い両親の庇護の下に
いるからといって、それをかいくぐるように、コンラートの政治に不満があるものが、ユーリを襲わないとも
限らないのだ。だから、コンラートは、ぐっと我慢していたのだろう。

本当に、彼は一見思うように生きているようで、かなりの制約の中で足掻いているのだ。


「おれ、一生懸命働きます!少しでも陛下のお役に立ちたいですから!」
「陛下って、コンラッドの?」
「うわ〜〜、陛下を愛称で呼ぶなんて、さすが陛下の幼馴染で親友なんですね!!」

幼馴染であることは間違いないが、親友の方は請合いかねる・・なにせ、アノヒトの自分の扱いは
容赦というものがない。(←お互い様)

「坊ちゃん、どうしてまた、王都に?」
「はい!それはもちろん、コンラート陛下のお役に立つためです!おれ、小さい頃から、陛下の側に
上がるのが夢でしたから・・。」
「へぇーー。」

その夢は、止した方がいいんじゃないか?

気のいいヨザックは、そう思ったのではあるが・・それを口にする勇気はなかった。
これだけ慕っているのだ。コンラートも、それを喜んでいる節がある。

「まぁ、いいか、15年も我慢したんだし・・ちょっと、あの男に ご褒美があっても・・・。」
「はい?なんですか?」
「いや、中々素晴らしい志だなとおもってな。陛下もきっと、坊ちゃんのこの言葉を聞いたら喜ぶぜ。」
「え・・ほ・・ほんとうですか!」
「本当本当。」

そりゃーー、今頃、上機嫌間違いなしって程に、喜びまくっているだろう・・
そうだ、どのくらい浮かれているか、あとで、報告かたがた、様子を見に行ってみるか?

「そうか・・だったら俺、いっそう がんばらないと!この仕事を紹介してくれた ジークフリートさんにも
お礼がしたいし・・。」
ぽっとか、微妙に頬を染めたユーリ。
「アーそりゃ別にいいんじゃ・・・アイツがしたのは俺への脅しだし(ボソッ)」
「そういえば、ジークフリートさんって、やっぱりウェラー隊の方なんですか?」(←後半は聞こえていない)
「あ・・あぁ、半分くらいな?」
「半分?」

「まぁ、それは追々・・では坊ちゃん、早速、今日から仕事ですがいいですかい?」
「はい、もちろんです!」
「じゃぁ、ウェラー隊への入隊手続きしますから、来てくださいね。」
「入隊!?おれ、ウェラー隊には入れるんですか!?」
「もちろん、飯炊きだってりっぱな軍の仕事です。軍規も適用されるから、気をつけること。」
「はい!グリエ隊長!」

こうして、ユーリはクルーソー少年として、ウェラー隊にまんまと捕まっ・・ごほごほ!・・えーーっと?
見事、憧れの部隊へと入隊がかなったのであった。





ユーリはその夜、あてがわれた部屋に仕事を終えて帰ってくると、そのままベットに沈み込んだ。
明日の朝も早い、しっかり起きる為には早く寝ることが肝心だよな!

「拳闘と違う筋肉を使うんだな・・やっぱり百人単位のご飯作りって大変だ・・疲れたぁ〜。」

でも、王都に来たその日に、まさか入れるとは思ってもいなかった、ウェラー隊に下働きとはいえ、
入隊を許されるなんて・・・それも、血盟城勤務だ、まるで夢みたいだ。

「コンラート陛下・・おれ、ここにいます。同じ血盟城に・・貴方の力になるために・・・。」

ユーリは、かばんからケースを取り出すと、目の中の物をコロンと取り出した。それは色ガラス片。
母ジュリアが、友人である赤い悪魔に作ってもらったという。ユーリの本来の色を隠すため。

再び顔を上げたユーリの瞳の色は、漆黒・・・。

この眞魔国で唯一身体に黒を宿す彼は、それだけで上級貴族という身分をもちえるが、彼が黒を宿すと
いうことは、両親と魔王・・それに一部の側近しかいない。

よって、ユーリの身分は表向きは、グランツ当主とフォンウィンコットの令嬢の養子で、ジュリアが戦死した 友人の子供を引き取って育てている、と、言うことになっていた。

ユーリは幼い頃から悩んでいた。自分の色を隠さねばならない事も、混血であるが為に早く成長する体にも…。
だがある日、自分に名前をくれた人が、現魔王のコンラート陛下だと知らされてからは、考えが変わった。

陛下は、人間の国を旅している時に、ユーリの実の母親の死に際に出くわし、生まれたばかりのユーリを
保護してくれたのだという。そのうえ、一年の間なんと手ずから育ててくれたのは、コンラートだった。

混血である彼には、魔王ではあるが魔力がないという。逆に、自分には巨大だという魔力がある。
だとしたら、自分は彼の力となるべく生まれたのではないか?だから、早く大人になれるように人間の血が
作用しているのではないだろうか?そう思うことによって、ユーリの世界は180度かわった。

早く成長する体は、それだけ早くコンラートの元にいける力を得れると思うと、それが逆にうれしかった。
なぜなら、皆はそこまで成長するのに、80年は掛かるから、それに比べて自分は十数年で陛下の下に、
行くことがかなうだけの成長を得れる!

隠さなくてはならない色も、魔力も彼のためだけに使うべくして隠していると思えば、苦にもならない。
すべては、混血も人間も魔族もない世界を作りたいという、崇高な理想を掲げ実践しておられる


剣聖王・コンラート陛下のため!


「陛下、俺の忠誠は、貴方のもの・・。かならず、貴方の力になりに、お側まで行きますから。」


そう決心すると、ユーリは眠りについた。

・・そうだ、お給料が出たら、父さん達に何か送らなくっちゃ・・それと、陛下に・・それに・・
それに、ジークフリートさんにも・・・


ユーリは、昼間偶然に会えた青年を思い出す。優しい微笑み・・キレイでカッコイイ人だった。

ポッっと・・自然に頬が熱くなる。

初めて会った、自分以外の混血が彼だなんて、なんか嬉しいな〜。

なにもかも、アノヒトのおかげだ。だから、御礼をするのは、魔族として当然だよな?



・・・また、会えるかな?



スーーと眠りにつくユーリ。眠りに落ちる瞬間・・夢うつつの中で感じたのは、頭を梳く優しい手。
にこぉぉーっと、ユーリは幸せそうに微笑むと、優しい眠りの中に旅立っていったのであった。



2009年5月22日UP
魔王誕生の続き・・えぇ、USBメモリが壊れてぶっ飛んだ小説です。成長したユーリが王都にやってきた。
再会したとたんに、陛下の思惑通りに捕獲されました。本人は気がついていないで、皆良い人でよかった。
なーーんて、思っているでしょう。憧れの陛下と・憧れのグリエ隊長・・彼が現実を知るのはいつだろう?